第13話 対話その五 エリエリ

 心の、ずうっと奥底に引きこもり、妄想に明け暮れていた凛音は、久しぶりに表舞台に登場した。もう、何年も、エリエリに任せきりだった表舞台の場。

 「ねえ、エリエリ、あんた、どうしたのさ? 消えちゃったの。それとも、まだ、あたしのこと、怒ってる?」

 ぎゃーあああーー、という女の悲鳴が、聞こえた。腐った猟奇殺人者どもの狩りは、まだ終わってないようだった。

 凛音は、にたり、と笑った。

 「エリエリ、あんたには、悪かったって思ってるさ。だって、自分が主人格だって、勘違いするまでに、あたしの自我を乗っ取っちゃったんだから。おかげで、あたしは、思う存分、妄想に浸っていられたわけ。そして、いずれは、消えようと思っていたのよ。あなたが、あたしの全部を、引き受けてくれれば」

 息を荒くした、血まみれの女が、トイレに駆け込んでくる。

 「あんたは、責任感が強くて、真面目で、心が崩壊して自殺寸前だったあたしの前に、突然に現れた子だったよね。生きたい、と思ったの? こんな世界で? でも、あたしは、あのとき、あなたに自我を譲って良かったって、思ってるよ。世界を、血まみれにしてやりたい、って思っていたから」

 血まみれの女が、凛音の前で、どさりと倒れ、片手をあげ、うーうーと呻き始めた。

 「でもさ、ほら、そんなときに、あたしの潜在意識とシンクロしてしまったんだろうね、レイシアス人が憑依してきたじゃない。久留麻なんて、彼に比べれば、子供のようなもんじゃない? こんな小さな惑星の—―」

 女の腕が、伸びてくる。その指の何本かは切断されていた。

 「でも、こんな小さな惑星でも、レイシアス人のごちそうは、たんまりとあるんだよね」

 グイーーーンと、小型チェーンソーの音が、トイレの中に響き渡る。女の手の、残った人差し指が、凛音の腹部に触れる。

 その指を、凛音は、優しく握ってやる。

 お嬢ちゃん、どーこかなああ、とチェーンソーをぶんぶん振り回しながら、老人がトイレに入ってきた。

 女が、ひっひっと小さな悲鳴を上げながら、

 「た、たすけ、たすけて」

 と、声にならない声を発する。

 凛音と、老人の目が合った。

 老人が、にたりと、笑った。

 凛音も、お返しに、にたりと、笑った。


 「ほうら、ごちそうが、向こうからやってきたよ」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レイシアス人は、狩りをする 黒木 夜羽 @kirimaiyoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