4.影の正体

 帝国滅亡まであと一年




 アインスが家に来てから一年以上も経ち、アインスはもう家族の一員として馴染んでいた。

 アインスに出会っていなければ、どうなっていただろう。

 いろいろなことがつまらなく感じていただろう。

 やりたいことすら見つからず、できる仕事も見つからず、金もまともに稼げず、親孝行もできず、一人で死ぬことになるだろう。


 アインスが自分にとっての初めての親友と呼べる存在であり、兄弟であり、相棒だ。

 大切な存在になったアインスとの日々がこれからも続けばいいと思っていた。

 今は頼ることしかできないが、いつかは頼ってもらえる大人になりたいと初めて思った。






 そんなことを思い始めてから数か月しかたっていない朝のラジオやテレビに流れるのは地上の周辺国で伝染するように広がる精神異常者のニュース。

 その被害が地下にあるファルネストにまで広がっているということ。

 専門家によるともしもこの精神汚染が病のように感染するものであれば、この事態が始まってすぐに地上との交流をやめて鎖国したファルネストに広まることは無いのでこれは病のようなものでは無いということ。

 人から人に感染しないのであれば呪いの類や未知の現象である可能性が高いともう一人の専門家が言う。


 画面を見ていたアインスはじっとしていた。

 何も言わず、動かず、ただその知らせを聞いていた。


 その日の晩、アインス父さんと母さんに感謝を述べてから何か話していた。

 嫌な予感がして先にいつも遊んでいた広場に向かった。

 何度見たかも忘れた暗くなって街灯が光る風景。


 木の枝の上に座って待っていた。

 後ろからやって来たその足音を黙って聞いていた。


「…もうとっくにわかっていたことなんだろうけど…それでもやっぱり伝えてなくてごめん」


「謝るなよ、お前は皇帝の作り出した人工生命体、それも戦いにも生贄にも道具にもできるタイプだ」


「そこまでわかってたのか、本当にすごいと思うよ」


「あの日、似たようなお面つけた人間にアインスを何の説明も無しに頼まれたんだ、疑わない方がおかしい」


「でもよく軍事利用だけじゃ無いってわかったね」


「…じゃなきゃわざわざ俺に任せないよ…

 説明できないのは秘密事項だから、わざわざ人の心宿すまで育てようと思ったのは優しさと甘さ、そして俺頼んだ理由は俺があの鍵を開けることができたから」


「…うん、そう」


 度々確認はしていた。

 身体の構造を確認しようとして真っ黒な物質で俺自身の体を模倣していることがわかった。

 お面が骨のようだと思ったけど本当に体の一部のように外れなくなっていた。


 魔力を流して仕組みを確認したりもした。

 魔力を通しても阻害され、お面は上手く調査できなかった。


 前から連絡をとっていたのは知っていたのでその通信先はどこなのか探ろうともした。

 しかしこれは失敗に終わった。

 何度か試しに魔力の流れを辿ってみたけれど全て途中で阻まれた。

 特定の魔力以外を通さない結界が貼られていたからだ。


 ただ、魔力の流れも向きだけはわかった。

 わざとわかるように方向を教えたのかもしれない。

 ただの中継地点だったのかもしれない。

 それでも、魔力通信は王城へと向かっていた。


 他にもあり得たかもしれないけれど、あのお面をつけた人物は皇帝以外に知らないし皇帝に対する人ですら無いかもしれないという噂も案外あっているのかもしれないとこの時思った。

 歴史を見れば皇帝がどれだけ死者を出したく無いかもわかる。

 やはり甘い考えだと思った。

 それでもしっかりと仕事はしているらしく、必要になれば命を奪うことを躊躇わない。

 皇帝が必要だと感じるのは自国の民に危険が及ぶ時。


 この歴史が都合のいいように書かれていると思ったこともある。

 しかし全てと言わずとも、調べてみてもほとんどがその通りなのだろうと思わせる情報ばかりだった。


 これらの情報から考え、わざわざアインスのように人型兵器になり得る存在を作り出すような存在に思えなかった。

 だから戦闘も必要になれば可能で、その上で別の目的を持たせているのだろうと踏んだ。


「俺が調べ回っていたこともそのお父様にはバレているんだろ?」


「多分そうだよ」


「…いいのかそんなに情報くれて」


「お父様は僕のことを任せるからにはちゃんと情報を開示するつもりだったみたいだよ、その前に大部分を自主的に調べちゃったからその必要も無くなったけれど」


「そうか…こっちのこと見えてたりする?」


「そこまでは流石に僕にも教えてくれないや」


 やはりアインスはこれから非人道的なのか命の危険を伴うのか、もしかしたら帝国の未来に関係するような事態に放り込まれるのだろう。

 その詳細はわからない。

 でももう別れの時がやって来たのだろう。


「無事に帰って来れそうか?」


「うーん…無理かもしれない」


「そこは嘘でも帰ってくるって言ってくれよ…」


「…本当にそれが聞きたかったの?」


「…いや、そんな嘘は聞きたく無い。

 それが本当になればいいと思ってる」


「…ごめんね」


「いや、こういう時はな、行って来ますって言うんだ」


「…そうだね、行ってきます」


「行ってこい兄弟、そして頑張れ」


「うん」


 少し歩き出してからアインスは振り返り、こう言った。


「あっそうだ、もしも僕の兄弟にも出会うことがあれば仲良くしてあげてくれる?

