もう一つの真相

 従兄弟の告白を聞いたミシェルは言葉が出なかった。

 彼女は二人の計画に巻き込まれた被害者だが、それでも同情してしまう。


「本人の意を汲むなら出版停止だが、流石にそれは無理だったな。……まあアイツは嫌がるだろうけど、オレは二人の作品がちゃんとした本になって後世に残るのが嬉しいよ」


 アランは「出版は商売だってユリウスは言ってたけど、それだけじゃないよな」と、どこか遠くを見ながら語った。


「……カイザー殿下が一枚かんでるなら、万事そつなく処理されてるだろう。俺たちにできることはないし、こんな事情を聞いちゃする必要もないな」

「ああ、うん……」


 謎が解けてスッキリした様子のルーカスとは対照的に、ミシェルはアランを呼び出す前よりも浮かない表情だ。


「セドリックは生きてる。もう会うことはないだろうが、しがらみから解放されて、元気にやってるならそれでいい」

「そう……ですね……」


 ルーカスの言葉に、彼女はぎこちなく同意した。


「二人はユリウスの敵を取った。因果応報だ」

「……」


 悪意を持って虚言を吐いたから、同じことをされた。

 リカルドは反撃されて、その重みに耐えられず死を選んだ。ただそれだけ。


「反応が悪いな。やっと真相にたどり着けたんだ。これが本当の一件落着ってやつだぞ」


 王家が糸を引いているなら、公式発表は揺るがないだろう。

 アランが罪に問われることは無い。


「……人生二周目の俺と違って、物心ついて十数年じゃ無理もないか。もうここに用はない。シャワー行ってこい。とっとと行かないと、野郎どもが使い始めるぞ」 

「そう、ですね。じゃあアラン、……またね」


 ルーカスはため息をつくと、ミシェルにシャワーを浴びて気分転換するよう促した。

 追い立てられた彼女は、音楽室をあとにした。



「さて。邪魔者はいなくなったことだし、男同士の話をするか」


 ルーカスの言い草に、アランは「邪魔者なんて、ひどいな」と苦笑した。


「ひどいのはどっちだよ。――――お前、アイツを嵌める気だっただろ」


 ルーカスの指摘に、アランは固まった。


「お前が大大大嫌いな従姉妹にしたことに比べれば、俺の口の悪さなんてかわいいもんだ。――ハッ、図星か。顔が怖いぞ優等生」


 口元は変わらず弧を描いているが、目は笑っていない。“気さくで誠実なお兄ちゃん”の仮面が剥がれ落ちる様をルーカスは嘲笑った。


「この世界は、一年を季節で四分割している」

「藪から棒にどうしたんだ」

「春の一の月、二の月、三の月。夏の一の月、二の月、三の月……」


 この世界の暦は単純だ。春夏秋冬を三ヶ月ずつで一年が十二ヶ月。


「そんな当たり前のことを、わざわざ口にして。なにが言いたいんだ?」

「西洋っぽくするなら九月入学の六月卒業なんだが、行事とか一々調べて合わせるのは書きにくいからな。わかりやすさ、書きやすさ重視で、この世界は四月入学式だ」

「くがつ? ろくがつ? 一体何の話だ」

「お前が双子を入れ替える準備を始めた時期だ。わざわざ外出届を出して伯爵家を訪れたのは秋。おやぁ、おかしいなぁ。事件が起きたのは冬なのに計算が合わないなぁ」


 最初にミシェルから話を聞いたときから怪しいと思っていたが、時系列を整理して確信した。

 入学式がある春の二の月(4月)の半年前――秋の二の月(10月)に、彼女は従兄弟に揺さぶりをかけられている。

 本が出版され、クッションが減ったのは去年の冬――つまり冬の一の月(12月)。

 セドリックと復讐計画を立てる前から、アランはミシェルを学院に入学させようとしている。


「あんたのクリエイター至上主義は凄いよ。しごできだし、神編集の素質がある。きっと担当した作家を大切にするんだろうな。予定変更になったのに知らせなかったり、自分から連絡すると言ってブッチしたり、言ってることが二転三転しないんだろうな……。俺もそういう相手と仕事したかったぜ」


「……」


 この沈黙はルーカスの言葉が分からなくて困惑しているのではなく、彼が言わんとしていることが核心を衝いているからだろう。


「逆に盗作野郎には冷たいよな。まあ、リカルドは当然だが、あんたにとっちゃミシェルもまた他人の功績を盗んでるクソ女なんだろ」


 清廉潔白な副会長の顔から、表情が抜け落ちた。


「なまじ今までの積み重ねがあるから、伯爵家の人間は気付かなかったんだろうが、女が男子校に行くなんて普通なら反対する。バレたら社会的に死ぬし、貞操の危険もある。でもお前は止めなかった」


 いじめられる可能性があったとしても、姉を危険に晒すのは違う。

 ミシェルを大切に思うのなら伯爵のように反対して、彼女の方を説得しようとするのが本来あるべき姿だ。


「……身を削って絵を描いているのはミハイルなのに、その手柄はすべてミシェルのものになっている。その上、婿をとって伯爵家も手に入れ、弟は自分の手元で一生絵を描かせるつもりなんだ」


