5.神々の苦悩
「ニュースでやってた精神を汚染してくる女神の話ですか」
「そうだ、彼女は…彼女は深い眠りについているはずだった。
私が初めて出会ったときはこの地で配下であるモス族とともに静かに暮らしていた。
とても美しい方だった。
しかし、彼女は光、夢、そして繁栄を司る。
それが遠い人族の国の王の目に留まった。
その王は彼女の力を欲し、【女神アルトート】を支配下にしようとした。
彼女はそれを拒み、自分とその進行する配下たちだけの異空間を作り、眠りについた。
自分を封印したんだ」
「もしや今回の騒動はその国が起こしたことですか」
「いや、その国はもう何百年も前に滅んでいる、私の手によって滅んだ」
「えっ」
「その生き残りがまだいたんだ。
狂った思想の持ち主達の集まりだ。
昔その一員を捕まえたが『ファルネスト王国は我々の神を封じ込めている』などと言い出した。
奴らはあきらめてなどいなかった。
アルトートの空間に接続したのだろう、そしてその夢の世界を壊しつくした。
私自身も一度調査のために彼女のもとへ向かおうとしたがその途中でその配下たちの無残な亡骸を見て帰った」
発狂した神の影響を受けた住民はどうしようもない。
もしもこれが本当であれば、ファルネストも滅びることになる。
すでに地上では滅んだ国が続出している。
逃げるにしても夢から干渉してくる以上逃げ場などない。
人類が滅びるのは時間の問題だろう。
「これで大体は話した。
ここを封鎖するつもりでいたが…君になら譲ってもいいと考えている。
自分勝手なのはわかっているが…」
「俺、やってみますよ。
どこまでできるかわかりませんが、住み込みでもいいのでここで研究の続きをさせてください」
「責任感を持つ必要はない、私の自分勝手な行動で君を巻き込んだのが始まりだ。
…それでもやるのかい」
「あなたはやはりお人よしで優しいけれど甘すぎると思いますよ。
俺はここで働かせてください」
帝国滅亡まであと半年
それから半年以上過ぎた。
ファルネスト内でも避難して精神を安静にさせる工夫をいろいろ試してはいるようだけれど、それでも精神を汚染されて廃人のようになってしまう人が続出している。
しかもそれだけで終わらず操られたかのようにほかの住民まで攻撃し始めた。
すでに帝国の人口の半分以上が精神を乗っ取られているらしい。
あの日から、毎日が異様に静かに感じた。
ここまでアインスが心の拠り所になるとは思っていなかった。
ただの拾い物のようだったし、押し付けられたと言えるかもしれない。
それでも、大切な家族の一員になった。
ぽっかり空いた空間ができたようだった。
面白かったことが一気に面白く無くなった。
アインスとの時間が自分にどれだけ大切だったかを実感させる半年間だった。
母親に進路を心配される毎日も嫌になっていた。
何もできない決められない自分が嫌になっていた。
それがなくなっただけでも良かったと思うべきだろうか。
この半年で多くのことを学んだ。
黒い物質で作り出された彼らを【皇帝ヨログ=カルティス】は【影】と呼んだ。
彼らに光を当てても普通の物体のように影はできない。
影は他のものを模倣して形を変えることが可能。
その際分裂することも可能だが、元に戻らずに時間が経ちすぎるとそのまま分裂した部分は無へと消える。
影は精神生命体と似た分類の生物だ。
魂とは魔力の塊である。
イメージや思想に左右される魔力を扱うときには魂が消費される。
消費しすぎて死んでしまう場合もある。
研究者の中には魂の形をいじり寿命を伸ばそうとしている者や身体が老いた後でも魂だけで過ごしている精神生命体となった住民もいる。
魂は身体が死ぬと抜け出し、時間はかかるが魔力というエネルギーが亡くなれば霧散して行く。
誰のコントロールも受けていない霧散した魔力は魔素などと呼ばれたりもするが、魔素がまたどこかで集まると一つの魂が出着あがることがある。
生き物はよく魔素を集めやすいので、新しい生命が宿り次第そこに新たな魂が出来上がる。
生きてる間に魂には念がこびりつく。
魔素になって霧散する前にその魂の記憶から怨念などの念を多く含んだ魔素を集めて凝縮すると、様々な念が混じった魂が出来上がる。
これに目を付けたのがヨログ様だ。
さすがに半年程度で理解できなかったが、ヨログ様はその凝縮された念や想い、記憶を混ぜ合わせて貯めておいた。
それが闇の中でもはっきりと見えたあの黒い触手が伸びたような粘着質の物質だったのだろう。
そしてそれこそが、アインスのような影の原料だ。
影にはヨログ様の魂の欠片も入れることで暴走したりしないように支配下に置いているようだ。
ヨログ様は影を作るのにとてつもない苦労をしている。
まず夢に干渉することが可能な蜘蛛人族という種族がいたらしいが、今はどれだけ生き残っているかも定かではないらしい。
その蜘蛛人族が帝国でほぼ見られないのはそもそも蜘蛛人族が自分たちで集落を作り、狩りをし、生計を立てていたからだ。
わざわざ帝国の下につく必要もなかった蜘蛛人族は帝国の近くでそのまま過ごしていた。
それが変わったのは女神の暴走によるものだ。
元から夢や精神に干渉する魔法を得意としていたからこそ、自分たちの利点をヨログ様に教え、それを代価に少数だけが帝国に住んでいる。
