第4話 事件が終わって、探偵は真相を語る。
昼休みの終わり頃、なにくわぬ顔をして高井が戻ってきたのを見て、青田に見つからなかったのだとわかった。予鈴ギリギリに戻ってきた青田は、高井を睨みつけながら、自分の席に戻っていった。高井はそれに気付いて怯えた様子だった。挑発されると腹を立てて乗る一方で、結局怖いものは怖いらしい。
五限が終わっても蓮見は帰ってこなかった。
休み時間は、とにかく怖くて仕方がなかった。青田は昼休みが空振りだったのもあるのか、フラストレーションが溜まっているようで、貧乏揺すりをしている。
他の脳天気にだらけているクラスメイトたちが恨めしく思えるくらい、僕らのあいだに緊張した空気が流れていた。
六限のチャイムが鳴ってほっとしたくらいだった。
蓮見は、どこへ行ったんだろう。
大概、なにも言わずに蓮見がどこかへ行くときは、なにか解決の
しかし、その祈りもむなしく、いつの間にか終礼まできっちり終えてしまった。
つまり、授業という予定に縛られていた生徒がくさびから解き放たれるということで、それは青田がようやく怒りをぶつけることができるようになったのを意味する。
高井は、先ほどの青田の様子から身の危険を察したのか、さっさと帰ろうと鞄を持って教室後方の扉から廊下に出ようとする。
それを追いかけるように、青田が大股で高井に追いついて肩をがっしり掴んだ。
「おい、待てよ」
こういうとき、僕はどうしたらいいだろう。この気まずい空気のなかにいたくない。けれども、このままトラブルに発展するのを眺めていてもいいものだろうか。
もたもたと迷いながらも、席を立った。
そこで、がらりと音がして見ると、教室前方の扉が開いた。
蓮見だ。ようやく帰ってきた。
はぁはぁ、と息をあがらせている蓮見は、彼に気付かない青田へ早足に近付いていった。
「これ、あったぞ」
「あ?」
青田は、蓮見が差し出した掌を眺めると、「お、おお」と感嘆を漏らした。
僕がいる位置からは見えないが、おそらくリングを見つけてきたのだろう。やはり蓮見は解決の筋道を見つけたのだ。
「どこにあった?」
「コンビニ近くの住宅街の自販機。あそこの下にあった。青田、ちゃんとそこ探したか?」
「いや、探してなかったわ。サンキュー」
青田は蓮見からリングを受け取ると、自分の指に嵌めた。それから、いつの間にか逃げだそうと、ゆっくりと離れていた高井を見ると、がっしりと掴んだ。
高井がひっと息を飲んだ。
「おまえさ、うちのコンビニで悪戯したんだってな」
そう言って青田は高井を殴りつけた。
ああ、そうか。リングを盗んでいなかったとしても、そこで高井を殴るのか。
「でも、自分で煽ったのに」
どうせ気付かないだろうけれど、青田には聞こえないように小声でつぶやいた。
「まぁ、青田だろうが、高井だろうが、カスはカスだからな」
いつのまにか僕の隣にいた蓮見がそう言った。
僕らは青田が高井を殴りつけたあと、野次馬がたかって野次を飛ばし始めたあたりで、二人で教室を抜けて帰路に就いた。
蓮見はリングが自販機の下に落ちていたと言っていたけれど、それはさすがに方便だったろう。
「さすがに自販機にはなかったんでしょ?」
「当たり前だ」
「結局、高井は犯人じゃなかったってこと?」
「まぁ、そういうことではあるな。まず、高井はリングを盗んだはずがないんだ。誠一、おまえなんでかわかるか?」
いや、そんなこと言われてもわかるわけがない。とはいえ、なにも考えずに答えるわけにもいかず、ほんの少しだけ唸ってみせた。
「お手上げ。僕には無理だ」
多分、
「高井がリングを狙っていたことも、バックヤードに入るために悪戯をしていたのも本当だと思う。だけどな、高井が川島さんに見つかったのは、青田が帰ったあとだったはずだ」
