※これはラブコメです

九戸政景

※これはラブコメです

 雲一つない青空が広がり、グラウンドなどでは生徒達がサッカーなどをして楽しそうに遊んでいるある日、保健室の窓際のベッドには二人の少年少女の姿があった。


 少年は周囲に爽やかな印象を与えるような笑みを浮かべながらその鍛え上げられた腕を半袖のワイシャツから覗かせ、少年にも負けないほどの身長で大きな胸を持つ長袖の少女も花が咲いたような笑みを浮かべながら自分の胸を枕にする形で少年から預けられる体重を心地良さそうに感じていた。



「やっぱり保健室の先生がいないとこうやってイチャつけるからいいね、前田君」

「そうだな、為田。このまま枕にするだけじゃなく、ちょっと揉ませてくれてもいいんだぞ?」

「もう、甘えん坊なんだから……」



 為田花乃かのは呆れたように笑いながらもそのまま前田空雄そらおから伸ばされる手を受け入れ、二人の荒い息づかいが保健室に響く。


 そうして花乃の頬が多少紅潮し、二人の間に甘い雰囲気が漂い始めたその時、空雄の口からあくびが漏れた。



「ふあ……そういや朝から眠かったんだった」

「お昼ごはんも食べてお腹もいっぱいになったからね。いいよ、このまま眠ってて」

「先生戻ってきたらどうするんだ?」

「前田君が体調を悪くしたって言うから大丈夫だよ」

「悪いな。それじゃあおやすみ」

「うん、おやすみ」



 空雄が目を瞑り、そのまま寝息を立て始める様子を花乃はにこにこしながら見ていたが、やがてその顔は無感情な物になった。



「ようやく寝てくれた。さっきのイチャイチャで“ラブコメ要素”のノルマは達成でいいよね。そのためにわざわざ誰もいない時間帯を調べた上で保健委員の特権で手に入る鍵を持って保健室まで連れてきたんだし」



 花乃は淡々とした様子で言うと、袖を静かに捲った。そこには痛々しい火傷や切り傷の痕があり、花乃はそれを撫でながらクスクス笑った。



「ふふ、やっぱりまだ痛い。それはそうだよね、これは前田君が指揮したイジメで受けた傷で、体の至るところにまだついてるんだから。でも、前田君はそんな事を知らないふりして私と付き合い、良い彼氏を演じてる。自分の手を汚すのがイヤだから、他の人に任せてるんだもんね、前田君」



 花乃は空雄の頭を撫でた後、起こさないようにしながら頭をベッドの上に下ろした。そして空雄がスヤスヤと眠る中、花乃は保健室のドアを閉めて鍵をかけると、ベッドに腰かけて空雄の寝顔を見ながら頭を撫で続けた。



「体は重たいのに頭は軽く感じるね。可哀想は可愛いなんて考えしてるから、脳ミソがスカスカなのかな? だからだよね、イジメの対象である私と付き合って、知らないふりをしながら私が苦しんでる様子を見てるのは。でも、そろそろ私だって我慢の限界なんだよ?」



 その時、廊下に面した窓の向こうでは一人の女子生徒が落下していき、グシャリという音を立てて頭が割れると、広がる血の海と肉片に周囲にいた生徒達の悲鳴が上がった。



「ほら、イジメっ子が一人死んだよ。他にも罪を犯してたようだからそれを匿名で告発したからそれの件で死んだのかな。ふふ、こういうのを世間ではざまあって言うんだよね。私もざまあみろって思ってるし」



 生徒達の悲鳴や教師達の怒声が外で響き、保健室には微かに聞こえる中で花乃は空雄の頭を撫でていたが、やがてその額に口づけをし、そのまま虚ろな目で天井を見上げた。



「……ふふ、“あなた達”の前ではこのまま何も知らないイジメに苦しみながらもそれを恋人に打ち明けられないラブコメのヒロインを演じてあげるよ。それが望まれてる私の姿だからね」



 そうして微笑んでいた時、空雄はゆっくりと目を覚ました。



「ん……なんか外が騒がしいな」

「おはよう、前田君。何かが落ちてきたような音がした気がするし、悲鳴も聞こえた気がするよ」

「それは怖いな……って、おとと」



 空雄は体を起こそうとしたが、寝起きだった事で、バランスを崩し、そのまま花乃の胸の中へと倒れこんだ。



「もう、ふふ……そんなにここが好き?」

「ああ、もちろんだ。はー……フカフカだし良い香りもするから心地よいな……」

「まあ何が起きたかは後でわかると思うし、それを待とう?」

「そうだな。たぶんだれかが花瓶でも落としたんだろうしな」

「私もそんな気がする」



 花乃が空雄の頭を撫でていると、やがて空雄は体を起こしてそのまま花乃に覆い被さった。



「きゃっ……前田君、ここは学校だよ? さっきの件で怪我した人が来たらどうするの?」

「その時はすぐに止めるさ。けど、為田の胸に触れてたら我慢出来なくてさ」

「前田君のエッチ。でも、そういうところも嫌いじゃないよ」

「そう言ってくれると思った。それじゃあ……」

「うん、服着たままならいいよ」



 その言葉を聞いて空雄は舌舐りをする。そして外に救急車が到着し、辺りが騒然とする中、それを知らない空雄と獲物を見つめるような目をした花乃は誰もいない二人だけの空間で声を潜めながら愛し合い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

※これはラブコメです 九戸政景 @2012712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