私たちは歩きましょう

秋犬

私たちは歩きましょう

 小学生の頃、アンネ・フランクの伝記を読んだことがある。活発で聡明なアンネが隠し部屋で息を殺して過ごし、見つかって収容所へ送られる。ついには姉と一緒に病死する。小学生にはかなり衝撃的だった。


 ホロコーストは悲惨だ、ガス室は非道だ。同じ人間になんてことをしてくれたんだナチスって奴は。幼気な小学生は素朴に憤った。その後「シンドラーのリスト」を見てご本人たち登場のラストにガチ泣きし、「ライフ・イズ・ビューティフル」でやはりガチ泣きし、「縞模様のパジャマの少年」でこの世界は壊すべきなのではと戦慄した。「縞模様のパジャマの少年」はみんな見てくれ。無理して見なくてもいいぞ。


 しかし、この幼気な小学生が一番恐ろしかったのはガス室でもゲシュタポでもなく、下手をするとホロコースト関係ない部分なのです。それはこんな話でした。


 別の収容所に移送されることになったアンネと姉だったが、長い道のりを徒歩で行くらしい。「歩けない奴や病人はトラックに乗れ」という指示があり、一斉に皆が大型トラックに群がった。その様子を見たアンネたちは「私たちはまだ歩けるから歩きましょう」と徒歩で向かう選択をした。その後トラックに乗った者たちを見た者はなかった。


 もうこの話が怖くて怖くて、小学生は震え上がったのでした。弱者に対して救済を勧める行為こそ、弱者を炙り出す罠だなんて! ︎︎この話が史実かどうかはよくわからないのですが、似たようなことは戦時中ならどこでもあったのだろうと悲しくなる。そしてアンネも気丈に「私たちは歩きましょう」と言ったわけではなく、実際のところはトラックに乗れなくてとぼとぼ歩いていったのだろうと思うと切なくなる。


 今でも駅で大勢の人がエスカレーターに並んでいるとき、エスカレーターに並ぶか階段で行くかを考えるときがある。そのとき「私たちは歩きましょう」というアンネの声が聞こえる気がする。我先にエスカレーターに向かう根性がいつかまた大型トラックに繋がるかもしれないと思うと、80年前の犠牲者に指を指されないように生きなくてはと思う。

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私たちは歩きましょう 秋犬 @Anoni

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