第40話 配達人とお姫様


 ヴァルクランドギルドは相変わらず喧騒に満ちていた。

 この間までドラゴンが大暴れする可能性があったなんて、誰も考えていない。

 呆れるような、日常が続いて嬉しいような、自慢したいような……気はしないな。

 バカ騒ぎしている人たちをすり抜けながら、受付に向かう。


 受付にいるトミーがあたしの姿を見つけ、すぐにカウンターから出てきてくれた。

 そのまま奥に通される。冒険者たちの喧騒が遠くなり、ちらりと後ろを振り返って、自分の行動に苦笑した。


「はい、依頼達成になります」

「時間がかかってごめんね」


 ギルド長室で諸々の手続きを済ませる。

 ギルド長は椅子に座って難しい顔で椅子を揺らしていた。

 あたしが請け負っていた依頼は三つ。


 エルダの保護依頼。これはルーンフェルから感謝状が来て達成している。

 ドラゴンとの対話依頼。これも達成。今ギルド長が頭を悩ませているのが、ドラゴンの巣の取り扱いの部分だ。

 最後に、リンダ師匠からのマッピング依頼。すぐに終わらせるつもりだったのに、思ったよりかかってしまった。


「アリーゼさんはお忙しかったですし、マッピングの依頼としては遅くない方ですよ」

「こんなに時間かかってたら、師匠に怒られちゃうよ」


 トミーはそう言ってくれるけれど、あたしとしては反省しかない。


「でも、チラッと見ただけですけど、大草原のデータ大分変ってましたよね? トラップなどの変化も細かく記載されていて、ギルドとしてはとても助かります」

「はは、それが仕事だからねぇ。エルダみたいな初心者でもわかりやすいように記載したつもり」


 とはいえ、力を入れたのは事実。

 今回エルダと一緒に行動して、思ったより地図を見ていない冒険者が多いことに気づいた。

 だから分かりやすいように、使いやすいように書き直した。

 あたしの言葉に納品したマップを見ていたトミーが顔を上げた。


「エルダさん、お元気ですかね?」

「元気なんじゃない? 忙しいとは思うけど」


 連絡を取れる手段はない。あっちはお姫様。こっちは配達人。

 手紙を書けば返してはくれるだろうけど、書く気はなかった。

 トミーはこちらを気遣う様に笑顔を浮かべると、丁寧にマップをしまった。


「アリーゼさんも、ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう」


 トミーがきちんと両手を重ね、深いお辞儀をして見送ってくれた。

 あたしはひらひらと手を振る。ギルド長も難しい顔のままだったけれど、手を振り返してくれた。

 扉が閉まる。その音に一気に肩の荷が下りた気がした。


「ふー、これで全部仕事終わったなぁ」


 ギルドからゆっくり歩いて家に帰る。

 上を見上げれば、青い空が広がっていた。ダンジョンの空とはまた違う。

 久しぶりの地上を楽しむように、あたしは耳をそばだてた。


「こんにちは!」


 家の近くまで、ちょくちょく寄り道しながら歩いてたらお腹が空く時間になってきた。

 ちょうどいつも買い物をする八百屋さんの前だったので顔を出すことにした。

 売り場には半分くらいの野菜が残っている。

 久しぶりに料理でも作ろうかと思った。


「ありゃ、アリーゼちゃん、一人かい?」


 チラリとあたしの周りを見回すおじさんに苦笑する。

 エルダは髪色もあり目立つのだ。

 指摘されると込み上げそうになる寂しさを吹き飛ばすように笑う。


「エルダは帰っちゃいました」

「そりゃ、寂しくなるね。今日の野菜は採れたてだよ。美味しいものを食えば、気も紛れるさ」


 眉尻を下げたおじさんに同意する。

 エルダはお姫様なのに人と話すのが好きで、ここにいる時は色んな人と話していた。

 野菜を見ながら作れそうなものを考えると、直ってきてから使っていない魔導レンジも頭を過った。


「そうですね。レンジも直ってから使ってなかったし、なんか作ります」

「そうしな、そうしな! ほら、おまけも沢山つけるよ」

「ありがとうございます」


 ついでにオススメのレシピも聞いておく。

 普段はダンジョンばかりだから、手の込んだ料理はあまり作らないのだ。

 あたしは野菜を両手で抱えるようにしながら、笑顔でお礼を言った。


「えーと、赤ビーツを魔道レンジにかけて?」


 家に帰って、早速料理に取りかかる。

