1.ファルネスト、滅びた神域

 荒野の中にポツンといろんな種族が住む帝国が存在しました。

 その帝国は皇帝は神様のようだと噂されていて、神の国と呼ばれていました。

 皇帝は皆に優しく、誰にも死んでほしくありませんでした。

 ですが皇帝は叡智を民に分け与えられても、寿命を操ることはできませんでした。


 そんな皇帝は昔からその地で信仰されていた女神さまに頼みました


「どうか国民たちだけでも死なないようにできませんか」


 女神さまは夢と光と永遠を司ると言い伝えられてきました。

 そんな女神さまの力があれば、民の命も救えるのではないかと思ったからです。


 しかし、女神さまは答えてくれませんでした。

 周りの皆が老いて死にゆくのを見てられなくなった皇帝は、ついに女神さまの許可なく勝手に女神さまの力を使おうとしました。

 女神さまは怒りました。

 怒った女神さまは国民の夢の中に現れて、皆の精神を乗っ取ってしまいました。

 精神を乗っ取られた国民たちはまるで動く屍のように乗っ取られていない国民を殺戮し始めました。


 帝国の破滅を回避するために皇帝は少数の権力者と一緒に対抗策を考えました。

 しかし、女神さまを相手にするということは単純に殺害するだけで終わるわけでもありません。

 なので、皇帝は女神さまを封印することにしました。

 多くの犠牲が出たものの、最終的に皇帝と皇子が自らの命と引き換えに女神を封印することに成功しました。


 それ以来夢の中で女神さまが出てくることもなくなりましたとさ。






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 古びた絵本を閉じて、建物から出る。

 少し遠くに見える王都の成れの果てを一瞥してから足を進める。

 絵本の内容を思い出しながら歩き続ける。


 もしもそうであったならば、話は単純に済んだ。

 もしもそうであったならば、素直に怨めたのに。

 もしも、ほかの未来があったのなら。


 あの日、精神を乗っ取られた国民たちが暴走し始めた頃に私は産まれた。

 不自由なく過ごし、育ててくれた叔母様と【封印の守り手】になった母様を誇りに思っていた。

 私は知らなかった、【封印の守り手】というのがどういう役割を持つのか。

 私は知らなかった、母様が寝たきりになった理由も。


 そんなことを考えても仕方がない。

 他人に言われずともわかってはいる。

 それでも真実を知ってしまったのだ。

 あの日、国が滅んだあの日から何年経ったのかもう忘れてしまった。

 しかし、この体は老いない。


 理由は単純で、私が皇帝の娘だからだろう。

 父様はやはり、神格だったのだ。






 人気のない森を歩いている。

 光る苔や花や虫、月光に照らされた森を高い崖の上から見下ろす。

 昔から存在する街灯は割れていつからか光る虫たちの住処になっている。

 昔から好きな光景だ。


 ここはもう何度も通ったことのある場所で、生息する動物も植物も魔物も大体知っている。

 誰かに頼まれたわけでも無く、自分から始めたことをここ数十年は続けてきた。

 住人ももういないが、それでも自分が生まれ育った故郷であり、思い出も詰まっているこの場所を荒らされたくはなかった。


