最終話 新時代のゲーム
「契約通りにしてくれたんだろうな」
私は目の前にいる男にそう聞いた。
しかし、男は私よりも手に持っているフルーツサンドに注意が向けられた。
「何なんだこれ。パン、クリーム、フルーツが互いに大乱闘を起こして全然調和されてねぇ」
どうやら喫茶店の名物が気に食わないらしく、乱暴に皿に戻すと追加注文クリームソーダを頼んだ。
もしウェイターが、目の前にいるサングラスをかけてアロハシャツを着た年中南国気分の男が悪魔だと知ったらどう反応するのだろう。
たぶん気づかないな。
「……で、何の話だっけ?」
悪魔はようやく私の方に注意が向けられた。
「契約通りにしてくれたんだろうな」
私が改めてそう聞くと、悪魔は「うん。向こうの世界の連中に頼んでおいたよ」と私のバナナシェイクを勝手に飲んだ。
「そうか……本当にあるのか? その……異世界なんて」
「あるある。多元宇宙論とかパラレルワールドとか信じないタイプ?」
クリームでベタベタになった手をおしぼりで拭いながら聞いた。
「にわかに信じがたい。そもそも君が悪魔だという事も未だに」
「ほほう……俺の事も信じてないと?」
急に男の目つきが変わった。
まずい、地雷を踏んでしまったか。
「いや、その……最初はな。だが、幽霊を見せてくれた時に本物だと思ったよ」
これに悪魔は「まぁ、すぐに信じる方がマイナーだからね」と私のバナナシェイクを全部飲み干した。
「でも、よかったな。俺と出会えて……これでお前の人生は安泰だ」
「そうだけど……その世界の人物達が可哀そうな気がする」
「というと?」
「だって、その世界に住んでいる人達を特定の言葉しか喋れない人形にさせたんだろ?
なんだか彼らの人生を奪ったみたいで……」
そのちょうどにウェイターがクリームソーダを運んできたので、会話は一旦中断した。
悪魔は「ありがとさん」と器を受け取ると、長いスプーンでバニラアイスをガツガツ食べていた。
「お前は広く考えすぎなんだよ」
悪魔は頭に響いたのか、渋い顔をして言った。
「自分が何かを成し遂げようとする時に、いちいち世間体を気にしてたら世界は変わんねぇぞ」
「でも、ゲームだぞ?」
「今までないゲームじゃないか。ブロック崩しなんて比べ物にならないくらい面白いゲームが出来たじゃないか」
悪魔はいつの間にかアイスの部分を完食していて、ソーダをストローで一気に吸い上げていった。
そして、空になるまで飲み干した。
「断言しよう。これから先はRPGの時代が来る」
「あーる、ぴー、じー?」
私は悪魔が言っている事が分からず、首を傾げていた。
「ロールプレイングゲームの事だよ。ゲームを遊ぶ人間が主人公と同じ立場になって試練を乗り越えたりする事だ」
うーん、分かったような分からないような。
「おいおい、発表会の前ではそんな顔をするなよ。開発者なんだから堂々としていないと」
悪魔に励まされてしまった。
「あぁ、分かっているよ」
私はお勘定を持ってレジに向かった。
細かいのがなかったので紙幣で代金を払っていると、いつの間にか悪魔が背後にいた。
「約束通り、10年後にお前の魂を取りに行くからな」
その言葉にゾッとして振り返ったが、もう彼の姿はどこにもいなかった。
唖然としていると、ウェイターに「あの……お釣りはいらないんですか?」と不思議そうな顔をして聞いてきたので、私は気持ちを切り替えて受け取った。
舞台袖から取材席の方を見ると、全員タバコをふかしながら待っていた。
明らかに舐められているのは明白だった。
それもそうか。
世間体では、私が働いている会社は倒産寸前なのだから。
しかし、社長から起死回生のゲームを作れと命じられた時は驚いた。
アイデアがド素人レベルの私には荷が重すぎる業務だった。
そんな時に悪魔が現れて、私の10年後に魂をいただくという契約をかわした。
そして、出来上がったのはこのゲーム……悪魔はなんて言ってたっけ。
あぁ、そうだ。
RPGだ。
でも、ウケるかなぁ。
そんな不安を感じながらも私は取材陣の前に出た。
司会者からマイクを受け取り、悪魔に言われた通り、堂々と振る舞った。
「皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。
今日はあなた方にとって忘れられない一日となるでしょう。
新たなゲーム誕生の目撃者となるからです。
その名も……『ロールプレイングゲーム』です。
このゲームは魔王にさらわれたお姫様を助けるため、プレイヤーは主人公である勇者になりきって魔物を倒したり仲間を集めて冒険を繰り広げます。
そして、最終的に魔王を倒したらゲームクリアです!
これまでのゲームはパズルやカードゲームといったものばかりでした。
ですが、これからはストーリーを楽しめるようなゲームの時代が訪れることでしょう!
このゲームを皮切りに!」
私の演説が終わると、目の色を変えた取材陣達が我先にと駆け寄って質問を浴びせてきた。
私は味わいたかった経験に酔いしれながら、記者達の質問に答えていった。
『ロールプレイングゲーム』は我が社の中でこれまで開発してきたゲームの中で最大の売り上げを出し、大手企業の一員に帰り咲いた。
私は出世を果たし、妻と子にも恵まれて何不自由ない暮らしをしていた。
それもこれも全部悪魔のおかげだ。
ありがとう。
そういえば、ゲームを遊んでいる者達の間でこんな噂が流れた。
主人公が最初に訪れる村の門の前に立っている少女に何度も話しかけると、低確率で違うメッセージが流れるらしい。
確か『助けて』だったような気がするが……まさか人形化した村人の自我が戻ったというのか?
いや、それはないか。
私はただのバグだと解釈して、部下に修正するように命じた。
アップデートしたものを無料で配布して遊ばせた所、バグは消えていた。
それから10年間。
我が社は売り上げを伸ばし続けていった。
私は社長になり、多くの部下を支える立場となった。
しかし、約束の時が訪れた。
悪魔と再会した私は魂を奪われてしまった。
これから私は地獄の業火に焼かれるのだろう。
だが、私がいなくなってもRPGが消える事はない。
私の息子が引き継いでくれる。
その息子の息子がさらに継いで……と、我が一族の血が途絶えない限り、RPGは永遠に終わる事はないだろう。
あの世界は永久に不滅だ。
完
村人ですが魔法少女でもあります! 和泉歌夜(いづみ かや) @mayonakanouta
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