 お腹も減ってるし、善は急げだ。

 レシピを見ながら料理を進めていく。


 赤ビーツは火が通るまでは硬くて切れない。

 レンジを使うことで、あっという間に柔らかくなるらしい。


「これ、難しくない?」


 あたしは眉間にシワを寄せつつ、手元に集中する。

 柔らかくはなったが、加減が難しい。

 下手するとコロコロと逃げていきそうで、あたしはつい声を上げた。


「ねー、エルダもそうおも」


 くるりと首だけで振り返って、暗い室内が見えた。

 一瞬動けなくなる。

 自分の行動に自分でびっくりして、額に手を当てて笑ってしまう。


「……まずいなぁ」


 仕事してた方がいいかもしれない。

 そう思ったら、ジェニファーさんのとこから買ってから一度も反応してなかった警報がなった。


「なにっ?」


 包丁を置いて身構える。

 近くにあるカバンだけ身に付けた。

 あたしにできるのは逃げるの一手だけだけど。

 軽く膝を曲げて、いつでも移動できるようにする。

 外に行くべきか。扉へ視線を向けた瞬間にドーンと大きな音が響いた。


「ごほっ、ごほっ、つい、たわね」


 そーっと開けた扉の先、土煙に塗れたエルダが立っていた。

 煙を吸い込んだのか、目は潤んでるし、せき込んでるし、とてもお姫様には見えない汚れ具合だ。


「……エルダ? 何してるの?」


 扉を開けたままの姿勢で尋ねる。

 目をぱちぱちと瞬かせたら、エルダはまだ目を潤ませながら腰に手を当てて胸を張った。

 何してるんだか。

 変わらない姿に、あたしは小さく息を吐く。


「ダンジョンで迷ったから、諦めて空を飛んできたのよ!」

「また、無茶したね……って、そういうことじゃなくて」


 魔法を使えるようになったらこれだ。

 前より行動的になっているんじゃないだろうか。

 あたしが無茶の理由を聞こうとしたら、エルダが遮るように声を上げた。


「私!」

「うん?」


 きょとんとする。とりあえず、中に入って欲しいんだけど。

 エルダは真っ直ぐにあたしを見たまま動こうとしない。


「私、人を治めるのに向いてないわ」

「はぁ、あ?」


 いきなり何を言うのか。

 そんな相談は冒険者にするのは間違っている。

 あたしは顔をしかめながら首を傾げる。

 エルダの姿勢は変わらない。


「だから、象徴として存在することにして、実務は兄様に任せることにしたわ!」


 どーんと効果音が付きそうなくらい、エルダが得意げに言う。

 確かに今まで王様になる予定だった王子に任せた方が、政治は上手くいくだろう。

 だけど。

 あたしは呆れを隠さずエルダに尋ねた。


「それ、いいの?」

「いいでしょ、下手な人間に治められるより幸せよ」

「レイフルさんは?」

「レイフルは宝玉を使う私の姿が見れるだけでいいみたい」


 うーん、分かるような、分からないような。

 レイフルさん、エルダがいなくなったら一気に王家に反旗を翻しそうだけど。

 でも、そういう難しいことは、エルダだって考えたはずで。

 その上で「向いていない」とここに来たなら、どうにか上手くまとめてきたのだろう。

 あたしはただエルダを受け入れることにした。


「そっか」

「で、魔法の可能性を探るためにダンジョンに潜ることにしたの」

「うん?」


 ひとつ納得したら、すぐに訳の分からないことが降ってきた。

 エルダはびしりとあたしを指さし、顎を上げる。


「あなた、手伝いなさい!」

「エルダは相変わらず、唐突だなぁ」


 この突然な感じ。もう懐かしささえある。

 あたしはやっと扉から手を放して、頭を掻いた。

 エルダは断られるなんて微塵も考えていない顔で、こちらを見つめている。


「いいでしょ?」


 まったく、我儘で人を振り回すのが本当に得意なお姫様だ。

 あたしはゆっくりと笑顔を作った。


「喜んで」


 そう言ったあたしにエルダが飛び込んでくるまで、一秒もかからなかった。

 配達人とお姫様の関係はまだまだ続いていきそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン配達人は無意識チート〜厄介な拾いものはお姫様?!〜 藤之恵 @teiritu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