「ふぅん」


「あんなに努力していたミハイルの前で、見せつけるように剣を振るって。彼から何もかも奪ってるのに、その自覚がない」


「自覚があったらいいのか?」


「いいわけがない! 問題は自覚の有無じゃない、その行動だ」


 そこにはもう高潔さなんて欠片もなかった。エゴをむき出しにして、歪んだ正義感を振りかざすアランをルーカスは鼻で笑った。


「だから、身の程をわからせようと思ったのか? 気心知れた団員相手なら渡り合えても、同年代の男共に遠慮なしに揉まれれば潰れるだろうと? それとも女だとバレて貞操を損なうのを期待してたのか?」


 しかしアランの目論見は外れた。

 ミシェルは難なく男子校に馴染み、学院生活を謳歌している。

 なんなら入学してすぐに彼女をゲットしたトップ・オブ・リア充だ。


(つか馴染みすぎじゃね? 転生ニューゲームな俺よりもカースト上位、ってどういうことだよ)


 クラスで一番小柄だが、アレのデカさと、バルト騎士団の名に恥じぬ剣の腕を持っているので、一目置かれている。

 対して学生生活二度目のルーカスは、外見も身分も頭一つどころか上半身とび抜けているのに、勢いそのままクラスの輪からもとび出している。解せぬ。


「頼まれても無いのに、勝手に深入りしてキレてちゃ世話無いな。ミハイルに助けを求められたわけじゃないんだろ」

「虐げられている自覚がないから、被害者が声をあげないこともある」

「お前にとってミハイルは被害者で、ミシェルが加害者。弟を搾取して、死体蹴りする姉を野放しにはできないってか」

「そうだ」

「……この世で最もタチが悪いのは、正義を標榜する輩だってのは本当だな。俺はお前の逆だよ」


 ルーカスにとっては弟(ミハイル)が加害者で、姉(ミシェル)は被害者だ。


「男に生まれたってだけで、伯爵家はミハイルのものだった。どんなに才能があっても、自分にはどうしようもない理由で決して手に入らない。親と弟の板挟みになりながら、女に生まれたことが悔しくて歯がゆかっただろうな」


 エリスが男の娘だったように、小説に書かれていない部分は自由だ。

 小説に出てくる生徒会役員は、会長と副会長のみ。

 第三王子は出番が多かったが、副会長はたまに口を挟む程度で“優等生”以外の細かい設定はなかった。

 書記に至っては、一行も出てこない。


 前世の影響で同人誌作りを思いついたセドリックは、仲良くなったユリウスと合同本を作ろうとした。順番は逆かもしれないが、まあそこは問題ではない。

 そしてユリウスは同じ生徒会役員でも、書記でしかない自分よりも強い権限を持ち、創作活動に理解があるアランを誘った。


 きっとミシェルへの不快感は昔からあった。

 それが二人とサークル活動するうちに――作り手の苦労や努力をそばで見ているうちに、強い嫌悪に変わった。


 何もしなければシナリオ通りの展開になるが、介入すれば変化する。

 ミシェルが誤解するようにワザとあんな言い方をしたが、転生者によって彼女が替え玉になったという表現は間違いではない。

 セドリックのイレギュラーな行動によって、アランは正義感を拗らせたのだから。


「弟が姉の名前で絵を出したのはどうしてだ。誰かがそう指示したのか? 勝手に名前を書き変えたのか? 違うだろ。本人が怖じ気づいて、他人の名前を勝手に使ったんだろ。運良く賞を取ったけど、逆に箸にも棒にもかからずボロクソに言われる可能性だってあっただろ。もしそうなっていたら、世間体が傷付くのはミシェルの方だ」


 既にルーカスの顔に笑みはない。

 睨みつけてくるアランを、同じくにらみ返した。


「何年経っても立ち直らないから、婿という名の他人に家を預けることにしたんだ。独り立ちできない弟を、最後まで面倒見る覚悟を決めたんだ。――人生メチャクチャにされてんのに、お人好しすぎる。ざまぁなしのドアマットヒロインなんて今時、流行んねぇんだよ」


「最後は言葉の意味そのものが理解できなかったが、君とはわかりあえないみたいだ」


「仲良くできないって点では、意見が合うと思うぜ。嫌いならそれで結構、だが貴様にアイツを攻撃する権利はない。ノットフォーミーならミュートしろ。親戚と疎遠になっても、生きていけるだろ」


 アランが双子を入れ替えたのは、姉なら悪役の言いなりにならないと期待したからではない。

 セドリックと立てた計画に、別件で企んだことが偶々都合良く合致したに過ぎない。


 ルーカスの偽りの推理を、アランは訂正しなかった。

 つまり自分の本心を、従姉妹に曝け出す覚悟はないのだ。


(保身に走った時点で、たかがしれてるんだよ)


 馬鹿正直に告白したところでミシェルは傷付くだけだし、アランも生きにくくなるだけだ。誰も得をしない。

 ルーカスはミハイルもアランも気に食わないが、今後干渉してこないなら、ことを荒立てるつもりはなかった。


「お前が勝手な理屈でミハイルの味方を気取るなら、俺も同じようにミシェルあいつの味方になってやるよ」

「まさか君のような男が、彼女にそこまでご執心とはね」


 剣呑な空気が少し和らぐ。


「ちげーよ。お前が嫌いだからだ。気に食わないヤツの逆を張りたいだけだ、勘違いするな」

「そういうことにしておこう」


 揶揄うようなアランに、ルーカスは思いきり顔をしかめてみせた。

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