2.友人になった白面

 一人、冒険と称して地下帝国を散策するのが趣味の少年がいた。

 公園や広場を転々とし、見つけた人に声をかけて一緒に遊ぶ子供だった。


「一緒に鬼ごっこしよ!」


「いいよ!」


 彼にとって相手が誰だろうが遊び相手になってくれればそれ以外は関係なかった。

 小さい頃は父親はほとんど帰って来ず、母親は遊び相手にもなってくれたとても大切な存在だった。

 そんな彼は学校に行く年齢になっても変わらず駆け回り、いろんな人たちと遊んでいた。


 しかし、彼は同い年の皆が学業に勤しんだり年齢が上がるにつれて遊ばなくなってしまった。

 年下と遊んでも楽しくなく、年上にも同年代にも相手にされなくなった少年は一人で魔力パズルを解いたり地下帝国を探検してまわるようになった。


 ここは【地下帝国ファルネスト】、魔法技術の発展した国だ。

 元々周囲の国々を合併する前は工業や電子機器などの科学技術が盛んだったファルネストだったが、他国に攻め込まれて敗戦国となっていた。

 地下に隠れ潜んでいたファルネスト国民を導いて新たに【魔導国家まどうこっかファルネスト】となった。

 その後他国も巻き込んだ大戦争もあったと言うが、その記録はほとんど残っていないと歴史の授業で学んだ。

 最終的にファルネストを中心に帝国となり、周囲を囲むように合併しなかった大きな国と僅かな小国が残った。


 彼が住んでいたのは地上に一番近い地下一階の住宅街だった。

 つまり、地下帝国の中でもいつも騒がしい都心から少し遠くなる。

 母親に小さいころから複数言語も数学も遊びの一部に取り入れ教えられていた少年は十一歳くらいについに周りに置いてかれていることに気が付いた。

 勉強せずとも高得点を取っていた低学年のころとは違い、もう母親に教えてもらうこともなくなったのですぐに周りに置いてかれてしまった。

 給料の良い魔工学エンジニアになろうとしても勉学についていけなくなった。


 十五歳まで受けていた剣術訓練や精神統一を主軸にした武術に発展した有料の道場に通うこともやめた。

 それでもやはり続けたかったのか、たまに空き時間ができた時に基本の型だけをこなしていた。






 そんな彼が生まれてから十七年、仕事も早く決めなければいけないというのに彼は現実逃避して街の散策や地上の様子を観察したりと逃げてばかりであった。

 心から好きになれたこと以外には記憶力も意欲も集中力も極端に下がってしまう。

 親不孝だと自分でも思いながら、しかし不出来な自分を認められずにいた。


 子供のころにたくさん遊んでいたせいか、「楽しむ」という感情を感じられずにいる現状を嘆いた。

 成長することが責任を持つことに直結するのも嫌になり、こんなことなら子供のころに遊びをあんなに知るべきじゃなかったとまで思っている。

 将来に不安と焦りを感じていた彼は親に孫の顔を見せることや仕事について親孝行することができれば親孝行だけはしたいと思っていても実行に移せずにいた。






 十八歳になってから半年経った頃、やけに周りが騒がしくなっていた。

 流行り病だとか神の怒りに触れたとか様々な話が飛び交っていた。

 もっと周りに気を配っていれば、もっと早くから広まっていたこの噂やニュースを知ることができたかもしれない。

 

