あの冬の真実ー過去・後編ー

 動揺する二人の姿に、リカルドは口を歪めた。


「アイツの本当の母親は、オレの母親なの。わかる? 父親違いの兄弟なんだよ」


「だ、だからって。それがなん、どうし……」


 混乱したユリウスは、いつものように言葉が出てこない。

 アランも衝撃的な事実に、頭がついていかなかった。


「ウチの母親は昔、偉い人――セドリックの実の父親ね。その人を怒らせちゃってさ。子供を取り上げられてベーリング家に嫁がされたの」


 息をのむ。

 ただ聞いていることしかできない二人に、リカルドはニヤつきながら語る。


「表向きセドリックは子爵の子供ってことになってるけど、本当は現男爵夫人とさる高貴なお方の子ってわけ。庶子だとしても、弱小貴族の長男が騎士科に通うなんておかしいと思わなかったのか?」


 騎士科に通うのは高位貴族の跡継ぎ、もしくは次男以下の爵位を継げない者達だ。

 通常なら下位貴族の長男は普通科に入るものだ。


「それは……。家庭の事情なんてそれぞれだから……」


 弱々しい声しか出てこない自分に、アランは腹が立った。


 いくら友達だからと言って、家の内情を探るようなことはしない。

 相手から打ち明けられたら話を聞くが、セドリックはそんなことはしなかった。


「子爵の実子じゃないからだよ。アイツ、実の母親に未練タラタラでさぁ。母親の待遇よくするために、オレに媚びへつらってくんの。うざいんだけど、たまにいい仕事するんだよな」


 ヘラヘラと喋る声が耳障りで眩暈がした。

 そんなわけが無い、と言い切りたいのに、よどみなく紡がれる言葉に“本当のことをいっているからこんなに饒舌なのでは?”と揺らいでしまう。


「というわけで、あんたが責めるべきなのはセドリック。アイツが唆さなきゃ、オレもあんなことしなかったさ」


「いや、違う。たとえセドリックが裏切ったとしても、お前は踏みとどまれたはずだ。出版を打診されたとしても、引き返すチャンスはあった。積極的に加担した時点で、お前は罪人だ」


 言葉を失ったままのユリウスにも言い聞かせるように、アランは力強く言い放った。


「絶対に許されることじゃない。なんとしてでも償わせてやる」


 先輩であり、生徒会の役員でもあるアランに睨まれても、リカルドの態度は変わらない。


「かっこいー。でもさ、もうオレの手を離れてるんだよ」


 おちょくるように、手をひらひらと動かしてみせる。


「……筆跡鑑定すれば、誰が書いたか証明できる」


 ユリウスが告げた言葉に、リカルドは噴き出した。


「生徒会に入っちゃうような優秀な先輩が、必死に考えた結果がソレ? 頭悪すぎだろ。証拠をいつまでも持ってるわけないじゃん。あんなのとっくに燃やしたよ。盗作の証明? やれるもんならやってみな」


 馬鹿にするように笑うと、リカルドは部屋を出て行った。



 扉を閉じる音が響き、二人は脱力した。

 密着しているから、お互いに震えているのが分かった。だがそれが怒りからくるものなのか、裏切りを突きつけられてショックなのかは分からない。


「――……いいかユリウス。まず俺がセドリックから話を聞くから、早まったことはするな」

「……」


 アランは血の気が失せた顔をしたユリウスに言い聞かせた。


「リカルドには悪意があった。アイツの言葉を信じるな。オレたちが見たセドリックを信じろ」

「……ああ」

「リカルドと同じ部屋には帰りづらいだろう。確か二階に空室があったはずだ。代わりに荷物を移動させるから、落ち着いたら来い」

「助かる……」

「気にするな」


 ポン、と慰めるように、アランは友の肩を叩いた。

 反射的に「友達だろ」と口にしかけたが飲み込んだ。このタイミングで“友達”“仲間”といった言葉を使うのはマズい気がした。



 椅子に身を沈めたユリウスは、ピクリとも動かなかった。

 体がだるくて重い。

 どのくらい時間が経っただろう、窓から差し込んだ西日が徐々に弱くなっていく。


(きっとアランは荷物を移動し終わってる。もしかしたら部屋で待ってるのかもしれない)


