エピローグ

 音楽室の一件から数日が経過した。


 平常運転なルーカスと違い、ミシェルは時折浮かない顔をするようになった。

 本人はいつも通りを心がけているのだろうが、ポール達も時々物言いたげな表情で彼女を見ている。

 三人の中では面倒見の良いアンドレイが話を聞こうとしたが、“家庭の事情だ”と言われてしまえば引き下がるしかない。

 彼等はまだ十代で、親の庇護下にあるが貴族だ。要所をぼかそうとも、外に漏らしてはいけない話のひとつや二つあって当然だ。


 シャワーから戻ったルーカスは、ぼんやりとベッドに腰掛けるルームメイトに近づいた。


「おい、辛気くさい顔を止めろ」

「すみません」


 頭を垂れるミシェルに「欲しいのは謝罪じゃない」と、ルーカスは言い放った。


「十日だ。十日経っても自己解決できないなら、それはもうお前の手に余る問題だ。見た目は十五、中身はそれなりな俺が聞いてやろう」


 いつものドヤァァと効果音がつきそうな顔で胸を張るが、いつもと違い彼女はツッコまなかった。


「……生徒会の後任が見つかり次第、アランはアドリアここを辞めて留学するそうです」


 逃げるのか、とルーカスは呆れたが、別の可能性があることに気付いた。

 もしかしたらルーカスの言葉に従い、ミシェルを視界に入れないよう離れることにしたのかもしれない。

 何にせよ彼女を快く思っていない存在が消えてくれるのならそれでいい。


「それで? お前は大好きな従兄弟が遠くに行っちまうことが嫌なのか?」


 馬鹿にしたように揶揄する男に、ミシェルは首を振った。


「違います。僕もそうするべきなんじゃないかと」

「留学か? 何のために?」

「そっちじゃなくて、この学院を去るべきじゃないかと……」


 ぼそぼそと告げられる言葉に、ルーカスは柳眉を逆立てた。


「それこそ何の冗談だ」

「僕はミハイルじゃありません。あの子が学校に通えるなら、そうさせるのが正しいんです」


 ミハイルが一人で学生生活を送れることは、隊長の報告と小説が証明している。


 ミシェルは世間に嘘をつき続けている。

 画家だという嘘は、良心の呵責などという個人的感情で暴露してしまえば取り返しがつかない大問題になる。

 でも弟の名を騙って学院に通うことに関しては、たいした問題ではない。


「弟をド田舎の学校にでも通わせるつもりか。――まだ交通機関が脆弱な世界だから、生まれてから死ぬまで地元を離れない連中が通うような学校なら誤魔化せるだろうな」


「そうです」


 ミシェルはルーカスの言葉に頷いた。


 本物のミハイルを、今更アドリア学院に通わせることはできない。

 肺の病が見つかったことにして、空気がきれいな田舎の学校に転入という形にするのが自然だろう。

 持病持ちだということにすれば、彼が伯爵家を継がず、ミシェルが婿を取る表向きの理由にもできる。


「それで自分はスランプになったフリをして謝罪行脚ってか。ふざけんな」

「……」


 ミハイルが学生生活を送る期間、画家として請け負った仕事はすべて延期、もしくはキャンセルになる。


「当初の計画でいいだろ。誰も困んねぇんだから」


 長年表に出てこなかったバルト伯爵家の長男。

 その安否を疑う者もいたので、ミシェルが堂々と学院に通うことで世間に伯爵家に問題は無いと印象づける。

 世間は公爵家の双子は、うり二つな異性双生児だと認識するだろう。

 学院を卒業、怪我をしたので家を継ぐのは無理だということにすれば、引きこもりのミハイルという図式を作ることができる。


 家の体裁を保てるし、ミハイルはずっと安心できる場所で絵を描き続けられる。

 これが当初ミシェルが考えたプランだった。


「正しいとか、正しくないとか捨てちまえ。お前はどうしたいんだよ」


 問いかけてもミシェルは俯いたままだ。