蜘蛛人族はヨログ様の実験の手伝いをしていたのだ。
自ら危険であるにも関わらず夢に潜り、女神との接触を試みたり、精神体の実験のために自らの体を手放したりなど、様々な方法で犠牲になった。
一度この記述に関してたまに様子を見に来てくれるヨログ様に詳細を聞こうとしたところ、
「すまない、まだ割り切れていないんだ、それに関しては今はまだ聞かないでくれ…」
と言われた。
さすがに深入りするのは気が引けた。
さすがに半年も風呂付きトイレ付き実験塔の中に住み込み勉強してたものだから、ヨログ様が見かねて一度両親に顔を見せてきたほうがいいと言ってきた。
さすがに半年は長すぎたと思い、早速支度をする。
皇帝と情報交換しながら久しぶりに研究室から帰る途中で皇帝が急に止まった。
「どうしました、何か忘れものですか?」
「…」
「ん、あ…」
そこには濃い灰色の外装をまとった黒い人型が倒れていた。
アインスを出会った頃よりも数段小さくしたらこのくらいだろうかという大きさだ。
この子は上まで登ろうとして落ちたのだろうか。
それとも一度上に行ったことがあるのだろうか。
こちらを見る目は何を考えているのかわからない。
「この子はアインスができるより前に作った…言いたくは無いが失敗作と言ってもいい。
意識を持ってすぐに暴走して周りのものを食らい始めた。
だから制御のためにお面をつけている。
…でも育て方次第で化けるかもしれないとアインスの件で思ったがどう思う?」
「…正直データの足りない現状推測に推測を立てるしかありませんが俺も同じ意見です」
魔力の流れを見るに、アインスは確かに魂の欠片が入っていたが、この子は何もなかった。
魂がない、つまり本能のままに、システム的にエネルギーを食らうことしか考えていない。
このお面は少しづつ餌のように周りから魔素を吸ってこの子に与えている。
今は暴れていないがいつ暴れ出してもおかしくはなさそうだ。
「では此奴にも…」
「待ってください、俺に任せてはくれませんか」
「…危険だぞ?」
「わかっています。
それでも、これは試しておくべきだと思うんです。
魂の欠片をヨログ様が与えたからそれを元に形成されたのがアインスの人格。
俺はまだ自分の魂をいじれるような域に達していません。
なので無から作り出して見せます」
「…どうやって?」
「この子にはもうこの影としての体があります。
俺がするのはこの体に魂を魔素から作り出すことです。
それに、魂を分け与えたアインスはヨログ様の支配下にあるのでしょう?
ヨログ様が本当に望んでいるのは自由に生きてくれる姿ですよね。
俺、頑張りますので、お願いします!」
理由はこれだけではない。
口に出してはいないが、ヨログ様の魂は既にアインスに分け与えられたことで欠けて不安定になっている。
魂の形を変えるだけでも失敗すれば精神に影響を出したり廃人になったりする危険性があるのに、魂を切り離すというのは何度もするべきではない。
だから仲良くなれたヨログ様に死ぬかもしれない負担はかけたくなかった。
ヨログ様は俺の中で既に親戚と言ってもいいほどの中だと思っているし、無理してほしくない。
…この考えもバレているかもしれないけれど。
「…わかった、君に任せる」
「ありがとうございます」
やはりこの方は優しすぎる。
…そして甘すぎる。
良くないとは言わないが、この甘さが後に後悔を招く可能性すらあると思う。
「…もしも私の計画が失敗した場合、そいつを任せるぞ」
「え?」
「私が対処しようとしているのは暴走した神の怒りだ。
確実に解決できるのならそうしたいがそう簡単にはいかない」
昔から世の中の日々とは未知の物事を恐れる。
未知を未知でなくするために名前を付け、存在を作り、伝承や噂を流す。
それは地震だったり雷や竜巻だったり、特殊な状況で起きる自然現象のものもある。
他には神隠しや死、世界の謎の究明に行き詰まった結果超常的な存在がいると考え、その考えが広まることもある。
そこに勝手な妄想や連想される考えを繋げて一緒に広まることで新たな一面を持ったりすることもある。
そんな存在が魂を、魔力を、動く力を持った。
魔素が集まり人々の思想が絡み合い、新たな命に宿るように信じられている神の存在が定着し、【神の化身】がそこに顕現する。
彼らは元になった考え、想像、不安を操ることができ、実現する強大な力を持つ。
場合によってはその神の化身は様々なイメージから特定の部分だけを抽出した能力を持っていたり、化身同士で考えが違ったり、逆に意思疎通が完璧だったりする。
そんな神の化身が死んだところで、同じ神の化身がどれだけ存在するかも不明だ。
神を完全に消し去るには全ての化身を殺し、本体を引き摺り出して殺すか、その神の記録も記憶も信仰心も全て断つしかない。
全て断つ場合は何十年何百年とかかる可能性が高い。
そんな神を相手にするのだ、簡単にどうにかできるとは言えない。
「俺に何かできることがあったらいつでも言ってください」
「…あぁ、その時は頼む」
少し、返答の前の間に違和感を感じた。
まるでこの先頼む機会がなく、そのことを知っているような…
これから大きなことが起きる予感がした。
影の見る夢 洞門虚夜 @Kusito
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