 この前も二十人弱のグループが遺跡探索に来たが、その動向を隠れて監視していた。

 結局入り口付近から数部屋しか進んでいなかったから邪魔もしなかったが、数十年前までは結構な割合で中層直前あたりまで進んでくる者たちもいた。


 私の名前はレイ、「レイ=チトォカ=ソテス」だ。

 ミドルネームは母様の一族に与えられた苗字で、ラストネームは父様の苗字だ。

 なぜ「母様の一族」の苗字なのかを誰かに説明するには帝国の歴史を話さないといけなくなる。


 帝国の中心が存在するのは地下、それもだいぶ深い位置だ。

 地上にある山とこの森は帝国の端にあたる。

 昔は地上にあったが、他国の戦争に巻き込まれたりして地下にもぐることにしたらしい。

 ここ以外の周りだとほとんどが砂漠でこの場所の真上に豊富な資源をもつ森と山があったのだ。

 そのうえ取り囲むように砂嵐が発生し続けている。

 歩き方を知らなければすぐに吹き飛ばされるし、視界もふさがれて迷いかねない。

 その中心にぽつんと存在した集落をもとに発展していったそうだ。


 今では古の帝国と言われている私の故郷である【地下帝国ファルネスト】の真上には【ファルヘイム鉱山】がある。

 この鉱山では多くの魔結晶まけっしょうと呼ばれる魔力を蓄えたり通したりできる結晶体が多く見つかった。

 魔結晶まけっしょうは形が違えば魔力の通し方も違うので、光がプリズムを通る時のように魔力の流れを折り曲げることも可能。

 この性質を利用して多くの技術が生み出された。

 それこそ魔力回路まりょくかいろを作ることで機械を動かしたり、機械仕掛けの乗り物を作ったりなどと様々な用途に使えた。

 魔結晶が欲しいがために周辺を囲むように複数の国があり、鉱山の資源を譲りあったり争いあったりもした。

 ファルネストが地下帝国になったのは他国に侵攻されないように身を隠し、他国に見つからずに魔結晶を手に入れやすくするためだった。






 地下に籠り始めてからおよそ半世紀経った頃に異変が周囲一帯で起きた。

 あちこちの国の住民が夢で女神を見たと言い出した。

 さらに数か月後には夢で神を見たと言った人たちが周りの人を襲い始めた。

 精神が汚染され、自我を食われ、操り人形になった彼らはお互いを認識できているのか、お互いを襲うことは無い。

 その数は時が経つにつれて増えていき、ついには地下の住民にも被害者が出た。


 原因はこの土地に遠い昔からいた女神様の暴走。

 女神様は光や豊穣、夢や世界を司る女神様だった。

 だからこそ、女神様が暴走するなんて誰も思わなかっただろう。

 そもそも女神様がなぜ発狂したのか、なぜ今まで大人しく見守っていた土地の住人に被害を出したのかが不明だった。


 それまでずっと現世と隔てた異空間で自身を信仰する蝶や蛾のような羽根をもつ特殊な種族の眷族、モス族と共に静かに平穏に過ごしていたはずだった。

 この事実は昔皇帝が国を作った時に神に奉仕することを止めてファルネストに住むことを決めた個体が教えてくれた。


「フッ!」


 スパンッ

 何かが切れる音がした。


 目の前に新たな魔物の死体ができあがる。

 その死体からうっすらとオーラが発するのが見える。

 幼い頃に他人に尋ねてもほとんどの人はこれが見えないと言った。

 

