3.嵐の前の静けさ
帝国滅亡まであと二年
家に帰ると、誰もいなかった。
両親は共働きしていたのでいつも通りだ。
ここ最近は友人というよりも兄弟みたいに過ごしている。
「帰ってきたら一緒にまた勝負しよう、どっちが先に地上にたどり着けるか競走な!」
まるで子供に戻ったかのように笑顔を取り戻したのもすべてアインスが隣にいてくれるからだ。
どこへでもついてきてくれるし物分かりもよくて知識と技術も吸収している。
数年前までの自分ならば認められなかっただろう、目の前にいる全てにおいて自分に勝っているような存在を。
初めてアインスを家に連れ帰ってから数ヶ月、アインスは完璧に今の環境に馴染んでいた。
頼まずとも掃除や手伝いをしてくれるし、頼めば他にも色々してくれる。
買い出しもできるし、初めは異物として観察していた近隣住民とも俺以上に打ち解けている。
また追い越されてしまった。
思いの外簡単にアインスを受け入れてくれた母さんには感謝している。
今では頼れる兄弟になってくれている。
「だぁ、これでもダメか…」
「惜しかったよ」
「うるっせ、勝者の余裕見せやがって」
「でも地上での速度もルート取りも負けてた」
「あー俺もお前みたいに翼生やしてみたいよ」
競争や模擬戦と称した魔力ありのチャンバラの最中にアインスは色々と思い出したかのように新たな魔法を使ったり新たな形を取る。
まるで鳥のような半透明の翼は滑空するのにも、魔力を通して所謂空中ジャンプみたいなことも可能だ。
何度もこの翼で障害物を簡単に跳び越えていく。
「後もうちょっとで完璧に模倣できると思うんだけど」
「本当に翼を模倣して飛べるようになったら確実に勝てないな…何か考えなきゃ…」
「…」
いつからだろう、アインスからこちらをよく観察するような目線を感じるようになったのは。
いや、出会った時からずっと観察されてそこから得た情報をもとに身体を変形させたりして徐々に人間味が増していったのは確かだ。
しかしたまに雰囲気が違うように感じることが少しずつ増えて来た。
気のせいだと思っていた。
もっと早くに相談でもすればよかったかもしれない。
人工太陽と呼ばれる途轍もなく大きな光源がそれぞれの階層の区域に配備されている。
地上に合わせて動くように設定された人工太陽は野菜を育てたり日光浴を少しはできるように調整されているものの、ほとんどの住民にとってはただの大きな光源だ。
そんな人工太陽も消えて暗い中、一人の人影が毎日のように昼間に通っている広場に佇んでいる。
「はい、わかっていますよお父様」
「…そうですね、彼らには感謝しています」
「…はい、悔いのないようにします」
「…それでは、おやすみなさい」
「…えっ…」
しばしの沈黙が場を支配した。
独り言を呟く【兄弟】に対してそれを隠れて見ていた大人になりきれない少年は黙って聞いていた。
アインスは少し上空を眺め、珍しくフフッと笑った。
「えぇ、俺もここの皆さんが好きになりましたから」
「…お父様、我々は道具です。
切り札です。
情なんて湧いてはいけないものです」
「…えぇ彼らのおかげです」
「…おやすみなさい、お父様」
いつも模擬戦を行っているこの生い茂った山のなかにある広場からはアインス達が過ごす街全体が見える。
暗闇の中、アインスは街を見下ろしながら呟く。
「しっかりと寝てるのを確認してたはずなんだけどな、バレちゃった」
「起きてる時と寝てる時って色々呼吸とか魔力の流れとかも変わるよな。
俺もここまで寝てるふりが上手くなったのは両親を騙すためだったし騙されてくれなきゃ困るんでね」
「凄いね、何度でも驚かされるよ」
「よく言うよ、しっかりと隠密してたはずなのにすぐに気がつきやがって」
「さっき魔力の波を利用してお父様と会話してたのを盗み聞きしてたことにもびっくりしたけど、聞いた内容に心動かされたでしょ?
隠密してたのに魔力の流れが一瞬乱れたよ」
「あーその時か…」
アインスがみんなが好きになったと言った時に少し、言葉で表せないような気分になった。
なんだか良かったと安堵するような、安心したような、頑張っていろいろ教えてよかったなって報われたような…
その気の緩みで隠れていたのがばれたらしい。
「それで、そのお父様はなにか言ってた?」
アインスは会話を滑らかにできるようになってから定期的にこの【お父様】に魔力通信を使って連絡をとっていた。
一度誰なのか聞いてみたら、
「初めて会った時に一緒にいたのがお父様だよ」
と答えた。
アインスもそのお父様も一体どういう身体をしているのだろう。
お面は骨のようにも見えるし体の内臓とかも気になる。
そもそも食べなくても生きているならどこからエネルギーを得ているのかが特に気になる。
アインスに至ってはもしもお面の下に音を発してしゃべるための口があるのならば外れることのないお面が邪魔で元から食べれるようにはできていなさそうだ。
もっと気になるのは最初に出会った時はもっと細くて小さくて背もまだ俺より低かったのに、徐々に自分と同じくらいになったかと思ったらまるでそれをもっとスラっとさせたような体型になっていることだ。
それと同じように初めは覚束ない足取りだったのに対して今では俺と同じ動きはもちろん、それをもとに魔力と独自の能力を活かした動きもするようになった。
「ここまで育てて優しくしてくれたことに感謝してるよ、本当に」
「やめろ、どう返答すれば良いかわかんないからやめろ」
この時のアインスは表情こそお面しか見えないが、優しい笑みを浮かべてるように思えた。
同時に、少し寂しそうに感じたのは気のせいだと、この時は思った。
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