第3話

 不思議に思った茉莉花まりかが、小首を傾げて尋ねます。


「うん? どうしたの、おばあちゃん」


「さっき、茉莉花が『初動』の話をばあちゃんにしてけだべ?」


「うん」


「それで思ったのよ。出版社さんが本を売ったい気持ちも分かるし、作家さんも本を売れて欲しいのも分がるよ。でも、ばあちゃんみたいに、茉莉花に連れてきてもらわんねど、本を買えねえ人は『初動』なんて知っても動くことはできないさ。あとよ、あんまりお金がなくて、それでもほしくて買いたい人もいるべ。コツコツお小遣いを貯めて買う子どももいるし、働いている社会人の中にだっていて、そういう人たちはお金が貯まったときに買うから、そんな『初動』っていうのに貢献できないべよ。そもそも発売日だって、こっちは店頭に並ぶのが一日遅くて買えねえしな。だったら『通販で本を買えばいいべ』って言う人もいっかもすんねけど、何でも通販で買っていたら、地域の本屋さんがつぶれんでないの? なんだか言ってることが矛盾しったなって思うけんど、違うのがな」


「おばあちゃん……」


 自分の気持ちと、本屋さんの事情と、出版社の事情と、作者さんの事情と……色んなことがあって、中々上手くいかないなと、咲おばあちゃんは思います。


 茉莉花は咲おばあちゃんの気持ちがよく分かりました。でも、頭に編集者をしている友達の顔が浮かぶと、おばあちゃんの考えだけを肯定できそうにありません。


 茉莉花は言葉を選びながら、自分の気持ちを言いました。


「『初動』の話は、『出来る人はお願いします』って話だろうけど、こういうことが沢山発信されてくると、何というか『それが正義』みたいに感じてくることもあるかもね。確かに、作者さん応援したい気持ちもあるけど、私たち消費者は、そんなに本のことばかり考えてなんていられないし……。でもね、おばあちゃん。本が売れなかったら続きも作者さんは書けないのも確かなんだ。編集者になった友達がいっていたけど、『完結してから買うって言う読者の人もいるけど、それじゃ遅いんだ』って。私はその話を聞いたとき、作者さんの気持ちも分かるし、お金を得なくちゃいけない編集者さんの気持ちも分かるから、『そうだよね』って、そのときはすごく同意したんだ。でも今日、おばあちゃんの話を聞いていたら読み手の人だって色々いて、やっぱり最後まで書ききってくれてからじゃないと読みたくないって言う人もいるよね。まあ、別に作者さんも出版社の人も、『買える人は早めに買ってください』って言っているだけで、それを強制しているわけじゃないんだけどさ……」


 茉莉花はしゅんとした様子で言いました。

 咲おばあちゃんは、それにハッとします。自分が言ったことで孫が悲しい顔をしているのが申し訳なくなってしまったのです。そして茉莉花を励ますように、ちょっと笑って言いました。


「まあ、すごい長い連載のものは、さすがに追っかけたほうがいいとばあちゃんは思うよ。五十年とか、半世紀も連載されてたものを途中から追っかけんのはきついんでないかな」


「確かにそうだね。でも、何と言うか……すごく『お金』『お金』しているなって思う。書いている人や本を作っている人の生活もかかっているから仕方ないことかもしれないけど、それでも何というか……売り上げのことばかり言われるのはなんだろうなってちょっと思うね。あんまり『初動』のこととか言われると、私たちは何のために本を買うんだろう?……って思っちゃうかも。面白いからとか読むのに。でも、やっぱり私たちは生きるためにお金が必要だし……堂々巡りだね」


 茉莉花の言葉に、咲おばあちゃんは、うんうん、と大きくうなずきます。

 どちらの言い分もよく分かるのです。けれども読み手としてどこか寂しい気持ちがあるのは、作者と出版社の色んな裏事情が前に出てくるたびに、どこか読者のことが忘れられているような気がするからなのかもしれません。


「難しいなぁ……」


 咲おばあちゃんはぽつりと呟いたとき、ちょうど検索機の後ろに別のお客さんがきました。おばあちゃんと茉莉花はちょっと恥ずかしくなりながらもそそくさとよけ、ゆっくりと店内を歩きながら本棚を眺めるのでした。


     ☆


「おばあちゃん、全部買えた? というか、今日は何冊買ったの?」


 会計が終わったおばあちゃんを、お店の出入り口で待っていた茉莉花が聞きました。


「七冊だな。でも、一冊駄目だった。メジャーじゃないから仕方がねえのかも」

「そっかぁ」


 ちょっとがっかりしているおばあちゃんの様子に、茉莉花はうなずいてから次のことを提案しました。


「ねえ、おばあちゃん。今日は、別の本屋さんも行ってみようか? もしかしたらそこにはあるかもしれないよ。ほら、ちょっと先に行ったところにも中型の書店があるじゃない?」


 すると咲おばあちゃんの目がみるみると輝き出します。


「いいんだか? 本当に? 大変でない?」


「おばあちゃんがよかったら行こうよ。もしかしたらそこにはあるかもしれないじゃん。それに、地元の本屋さんに貢献出来たらそっちのほうがいいし」


「ありがとう。んだら、お昼はどこかで食べるべ。ばあちゃんがお金出してけるよ」


「え~、働いてるから私が出すよ~」


「それなら、今日はばあちゃんが払って、今度またお昼食べるときに茉莉花に出してもらうのはどうだべ?」


「それならいいね。じゃあ、今日はお願いしようかな」


「うん、分がった。どこで食べるべ?」


「そうだな……あ! だったら本屋さんに行く途中にある、食事処に行こうよ。前に行ったときすごく印象がよかったんだ。リーズナブルだし、店内広いし、静かめだし。きっとおばあちゃんも気に入ると思う」


「それは気になるな。行くべ、行くべ」


「うん!」


 おばあちゃんと茉莉花はほがらかに笑い合うと、もう一軒の本屋に向かう前の腹ごしらえに向かうのでした。


(おしまい)

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