ep005.「そして花は咲く」中編

 「cafe shoko」は安神沢駅から伸びる主要街道、県道841号(通称やよい街道)の一端にあり、セゾン文化華やかなりしバブル絶頂期の1988年、東京から地元に帰ってきた牧田晶子まきたしょうこ氏が放置されて寂れていた廃アパートを改装して始まったカフェである。以来この地で30年以上に渡って営業し、付近には雑貨屋やアウトドアショップ、古着屋、レコードショップがオープンするなど商店街の活性化に一役買い、代表の牧田氏は市から表彰された。


 店舗前に駐車場はなく、少し離れた場所に砂利が敷かれたスペースが付近の他の店舗との共用駐車場となっている。一階部分は売店と勉強スペースになっており店舗自体は2階にあたる。花咲里は空いているスペースに駐車し、4人は車から降りる。


「今まで黙ってたから今更なんだけどさぁ、なんで壮真がついてきてるの?」

「別にいいだろ、俺だってコーヒー飲みたいし」

「今日はなるべく口を聞かないようにして!お願い!」

 有栖は口を尖らせる。


「ひっどぃなあ」


 壮真は頭をかく。「別にそこまで言わなくてもいいんじゃないか」とも茉莉は思ったが、彼女と壮真の仲を知っている身からすれば、余計なことは言わないでそっとしておくことにした。そんな2人も違う見方をすれば「喧嘩するほど仲が良い」ようにも映るのだろうか。


 駐車場は店舗裏に増設された建屋の下の通路に繋がっていた。ここを左手に行くとまた小さな雑貨屋とカフェがあり、通路の真ん中の階段を登ると古着屋、また店舗本館すぐ脇の階段はレコードショップにつながっている。レコードショップ側の階段に行くと、扉が開放されており上階からレコードで流れる洋楽のファンク・ミュージックが下まで聞こえてくる。それに耳を澄ませるとアース・ウィンド・アンド・ファイアーの『セプテンバー』だった。

 

 まだ7月だというのに気が早すぎやしないかと茉莉は思ったが、その軽快なサウンドとモーリス・ホワイトのやや甲高いボーカルの歌い方は自然と体が揺れてくるような感じがして好きだった。


 黒の螺旋階段を登り、カフェの2階へ上がるとカウンターで人数を聞かれ、「4人です」と答えると、一番奥よりひとつ手前のテーブル席に通される。店内は市内外から来た観光客らしき人や、地元の人で賑わっていた。テーブルや椅子などはシックで落ち着いたものばかりで薄暗い間接照明も相俟あいまって、隠れ家のような雰囲気があるクラシックなカフェだ。


 席についた4人はメニュー表に目を通す。メニュー表はリリエンタールのそれと比べると字が小さくフォントも凝っているので少し見づらい。


「えっとじゃあ私はこの『お山のブレンドG1コーヒー』とスコーンにしようかな」

 と花咲里。


「アタシはブラジルコーヒーとカボチャのケーキにしま~す」

 有栖も決める。


 茉莉も少し迷って

「私はアイス・クラシックと、あとプリンにします...」


 少し遅れて壮真も注文を決める。

「んじゃぁ俺もブラジルにしよっかな。デザートはいいかな。安神沢なら他にもスイーツ食べられる店いっぱいあるし」

 壮真がそう言うと有栖がキッと壮真の方を睨むのが見えた。


 ウェイターを呼んで注文を伝える。

「大変混雑しておられますので出来上がるのに少々お時間いただくことになりますが、よろしいでしょうか?」

 と言われるが

「大丈夫です」

 と伝えておく。


 3,4分程経ってから注文した品を皿にのせたウェイターがやってきて、テーブルにそれぞれ置いていき「ごゆっくり」と告げて頭を下げ、去っていく。


 ホットのコーヒーは白のマグカップに入れられ、アイスの飲み物はトールグラスに入ってチューブのように細いストローが刺さっている。


「う~ん美味し~」

「美味しい、やっぱり街で一番なだけありますね...」


「いいな~ウチのお店もいつもこれくらい賑わってたらいいのにな」

「でもそしたらめちゃ忙しくなるよ」

 有栖はブラジルコーヒーをちびちび啜りながらそうこぼす。コーヒー屋を営んではいるが、彼女は意外と猫舌だそうだ。茉莉はそんな有栖を見て少しほっこりした気分になった。


   ◇    ◇    ◇


 カフェを出て少し郊外へと足を伸ばすかということで道の駅と疎水公園、水辺公園にも行くことになった。道の駅はcafe shokoと同じ841号沿いにあるが、市街地から少し離れた小樟ここのぎ地区という場所にある。小樟地区はかつてその一帯に農場を開き自身の別邸も作った小樟泰造子爵に由来し、付近は市内でも有数の酪農地帯となっている。

「あいっかわらずここら辺は車の窓締め切ってても牛の糞臭いなぁー」

 ハンドルを握る花咲里は愚痴をこぼす。カーステレオから流れる音楽は今日はPUFFYの「渚にまつわるエトセトラ」だった。


 道の駅は最近改装工事を終えたばかりで、直和の山々を模した三角屋根が連なるグレーの小綺麗な建物だった。入口でアルコール消毒をして店内に入る。地元の特産品らしき牛乳やトラピストガレット、山乃木名物のイチゴジャムやジュースが売られていた。売店のものはどれも観光地価格で高く、支出は最低限に抑えるべくあまり買わないようにはしておいたが、茉莉はどうしても欲しかったイチゴジュースを買った。


 道の駅を出て、裏手にある杉並木の森を抜けて小樟子爵の別邸に向かうことにした。別邸は白亜の洋館で入場料200円を払えば誰でも見学できるようだ。建物自体はさほど広くはないが、2階のバルコニーから杉並木とひまわり畑がある庭を見渡せた。


 一通り見て回った4人は、次の水辺公園に向かうことにする。水辺公園は小樟地区から北東進んだ先にある。戦後に国策で安神沢の治水事業が行われ、国内初の水力発電もある貯水池に面した公園である。


 茉莉たちは水面が見渡せる小高い展望台に登ってしばらく景色を眺めていた。

「懐かしいな、ここは人工の池だけど昔連れて行ってもらった石神井しゃくじいの公園を思い出すな」

「そういえば茉莉ちゃんは東京に住んでいたんだよね、いいなぁ。東京だったらデパートや本屋もなんでも揃う。夢みたいな街だからね」

「そうですね。でも遊ぼうと思ったら誘惑に溢れてるし何でも高くつくんで、節約の日々でした」


 真っ平らで波一つない静かな水面を時たま、鳥がかすめていく。そして時折、雀の鳴き声がこだまする。そんな穏やかな空間を見つめていると心が休まっていくような心地がした。


「あ、そうだ。」

と花咲里が手を叩いて言う。

「この近くに、スーパーがあるから行ってみない?」

「そういえばこの街に来てからスーパーによってないですね。東京にいた頃はイトーヨーカドーとかまいばすけっとによく行ってたけど、この土地の商業事情がどうなってるのか、ちょっと気になります」


そのスーパーは個人で経営しているローカルスーパーで、水辺公園がある幹線道路沿いを車で僅か2kmほどの距離にあり、直和地区に別荘を持つ都会の客や観光客向けに野菜や惣菜を売っている。交差点の角にあるから駐車場は狭いものの、茉莉たちがついたときには満車に近い状態だった。

「すごい、平日なのにこんなにお客さんいるんですね」

「そうだよ~、あ!このキノコ安いじゃん」

「あの、先輩...聞いてますか?」


「あ、茉莉ちゃんが怒ってる。珍しい。ごめんね」

「すいません...でも私も何か買って帰りたい」


「俺はカツ丼弁当買っちゃった」

「どうせ食べないでしょ」


「後で食べるから」

有栖は冷ややかな目線を向けている。


 一通りレジで会計を済ませて、店を後にする。


   ◇    ◇    ◇


 帰りに茉莉が安神沢に来た時花咲里と通った図書館をゆっくり見たいとのことで、駅前の図書館にも寄ることになった。図書館の愛称は「めくるピア」といい、公募をして厳正なる抽選の結果、地元小学生のアイデアを採用したらしい。


