ep005.「そして花は咲く」後編
「や、やっぱり行かないで帰ろうよ?」
茉莉は後退りしながら言う。その顔は蒼白だったが無理もない。
目の前で起きた事件は現実で、人が大量に死んでいる。それを女子高生ぐらいの歳の
少女たちが見て動揺しないというのも難しい話だ。
「で、でも...」
と花咲里は首を振る。
「アタシ、一応警察に連絡する」
と有栖は言った。
「もしもし警察ですか?」
うろたえつつも有栖は震える手で携帯電話のダイヤルに110の番号を入力し、携帯電話のスピーカーを耳に近づける。プルル、プルルルと音がして、電話に出たのは女性の声だった。
「はい、山乃木県警です。事件ですか?事故ですか?」
「事件です...突然男が発狂して発砲してみんな殺して...自分も自殺して...」
有栖は震える声でもって、しかし冷静に客観的に事件の状況を説明する。電話の向こうの女性警官は事件の内容を驚いたりすることもなく聞き入れている。
「そうですか。場所はどこですか?捜査一課、
「あの、あ、安神沢ダムです...その駐車場の付近です」
「はい、分かりました。上司の尺一に変わって私が行きますよ」
しきりに自分が向かうということを主張していることが気にかかる。そんなに上司が使えないのだろうかと有栖は勘ぐったが、口には出さなかった。
転がった死体から血の匂いが充満する。死臭で鼻がもげそうな茉莉や花咲里たちは、ただ呆然と立ち尽くしていた。眼の前で起きた事件は現実だけども、それを中々受け入れず混乱していた。
「どうする?帰る??」
花咲里が口を開く。
「バカッ!サツが来るまで待ってろよ。目撃者って俺等しかいないんだから、俺等がいなかったらどうするんだよ...」
と壮真が遮る。
「それも...そうだけど」
揉めている内に20分くらいが経って、やっと警察が到着した。山乃木県警の文字が施されたホンダNSX2台とニッサンGT-R1台のパトロールカー、軽バンの計4台が駐車場に停車する。先頭のNSXの運転席から女性警官が降りてくる。車社会の山乃木県警らしく車両のラインナップは錚々たる車種だ。
「お待たせしましたね、山乃木県警捜査一課の真壁です。それで...事件現場ってのはアレですか、なるほど...ひどい有り様ですね」
真壁と名乗る女性警官はまだ若かった。24、25くらいの見た目でキリッとした顔立ちで髪は短く、痩せ型でゴツゴツした警察の制服は少しばかり不釣り合いな印象を受けた。腰には拳銃をはめている。
真壁は死体が積み重なった事件現場を見やる。
「それにしてもキレイな花だな」
真壁の部下らしき男性警官が花を見て、花に近づいていく。
「その花に触らないで!!」
有栖が叫ぶ。
「その花に、触れたら...みんなおかしくなる...」
「昔教団にいた時、見た覚えがある...。その花に関わった人たちはみんな発狂して、死んでいった」
有栖の唇はわなわな震えていた。
会話をしている横で清掃班が死体の処理を始める。先程の有栖の話を聞き入れたのか、火炎放射器を取り出し花に向かって火を放射して焼き尽くす。燃えて灰になったのを確認して燃えカスを文化ちりとりでかき集める。しかし、一本だけサンプルで欲しいと言って有栖に許可を求める。有栖は少し間をおいて首を縦に振る。
「仕方ない...でもくれぐれも気をつけて」
と有栖は言う。
「分かりました。だが我々も素人ではない、侮ってもらっては困るよ」
「で、その花ってのは一体何なんですか...」
と部下の一人の男性警官が聞く。
「アタシの口から話すより、教団の研究施設があるこの先の村に行って確かめたほうが、早い。」
「この先に人が住んでる村なんてあるのかね。この先の福島まで続く県道は数年前の土砂崩れ以降、ずっと通行止めで廃道状態だ。山の中に入っていく大昔の修験道の林道だって今は使われてなくて通れるかは私でも分からない。」
「この先に進むと昔使われてた森林鉄道の跡があるの、そこをずっと進むと橋があってね、通行止めになってる。けどそれを越えて藪の中の道なき道を進んでいくと、コミューンがある。入口に白い大きな彫刻の像がある。それが目印」
「とりあえず真相はコミューンの中にあるはず、アタシはどうしても突き止めたい」
「こんなことがあってみんな動揺してるのは分かる...でも私もこのままじゃいられない。行きます」
茉莉が立ち上がって言う。
「茉莉ちゃんが自分から言い出すなんて珍しいね」
「私も気になるし、このままじゃいられないと思って何かやらなきゃと思って」
「でも、そもそもさぁ、こんなとこに行こうと思った有栖ちゃんが悪いんじゃない!」
「でも、賛同してくれた花咲里ちゃんも加担者でしょ!」
「2人ともやめてよ!」
「茉莉ちゃんは黙っててよ」
「え.......」
「こんなことしてグダグダしてる場合かよ!人が死んでるんだぞ、しかも大勢!!ここは落ち着いて、まずどうするか考えようぜ」
「そうです。この男の子の言うことが正しいですよ。ここは諍いをしている場合ではない。行きましょう、私達も協力しますよ。」
◇ ◇ ◇
ダムを横目に、車でその先の県道を突き進んでいく。どんよりとした曇天の空と、そんな空の色を反映して、眼下のダム湖の水の色も暗く濁っている。右手に発電所のフェンスが見えてきて、そこから視界からダム湖が消え、森の中の道に入っていく。
車一台がやっと通れるくらいの橋を越えると、やがて通行止めのバリケードが見えてくる。
「ここです。ここから行けます。」
藪の中をかきわけ、林道とは名ばかりの道なき道を進んでいく。背の高い草や木の枝が、顔や肩にあたって痛い。しばらく歩いて、少し開けた場所が出てきた。沢だった。沢の両端は不自然に木が生えておらず、石や切り株もあり、それを椅子がわりにして休息することにした。
休息を終えてまた進み始める。傾斜がきつくなってきて標高が上がってきていることを実感する。目視で確認できる限りの道幅も目に見えて狭まってきており崖っぷちで、すぐ下は奈落の底だ。
木々の間に白い物体が見えてきた。それを目を凝らして見てみると、大理石の彫像だった。その大きさは優に2メートルを越えており、人間の身長を上回っている。それは人とも動物ともつかない、奇怪な形状をしていた。
リリィ・ブロッサムの咲く頃に Melevy @coffee_necone
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