 苛立ったルーカスは、いささか乱暴に彼女の顔を上に向かせる。俗に言う顎クイだ。


「ここの生活が嫌なら、とっとと辞めろ。この数ヶ月楽しかったのか? 辛かったのか? お前の気持ちはどうなんだ?」


「……嫌じゃない、でも」


 ルーカスは、否定の言葉を紡ごうとする口を指で阻止した。

 顎に添えていた右手で、ミシェルの頬をつまむように押しつぶす。


「でももクソもねぇ。お前はもっと我が儘に生きろ。周りの連中だって好き勝手してるだろ。――人生はな、許される範囲で楽しんだもん勝ちなんだよ」


 人生二回目の俺が言うんだから間違いない、と断言するルーカスに彼女は苦笑した。


「そういえば入学前の公子も、許されるギリギリの範囲で好き勝手してましたね」

「セドリックの同人誌と同じで、本能というか本質なんだろ」

「……ルーカス様は、自分の人生を悔いたりしそうにないですね」


 ミシェルが羨ましそうに言うと、ルーカスは鼻で笑った。


「そんなことないぞ。前回も今回も黒歴史だらけだ。もしタイムスリップできるなら、ひとつ残らず消してやりたいね」


 相変わらず理解できない単語を、聞き手に配慮せずに多用するルームメイト。だがそんな彼との会話にも、たった数ヶ月ですっかり慣れてしまった。


「俺の性根は陰の者だが、開き直ってるからな。ある意味無敵の人だ」

「ん? 前に言ってた陰キャってやつですか」

「ちげーから。陰キャと、陰の者は微妙に違うから!」


 ミシェルがいつもの調子を取り戻したと判断し、ルーカスはベッドから離れて椅子に座った。


「というか俺に散々借り作っておいて、踏み倒すなんて認めないからな」

「借りなんてありましたっけ?」

「あるだろ! お前の性別秘匿を助けただろう。それに対してお前は全然成果だしてないじゃないか」

「あー……」

「忘れてたなこの脳筋娘。“セドリック・ロス”が死んだからには、俺が家を継がなきゃいけないんだぞ。俺のイメージアップ! しっかり働いてもらうからな!」


 悲しいかな。ポールと少し話すようになったが、未だにルーカスは授業で組む相手がいない。

 ミシェルは三人組と行動することが多いので、ペアが二組でルーカスの入る余地がない。


「気長にやりましょう」


 愛想笑して誤魔化すミシェルに、ルーカスもイイ笑顔を浮かべた。


「言ってなかったが、コレは俺の作品にしては珍しくシリーズものだ。卒業まで割と頻繁に事件が起きる」


「は?」


「来年この学院はテロリストに占拠される」


「はああ!?」


「アクションじゃなくてミステリー小説だから、勿論これにも裏がある。死んだモブ生徒に赤毛も黒髪もいた。俺達の進学はイレギュラーだ。世界の“修正力”が働いて、既に退場しているはずの俺達をそのポジションにするかもしれない」


 全部終わったと思ったのに、まさか序章だったというのか。情報の嵐にミシェルは頭がクラクラがした。


「今のうちから学院中にトラップ仕掛けて備えるぞ!」

「学べ! 余計なことをして容疑者になった過去から学べ!!」


 どうやらこの男は、この先もミシェルを巻き込む気満々らしい。



 余談だが、二人に頼まれて学内の事件を調べていたポールは、調査内容を書き留めたメモを落とした。

 偶然それを拾った第三王子は、よくまとめられた文章と字が綺麗なことに目をつけて彼を書記に推薦した。

 こうして“事件の調査をしていた主人公が、第三王子に目をつけられて引き立てられる”という小説第一巻の結末は見事に回収されたのだった。






END

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自称悪役令息と私の事件簿〜小説の世界とかどうでもいいから、巻き添えで投獄とか勘弁して!〜 @leandra

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