 館内には勉強をしている学生や、本や漫画を読みながらソファでくつろいでいる高齢者や主婦で賑わっていた。


 そこで偶然茉莉が見つけた本は百合の花について解説した本だった。

「花」をテーマに陳列、展示されたコーナーの一角にあった。


「茉莉ちゃん何読んでるの?百合の花?」

「うん、綺麗だなって」

「百合の花といえば、子供の頃にあんまり記憶がないけど10年位住んでた村で何年かに一回、百合の花を囲んで結婚式を上げるお祭りがあったなぁ。」


「有栖ちゃんもここの生まれじゃないの?」


「そうだよ。あれ、これ話してなかったっけ。アタシとお父さん、お母さんはここよりずっと山奥にあるコミューンで生まれ育ったんだ。私もお母さんもそのお祭りを楽しみにしていたの。でもね毎回おかしいことが起きるの、祭りをやる前とやった後で村人の人数が必ず合わなくなる。」


「そ、そんな怖い話やめてよ」

「私も薄々おかしいと思っててね。普通の子なら中学に上がるくらいの年齢で抜け出してきた。でも問題はここからなの。抜け出してきたのはいいけど教団での生活が長かったから中々世間一般のような家庭生活を営むことが出来なかった。間もなく両親とも精神に異常をきたして口を利かなくなり、ある日ね...帰ったら血まみれになって死んでいたの......」

 有栖の顔を見ると少し泣いていた。


「ポケットティッシュあるよ」

「...ありがとう」

 有栖はティッシュペーパーを一枚取り出し涙を拭う。


「お待たせ~、そろそろ帰るよ?借りる本は決まった?私は楽しくてチベット仏教やシルクロードに関する書籍を10冊も借りちゃったよ、ってどうしたの有栖ちゃん?」

「んん、ごめん大丈夫。ただ昔のことを思い出しただけ」


「それは大丈夫って言わないよ」

「ごめん...。昔住んでいた教団のコミューンがね、841号を進んでいった先のダムのまた奥にあるの。アタシはそこで生まれ育ったんだ。今まで黙っててごめん、今も残ってるかは分からないけど、我儘言って悪いけどアタシはもう一回そこに行きたい。」


有栖の申し出を受け入れて一行はダムに向かうことになった。841号をひたすら北上し小樟を越えて、山へと至る。山へと至る道は険しく渓谷沿いを走っており、グングンと高度を上げていく。温泉街の目の前で道路が2つに分岐しており、左へ進むとダムへ行くようだ。標識に従い左折し、ウネウネとした峠のワインディングロードを慎重に登っていく。


ダムはかなり標高が高い場所にあるらしく、中々目的地は見えてこず、景色はひたすら荒涼とした渓谷と山々が広がっている。ガードレールは設置されてはいるものの、左手の落石防止網と「落石注意!」の警告看板、右手の眼下には急峻で流れの早い川が見え、より一層不安を誘う。


ダムに到着した。今年は記録的な猛暑とは言えど、ここまで来ると流石に涼しく感じた。見回すと駐車場にも何台か停まっており、ツーリング客や登山客らしき人々がぞろぞろいる。そのうちの一組がウェディングドレスとスーツを着た新郎新婦で、山とダム湖を背景に仲良く写真撮影をしている。


「こんな山奥まで来て呑気にウェディングフォトかよ」

壮真が漏らすが

「待って、様子がおかしい」

と花咲里が遮る。


写真撮影を終えて花束を放り投げて、景気よくクラッカーの花吹雪に包まれているその時だった。新郎新婦の夫にあたる男性が懐から拳銃を取り出し、ニタニタ笑いながらその銃口を妻の顔に向ける。


「あれはグロック17?あんなのどこで手に入れた!おい、誰か止めろ!!」

遅かった。


恐怖に歪んだ表情で後ずさりする妻の顔に、夫が発砲する。

たちまち妻は地面に倒れ、口から花びらを吐いて出血する。流れる血がコンクリートに染み渡る。


それを見ていたオーディエンスは叫び声を上げ、逃げようとして散り散りになるが発狂した男性の餌食になり次々と撃ち殺され、花を吐いて倒れていく。

それはまるで地獄絵図だった。男性はオーディエンスを撃ち殺した後、自分のこめかみに銃口を当て、奇声を上げながら自殺する。


死体が積み重なったその真横に咲いていたのは、一輪の赤いだった。

まるで血を吸ったかのように、赤く毒々しい色をしていた―。


「どう...して.......」


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リリィ・ブロッサムの咲く頃に Melevy @coffee_necone

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