なるほど。リングは青田がバイトをしている間だけ、バックヤードのロッカーにあるはずで、青田が帰宅すると同時にリングはロッカーからなくなってしまう。バックヤードに高井が入った時点で、高井からしてみればリングはそこになかったということだ。そもそも盗むことすらできない。
「それにな、そもそも席の位置の問題もある」
「は? 席? それがなんか関係あるの?」
「ほら、青田がさ。奥のロッカーに近い席は川島さんの特等席って言ってたろ。川島さんが高井を捕まえたなら、バックヤードに連れて行っても奥の席は川島さんが座っていた。必然的に高井が座るのは、バックヤードの入り口側なんだが――」
そこまで聞いてようやく僕にもわかった。
「そうか。あそこからは、段ボールに隠れてロッカーが見えない」
蓮見は「そうだ」と頷いた。
ロッカーが見えていなかったとしたら、仮に青田が帰っていなかったとしても、リングの場所がわからない。
「そのうえ、川島さんは通報せずに説教かましてから家に帰したって話だからな。周囲を物色する暇すらなかったろうな」
そこで蓮見は一呼吸置いた。
「だから、路上に落としたんじゃなけりゃ可能性はひとつだけだ」
ああ、ここまで言ってもらえれば僕にだってわかった。
「川島さんだね」
「そういうこと」
青田は家に帰ってリングがないことに気付いた。路上に落ちていないとしたら、必然的に、青田がバイト中になくなったことになる。この時点で、青田が帰宅したあとにバックヤードに入った高井が犯人のわけがない。青田は、いつも放課後くらいから夜の七時まで、自分と川島さんしかいないと言っていた。それならば、ロッカーからリングを盗めたのは川島さん以外にいないはずだ。
「じゃあ、さっきは学校抜けてコンビニに行ってたの?」
「そうだ。ちょっとゲーセンに寄り道もしたけどな」
「ゲーセンに? なにかの用事?」
「いや、ゲームやりに行ってた。五限休んだら六限休んでも一緒じゃん」
こっちがひやひやしていたときに、こいつはゲームなんかやって遊んでいたのか。
はぁ、とため息をついた。それからふと思いついたことを呟く。
「なんで、そんなことしたんだろう」
もう三十も超えているような大人が、高校生の物を盗むなんて、にわかには信じがたい。
「知らねぇ。とにかく、レジにいた川島さんに話したら、あのおっさん、顔色変えてさ、持って行けばいいだろって逆ギレしてたわ」
僕はなんて言えばいいのかわからなくなって、うん、と頷くだけにしておいた。蓮見の方も一通り話し終えたようで、ふうと息を吐くとそのまま押し黙っていた。
しばらく無言のまま、通学路を歩いた。
そして、分かれ道の十字路に至った。僕はここを真っ直ぐ行くが、蓮見は右折する。別れの挨拶くらいはするかと考えていると、先に蓮見が口を開いた。
「川島さんってあのおっさんさ、島高のOBって言ってたよな」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたね」
「俺たちカスは大なり小なりああなって、カスみたいな人生送るんだろうな」
僕ら島高生の進路は、いい成績なんてとる必要がない地方私立の大学か、専門学校か、就職だという。工業高校みたいに手に職つけるわけではないから、就職口もそれほど多いわけじゃない。
僕らはこの先どういう人生を送るのだろうか。
まだまったく想像なんてつかない。
「じゃあな」
蓮見のいうように、僕たちはカスかもしれない。未来も真っ暗なのかもしれない。
でも、蓮見。蓮見は、ちゃんと青田にリングを返したじゃないか。
分かれ道を進む蓮見の背中を僕は眺めていた。
きたねぇモザイク ものういうつろ @Utsuro_Monoui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます