第Ⅲ章(1)

αは空襲されたウェルネシアではなく首都エリアスの第一軍事基地に誘導された。エリックは滑走路の空いた場所に人型兵器αを着陸させた。人型兵器αをA国立美術館に所蔵させる際に用いられた移動式階段の予備がαの元へ運び込まれた。エリックは楕円パネルを操作して、早く操縦室から出ようとした。姿を現さない少女と会話をしたくなかった。

ー人を殺す人だとは思わなかった

少女が沈黙を破った。その一言にエリックはB国に感じた怒りと類似した感情を覚えた。拳を強く握った。そして、緩めた。物の理がわからない子供を相手にしてるような諦めと軽蔑が心に浸透した。

「仕方がなかったんだ。君もわかるだろ。」エリックは疲れた声で言い放つとパネルをタッチして外へ出た。

「わぁ。」軍の施設が模型に見えた。上空からしか見えるはずのない景色から自分が宙に放り出され、落ちていると錯覚した。エリックは階段を踏んでいるかのような感触に気が付いた。閉じた目を開くと足元にたくさんの黒い粒が靴を覆うように付着していた。エリックはゆっくり、移動式階段に一歩を踏み出すとそれに合わせて黒粒子が集まって道を創った。銃を装備したA国軍人がその様子をほおけて見ていた。移動式階段に到着するとはきはきとした声がエリックを呼んだ。

「少年、手を挙げて、ゆっくりとこちらに来てくれ。」

エリックは素直に指示に従った。銃口を向けた軍人達は人型兵器αに搭乗していた人物の顔が視認できるようになると目を見張った。軍人の中の一人が手をあげると軍人達の銃口は下げられた。

「A国軍精鋭部隊隊長アーノルドだ。」

三十代半ばと思われる男が笑顔を浮かべながらエリックに手を差し伸べた。逆立った髪とダンディーな顔立ちが印象的だ。

「エリックです。」エリックは緊張しながら差し伸べられた手を握った。

「総帥がお呼びだ。ご同行願おう。」

エリック達はA国軍本部に入り、彫刻が施された扉の前に立った。エリックは自分の場違いな私服が気になった。重低音のノック音が響く扉の奥から「どうぞ」と声が聞こえた。

「失礼します。」アーノルドが扉を開けた。重厚な机を前にして、屈強な老人が革のソファに腰かけていた。エリックもアーノルドに合わせて頭を下げた。

「A国軍総帥アラスターだ。少年、腰をかけてくれ。」エリックは来客用のソファに腰をかけた。施設にはない椅子の座り心地に感動した。

「まず名は。」

「クノエスセル・A・エリック」

総帥は蓄えた髭を撫でた。

「では、エリック君。君はどうやって、人型兵器αを操縦しているんだ。」

エリックは情報を正確に思い出そうと自然に上を向いた。天井画が目に入った。そこには旧A国戦闘機が旧B国戦闘機を爆破している様子が描かれていた。

「機体の中から女の子の声がして、それで、操縦データが脳内に転送されて、自然に歩き方を知っているのと同じように動かせました。」アラスター総帥は机から葉巻を取り出し、ハサミで先を切り、ライターで火を付けて、勢いよく吸い、勢いよく吐いた。煙はカーブを描きながら窓から出ていった。

「ほう、そうか。もう驚き疲れた。では、次に君の哲学について尋ねる。今日、隣国のB国は平和条約を一方的に破り、我が国を奇襲して多数の死者をだした。政府としてはこれ以上の犠牲を出さないために相手国との戦争ををする意向だ。そこで尋ねる。君は敵国であるB国の人間の命を奪う覚悟があるか。」アラスター総帥は真っ直ぐな目でエリックの少し潤んだ目を見つめた。エリックは即答した。

「確かにB国を許すことはできないです。だけど、敵国の無関係な民衆を殺したくはないです。」アラスター総帥はゆっくり頷いた。

「うむ、至極全うだ。君にお願いがある。我が国は人型兵器βに対処する主戦力は人型兵器αしかないと思っている。だから、国民を守るために軍に志願してくれないか。」

「僕が軍に!」エリックは突然の勧誘に驚きと困惑を隠せなかった。

「あぁ。時には非人道的な命令が下されるかもしれない。君が命を落とすかもしれない。」

「少し、考えさせてはくれませんか。」

「わかった。だが、そう長くは待てんよ。」

「はい。」エリックは俯いた。校外学習に出かけるだけだった今日、自分が人生の岐路に立たされるとは思いもしなかった。

「あと、君に相談役がつく。入ってください。」

桜色の髪が新鮮だった。入室した人物は軍では珍しい女性だった。彼女は姿勢を正し、敬礼をした。軍帽が少し動いた。

「失礼します。本日づけでエリック様の警護を担当することになるます。エリンです。以後お見知りおきを。」

アラスターはエリックとエリンが去ると天井画へと視線を移した。

エリックは横目でエリンをちらっと見た。ポニーテールに二本の触覚がある髪型も珍しかったが、何より透き通るような真っ白の肌と黄金律に沿って配置されたような目鼻立ちに内心動揺していた。エリンがこちらを見つめるとエリックは前を向いた。

「で、少年。なんでA国美術館にいたんだ。」先ほどとは違いエリスの言葉遣いは砕けていた。

「校外学習だったんです。」

「そっか、残念だったな。」エリンは本当に残念そうな顔をした。

「あの、A国立美術館近くのシェルターに行っていいですか。友達がいるはずなんです。」今まで言うタイミングがなかったが、エリックはずっとルナとエドガーの無事を確信したかった。

「わかった。」エリスはエリックをクラシックデザインの軍用車へと乗せ、出発した。後から数車が追尾した。

車窓から見えるA国第二の首都ウェルネスアの惨状は目を覆いたくなるほどだった。煉瓦造りの家のほとんどは外から家の中がはっきりと見えるぐらい破壊されていた。先に見える道路は煉瓦と屋根の瓦で埋め尽くされていた。エリックたちは降車せざるを得なかった。車のドアを開けると人の泣く声、あちこち飛びかう怒声と倒壊音が戦争の惨状を奏でた。エリックはその不安定なリズムや急にボリュームが大きくなる喚き声に不安を煽られた。エリスの目には涙が溜まっていた。

「多分、ここです。」エリックは破壊された街の中に堂々と存在している鉄の半球に指をさした。入口の前では火が立ち昇り、異臭がした。

 シェルター内には死者が運び込まれ、棺桶に入れられていた。棺桶が幾つも幾つも幾つも連なっていた。棺桶の前で号泣する遺族も無数にいて、目を背けようがなかった。

 エリックは必死に親友の姿を探した。この街には高貴な服を身に着けた産業資本家も多いので少し時間がかかったが、黒髪が目に入るとエリックは手を振った。

「エド、」エドガーがこちらを見た。その顔はひどく青ざめていた。

エドガーは誰かの手を握っている。エリックはその手が白く細い手だとわかると全力で駆けだした。

 「ル、、ナ。おい、ルナ、嘘だろ。」ルナは雪のように真っ白な顔色をして仰向けに倒れていた。綺麗な銀髪に灰が絡まり、かけられた毛布の腹部からは血が滲み出ていた。

「エドガー、一体どういうことだ。」エリックはエドガーの肩を揺さぶった。エドガーの涙が床に零れ落ちた。エドガーは親友の荒げた声に顔をひきつらせ、嗚咽が混じりに必死に言葉を発した。

「ルナと一緒にシェルターに駆け込んでいた時に、近くにミサイルが落ちて、それで、ガラスが飛んできて。」エドガーの回答にルナのか細い声が続いた。

「でも、即死はこのペンダントのおかげで免れたみたい。」ルナは左手で首にかけていた、三人お揃いの銀のペンダントを持ち上げた。ペンダントは血塗られ、凹んでいた。

「エドガー、エリック。」

「ルナ、喋るな。」エドガーの声は懇願のようだ。それでもルナは唇を震わせながら口を開いた。

「わたしね。幸せだったよ。エドガーとエリックがね、小等学校の時に私の髪の色が珍しいから同じクラスの女の子に意地悪されていた時に助けてくれたことが本当にうれしくて、それから二人と一緒にいた日々は本当に楽しかった。こんなに宝物が一杯でいいのかな。」ルナは口角を上げた。

「ルナ。」ルナは二人の頬に手をあて、指先で涙を拭い取った。

「エドガー、エリック。今まで本当にありがとう。愛しているわ。」ルナの瞳が閉じていった。もうそこにはルナはいなかった。

 それから一体どれだけエリックとエドガーは泣き叫んだのだろう。悲しくて仕方がないのにもう涙が出ない。それが酷くつらかった。エドガーはエリックを見つめ、枯れた声で懸命に伝えた。

「エリック、俺、軍人になるよ。許せないんだ。ルナが一体何をしたっていうんだ。あいつらに、あいつらに、復讐してやるんだ。しないと。」最後の方はもはや言葉になっていなかった。

「僕も軍に入る。」エリックも言葉に力を込めた。

「エリック、お前はよせ。」

「僕ももうこれ以上人が死ぬのは見たくないんだ。」

エリックは顔を上げ、エリンを見た。エリンも目尻が赤くなっていた。

「エリンさん、僕らを軍に入れてください。」

「あぁ。」エリンは軍帽を深く下げた。

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消滅戦争Ⅱ @haitani_hibiki15

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