 その日は現実逃避のように屋根に上ったり崖を超えたりといつもよりも遠くを目指していた。

 自分だけの特別な場所を求めてたどり着いたのは人気のない、暗い通路だった。

 ここは宮殿に近い金持ち達が住む区域にあった細道の一つに見つけた魔力の痕跡が残っている岩壁だった。

 しかもここに来るまでに配置のおかしな塀を超え、人気もなければ街灯の配置されていない暗がりまでくる必要があった。

 死ぬ勇気なんてなく、できることなら存在ごと消えたかった彼は少しだけ戸惑ってから手を岩壁に当てて魔力を流してみた。

 すると、壁に流れた魔力に違和感を感じた。

 何かに阻まれている、というよりは複雑な機構に当たったことで普通ではない反応を示した。

 それこそ、パズルみたいに。


 楽しくなった彼は連日訪れては魔力を流し込み、違和感を探っては調整していた。

 今までにない難易度のパズルを解いたのは始めてから数週間後だった。

 この時ほど魔力の操り方と応用をパズルなどで学んだことに感謝した日はなかった。

 どのような仕組みになっているのかワクワクしながら岩壁を眺めていたら、複雑な動きをしながら扉のように開いた。

 開いた側面を眺めてみると、パズルの正体が魔結晶で作られた鍵穴だということが分かった。


 未知を求めて歩みを進めると、そこにあったのは深い深い大きな穴が口を開けていた。

 光も届かない深穴を覗き込むと、ギリギリ見える位置に不自然に宙に浮いている足場があるのが見えた。


 …ここにこんな仕掛け扉を置いた人は一体どうやってここから先を進んだのか、そしてどうやって戻ってくるのかが気になった。

 そしてそれ以上に自分の手で、脚でこの深穴を進んでみたくなった。


「ほっ、よっ、おっと…うーん、流石にここから先は見えないな…危険すぎるかな…何があるんだろう…」


 順番に降りようとしてみたが、5段ほど降りた所で断念した。

振り返って来た道に戻ろうとした時に新たな違和感を感じた。


「…やばい、誰か来てる…鍵開けたのがバレたかな…」


 音がした、しかも今いる場所から下から。

 あの暗闇の中を確実に登って来ている。


 脚に魔力を集中して脚力を上げて、全身にも巡らせることで全体的に強化を行う。

 そうしないとただ脚だけが急に強化されてバランスを崩して躓いたり脚の動きに体の他の部位がついていけなくなってしまう。


 急いで飛び上がって退避しようとしたところで、足を掴まれた。


「うわ、うわぁあっ」


 情けない声を上げながら数段下まで一緒に落ちる。

 すぐに起き上がって振り向くと、そこには真っ白い顔があった。

 …いや、お面だった。

 目のある場所はどこまでも深い穴に見えた。


「あっ…すいません、不法侵入しました…刑は受けますのでどうか…ん?」


 頭上の入り口からの光しかなかったため、影に覆い被さられたことにすぐに気がついた。

 上の方に顔を向けると、そこには似たような白いお面を被った何者かがいた。




 …これは本当にお面だろうか?




 冷や汗をかきながらどうしようか悩んでいると、


「…良い、そいつを頼んだ」


「へっ?」


 そう言って去ってしまった。

 記憶が正しければあの人、いやあのお方はこの国の王のはず…

 まだ一国の大きさと人口しかなかった頃から周辺国をまとめ上げて今では巨大地下帝国にまでしたファルネストを治める皇帝その人だ。


 地下帝国ファルネストの皇帝ヨログはいつもお面をつけている。

 世代交代のタイミングを他国に知られないためだとか王冠の代わりだとかいう人もいれば、実は人間ですらなく神様や悪魔の類のものだから顔を隠しているなどという人もいる。


 そんなことをふと考えていたが、今重要なのは先ほどの頼むという予想外の言葉だ。

 もう一度隣にいる白いお面の…彼なのか彼女なのかもわからない人型生物を見る。


 なぜ人間だと断言できなくなったかはその外見からでもわかると思う。

 その手は、というよりも多分その身体は肌色どころか肌すら見当たらず、純粋なる黒色だった。

 暗かったから気が付かなかったが、よく見てみるとどういう理屈なのか自分の影しか見当たらない。


「えっと…君はなんて呼べばいいかな?」


「えぃ?」


「…どうしよ」


「のうしょ」


「もしかしてしゃべれない?」


「ぅえ?」


 言語を学んでいなさそうだ。

 契約も何も結んでいないので頼みを聞く理由なんて一切ない。

 そもそも何かを育てる経験すらしていない。


「とにかく帰って…こいつどうすればいいんだ?」


「どうしれびいだ?」


「母さんに聞くか…」


 そのままこの暗闇に放置するのも気が引けて、連れて帰ることにした。

 ある程度躓いたりして危なっかしいところもあるけれど、なんとか後ろをついて来てくれた。

 ジェスチャーも交えて道路に出ない事や他人の敷地に勝手に入らないことを伝えてみたところ、簡単に理解してくれた。


「あれは?」


「くるま」


「これは?」


「しんごう」


 記憶力がありえないほど早い。

 羨ましい。

 物分かりが良すぎて買い物の仕方も教えてみた。

 勝手に他人のものを取ることが盗みという犯罪だと理解していた。

 

 周りからの視線は物珍しいものでも観察するように、怪しい者を監視するかのようにこちらに向けられるがそれは一人の時も同じだから気にならなかった。


「そうだアインス、ここを通ろう」


 名前が無いと会話も不便だ。

 とりあえず性別もわからないので【アインス】と呼ぶことにした。

 呼びかけると反応してくれるようにもなった。


 そこは帰り道の分岐点で近道にはなるけれど荷物を運べないちょっとした崖になっている。

 上の方から滑って落ちても当たりどころが悪くなければ生きてられるだろうと思う。

 魔法が使える人がいたらここを飛び越すことができる移動方法があれば簡単に越えられそうだ。


 落下防止用のフェンスを越えれば歩道に出て、目の前には古びたガードレールがある。

 いつも通り楽に越えたが、アインスに手を貸そうと後ろを見てハッとした。

 初めて会った数時間前ですらフラフラとした足取りだった。

 それでもスムーズに歩けるようになっていたから油断していたのかもしれない。

 上まで登ったは良いがアインスは体の動かし方がまだ完璧にはわかっていないようなおぼつかなさで重心が後ろに傾いていた。


「あっ」


 一秒と少し後には鈍い音を立ててアインスは地面に落ちていた。

 とりあえずもう一度フェンスを越えて飛び降りてみた。


「大丈夫?」


 アインスの身体を気を付けながら確認してみたら、痛がる様子が一切なかった。

 肌なのかもわからない黒一色は傷の有無も見分け辛かったが、何度見ても痣もたんこぶも傷もなかった。

 学校行くような都市より前から傷の絶えない身からしたらこれもまた羨ましい。


「配慮足りなかったね…ごめんね、回り道しよう?」


「…」


「…え、もう一回やるの?」


 その瞳は見えずとも、まっすぐとフェンスを見ているのが分かった。

 …案外負けず嫌いなのかもしれない。

 …少し親近感が湧いてきた。

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