 親切で気が利く友人に、また迷惑をかけた。

 本人は気にしていないと言うだろうし、多分彼のスペックなら負担ですらないのだろうが、ユリウスは自分が面倒な人間だという自覚があった。


 ユリウスは自意識が高くて、捻くれた人間だ。

 表面上は礼儀正しくても、他人を上から目線で評価している。親身になっているふりをして、内心はどうでもいいと思っている。


 そんな彼が素直に認めているのが、セドリックとアランだった。


 セドリックの善良さ、穏やかさはユリウスのように取り繕ったものではなく、内からにじみ出る本物だ。


 アランの如才なくなんでもこなすハイスペックさと、それでいて傲慢にならずに他人と対等な関係を築けるところは心から凄いと思う。


 性格に難ありな自分に気を悪くすること無く、付き合ってくれる二人。

 彼等を信じないで、一体何を信じるというのか。


 時間をかけて育て上げた宝物を踏みにじられて、心は散り散りだ。

 衝撃の事実を聞かされて、頭も混乱している。


「行かなきゃ……」


 アランを待たせている。早く行かないと、生徒会室まで迎えに来るかもしれない。

 広い敷地なので、寮まではかなり距離がある。ショックを受けたのはアランもなのに、何度も往復させるのは申し訳ない。



 日は沈み、ほんのりと空が黄昏に染まった。

 明かりが無くても支障はないが、どこか不安を誘うような薄暗さがある。


「あ――――」


 俯いて足下だけを見て歩いていたら、声が聞こえた。

 顔を上げると、無人だと思っていた廊下にはセドリックが立っていた。

 ユリウスと目が合い、瞳を揺らす緋色の髪を持つ少年。


「あのさ。その……」


 気まずそうな表情に、盗作のことを気にしているのだとわかった。


(ああ、そういえば外出日以降、彼と会ったのは今日が初めてだ)


 てっきり原稿が終わり、セドリックの絵を待つ段階に入ったから、作業に集中していて顔を見せないのだろうと思っていたが違ったのかもしれない。

 発売日を迎えて、いつユリウス達が本のことを知るのかと戦々恐々としていたのか。


「あの本を読んだ……」


 ユリウスは、ぼそり告げた。

 間違っても“リカルドの本”とは言いたくなかった。


「あのっ。……ごめん……」


 ああ、やっぱり。“あの本”という言葉だけで通じ、謝罪してくるということは、そうなのだ。


「……リカルドと兄弟だというのは本当なんだな」

「……うん。ごめん」


 居たたまれない様子を見せながらも、セドリックはハッキリ肯定した。


「なんだよ、それ……」


 怒りすらわいてこない。全てのエネルギーが、感情が体が抜け落ちる。


 その日の夜。

 就寝前の点呼にリカルドが現れなかったので、監督生でもあるアランが部屋を訪ねたところ、彼はベルトで首を吊っていた。



***



 一通り話し終えたアランは、痛みに耐えるように目を伏せると「勘違いだったんだ」と言った。


 セドリックは外出日に本屋で例の本を知った。

 誰にも明かしていない関係だが、実の弟がしでかしたことに彼は震えた。

 血はつながっているが、セドリックは実母を含めベーリング家の人間とは生まれてこの方交流が無い。

 友人のルームメイトが異父弟、という偶然に驚いたが、リカルドとは他人も同然なので何もアクションを起こさなかった。


 もし二人に、リカルドと兄弟であると知られたら軽蔑される。

 だが黙って二人と一緒にいつづけるような、厚顔無恥にはなれない。

 セドリックが自分の出生について打ち明けるべきか迷っているうちに、一日二日とあっという間に日が経ってしまった。


 廊下でユリウスと遭遇した時、傷付いた友人の姿を目の当たりにして謝罪が口をついて出た。

 リカルドとの関係を問われて、ウソをつくのは駄目だとセドリックは肯定した。


「裏切った罪悪感じゃなくて、身内が彼を傷つけた心苦しさで謝罪したんだが、ユリウスは罪を認めたと誤解した」


 ユリウスの死を知ったセドリックは倒れた。

 目覚めたとき、彼は異なる世界の記憶を手にしていた。


「セドリックは、今の自分に未練がなかった」


 子爵家の人間とは壁があり、家は安らげる場所では無かった。

 卑劣な行いをするにとどまらず、ユリウスに悪辣な嘘をついたリカルドとそんな弟を育てた母親には憎悪があった。

 野心なんてないのに殺意を向けてくる異母弟にも、そんな状況に自分を置いた公爵にもうんざりしていた。


「盗作の事実を知るのは、ユリウス亡き後はオレとセドリックしかいない。そのうちの一人が大人しく消えたら、リカルドを喜ばせるだけだ。だから彼は憎い弟を道連れに退場することにした」


 学生が思いつきでやったことだ。世間の注目を集め、本格的な捜査が始まれば盗作は立証される。

 セドリック殺人は冤罪なので、その件で罪をとわれることはないが疑惑は残り続ける。

 リカルドの人生を台無しにしてやるつもりだった。

 あんなに簡単に死ぬとは思っていなかったが、死んでもいいとは思っていた。

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