 特に僕が見捨てる形になっちゃった子がいるんだけどその子を特に」


「えっちょっ、おい最後に何てこと言い残して…ったく…」


 アインスはそれだけ言って翼を広げて飛び去ってしまった。

 最後に見せた表情はお面の下で見えないはずなのに、無邪気に子供のように笑っているように見えた。






 次の日の夜、抜け出してアインスと初めて出会った隠し扉の先の空間へ向かった。

 ふと何を思ったのか、自然と脚がとある場所へ向かった。

 あの複雑な魔力鍵のついた結界の先にまた足を運んだ。


「…懐かしいな、この暗さも何だか今だと落ち着く…そうだ、もしもの時の避難場所にもちょうどいいかもし…ん?」


 今通ってきた隠し扉から足音がした。

 振り向いて誰なのか確認する。


「…ここってもしかしてあまり来ない方が良い場所だったりしますか?」


「…いや、いい。

 君には感謝している。

 私のわがままに付き合ってくれた。

 奴…アインスに名前を与え、育て、そして純粋な心を持たせてくれた。

 …だからそこまで緊張しないでもらいたい。

 言葉使いもそのままでいい」


「ありがとうございます、悩んでるの顔に出てましたかね…」


「あぁ」


「ハハ…今更かもしれませんが護衛も無しにいいんですかこんなところに来て…」


「…あぁ、護衛は外で待っている」


 通路の外を見るとこちらに会釈をする誰かがいた。

 急いでこちらも会釈で返した。


「私はここを壊していくつもりだったが、君になら譲ってもいいと思っている」


「いいんですか?

 なぜこんなに信頼してくれているんですか?」


「アインスを通して君のことを観察していたからだ、勝手ですまないとは思っている」


「やはりそうでしたか…」


「君には知る権利がある。

 アインスを育ててくれた。

 ただし、君を失望させるかもしれない。

 それでもいいなら、奥にある私の研究室へ案内しよう」


 少しの静寂の後、


「…行きます。

 俺に権利があるって言ってくれましたけど、俺はあいつのことを知るのは義務だと思います、兄弟として」


 …気のせいかもしれないけれど、仮面の奥で優しく笑った気がした。


 真っ暗で何も見えない暗闇しかない。

 魔鉱山から採れた魔結晶という物質を加工することで作れる魔力を貯めておくことで長時間光源として使用可能になる魔力電灯と呼ばれる小道具があるが、それでいくら照らそうとしてもまるで光が吸収されるみたいに何も見えなくなる。


「…ついてくればいい、ちゃんと案内する」


「わ、わかりました」


 どれだけ移動したのだろうか、なぜこのような危険な地形になっているのだろうか、明らかに人工的に作られた通り道でそのうえ何重にもトラップや小道具、結界などを張っているのはなぜか、疑問が増えていく。

 どれだけ察知してもどこにいるかもわからない何者かの視線を何十も感じた。

 これを皇帝に聞いても皇帝は答えてはくれなかった。


 特に不気味に思ったのは移動中に謎の物質。

 魔力電灯で照らしている一寸先しか見えていないはずなのに、は闇の中でもくっきりと見えた。

 闇より暗く、全てを飲み込んでしまうと思えてしまうほどの黒一色。

 それが途中で見えてしまった。


「人間の身でを直視しすぎるのはあまり推奨しない」


「え、ええ…鳥肌が収まりません…」


 世界には知らないほうがいいものもあるとどこかの怪異や伝承が綴られた本で読んだが、こういうことだったのかもしれない。

 そのまま皇帝の後ろをついていき、たどり着いたのは塔のような建物だった。

 銀色の小さな鍵で扉を開くと、そこには数多の実験と調査の跡があった。


 中でも目を引くのは大量の模型と生物実験の跡とその研究結果やその資料。

 何度も失敗したであろう人体実験の跡が転がっていた。


「途中で感じ取った視線は実験から生まれた失敗作たちだ。

 …アインスはたった一人の成功例だ。

 そして彼らは意識を持っている。

 …殺せなかった。

 私は弱い、王の器ではないと今でも思っている。

 それでも国民の犠牲は一人も増やしたくはない。

 …種族間の寿命の差も無くしたかった。

 自分が甘すぎるのはわかっているが、それでも皇帝として…

 いや、皇帝でなかろうとも私は皆に平穏な暮らしを与えたかった」


「…もしかして」


「今回アインスたちを作らねばならなくなったのは狂ってしまった神を封印するためだ」

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