 この光は所謂魂だ。

 魂はエネルギーの塊。

 そして魂をエネルギーとして循環し、消費することで現実を改変し、魔法や魔術と呼ばれる事象を起こす。

 このエネルギーを消費することで魔法が発動するから、これを【魔力】と呼ぶようになったそうだ。

 これは魔法の歴史の授業に出てきた。


 魂はその命と深く繋がっているから魔力を消費、つまり魂を変換して消費し続けると精神が不安定になったり、目眩を起こしたり、最悪の場合命すら危うい状態になる。


 消費した分は時間が経てば不安定だった魂も落ち着いて元の形に戻る。

 何かを食べたり休んだり、なんらかの方法でエネルギーを吸収したり回復することで不足した分を補える。


 そしてそれはその人や存在をその存在たらしめる証のようなもの。

 霊体の魔物も存在するが、それは魂があるから動いたり自身の意思を持てるし、


 この知識はここに住んでる人たちならみんな学んでいること。

 地下帝国ファルネストは魔法科学を学ぶのに適した環境なのも原因だろう、日常に普及するのも早く、他国に比べても群を抜いて技術が進んでいた。


 独自に調査して分かったことは、女神様の配下は皆殺されていたこと、そして女神様の過ごした異空間が破壊され、今はもう存在しないこと。

 私が探索して見つけた資料すべてを読み返してもやはりどこにも原因は見つからなかった。


 もしかしたら他の神に攻め込まれたのか、だまされたのか、わからない。

 推測の域を出ないが、何者かによって夢と創世を象徴する女神様は怒り狂い、この地の住民をその標的に選んだ。






 この事態を収めるために皇帝は手掛かりの「夢」、「神」、「精神汚染」を中心に調査と実験を始めた。

 しかし知れば知るほど対処法は見つからず、徐々に被害者は増える一方だった。

 それでも残された国民を一人でも多く救うため、対抗手段を見つけるために魔力、魂、そして調査から得た神の情報から実験を始めた。


 調査の内容は私が一人になってから皇帝の実験場で見つけたものだから、情報すべてを手に入れたかどうかは不明だが、つなげ合わせるといろいろ納得できる結果になった。

 私が生まれたのはまだ被害者が少なかった頃だ。

 帝国が亡ぶなんて思いもしていなかった。

 しかしどれだけ信じがたくとも真実は変わらない。


 私が生まれた理由、それは母様の交渉によるものだった。

 母様は魔物や人を狩ることで生活する特殊な種族の長だった。

 その種族の先祖の姿は下半身が蜘蛛で上半身が人間に近い【アラクネ】と呼ばれたりしていた。

 人の血が濃くなっているのか、もしくは人と触れ合うようになって適応していったからなのか、私が生まれるころには大体の者は人型だった。


 そんな先祖様たちも、ほかの蜘蛛人を私は見た覚えがほぼない。

 理由は単純で、私が生まれる前にほぼ全員死んでしまったからだ。

 種族の人口は元から少なく、女性のほうが強いことが多かったらしい。

 その中でも族長になった母が一番強く、一番美しかったと幼いころに誰かに教えてもらったことがある。


 女神の暴走の影響を受けたのは一番遅かったらしいけれど、それでも徐々に精神を汚染された者が蜘蛛人族からも出てきた。

 この一族は魔力操作に長けており、幻惑や夢への干渉、洗脳などの精神に干渉する魔法や魔力で作られた糸や小道具を操ったりなどと器用に狩りをしていた。

 おかげで女神の精神攻撃に一番最後まで耐えることができた。

 この事実を知った皇帝は母様に調査と研究の協力を願い、それに対し母様は代わりに地位と確実なつながりを持つために子孫を残すことを願った。


 蜘蛛人族と皇帝は契約を交わした。

 もともと地下帝国と敵対していたのもあって、こんな異常事態でもない限りこの契約は結ばれることはなかっただろう。

 まず蜘蛛人族は皆『チトォカ』の苗字をもらい、


 蜘蛛人族が皇帝の実験を一族の力で手伝うことで、暴走する女神を封印する方法にたどり着いた。

 しかし、それは多くの犠牲を出す可能性があった。

 実験を進める中、夢や女神の力に触れすぎた蜘蛛人族が次々と精神を汚染されていき、数を減らしていった。

 最後に残ったのは母様と極僅かの蜘蛛人、そして精神が汚染されても抗い続け、仲間を傷つけたくないと自ら去っていった蜘蛛人達だけだ。

 今では自ら去っていった者たちも、今ではどうなっているのかわからない。


 最終的に皇帝の実験は成功したといえるところにまでたどり着いた。

 皇帝が大量の失敗作を出しながらも作り上げることに成功したのは、人型の生物だった。

 その姿はよく仮面に全身を隠すマントを羽織っているのを城の中で目撃された。

 この生物が「器」と呼ばれていた私の「兄様」だ。






 皇帝の予定としては、兄様の中に女神を封印することで被害を止めようとしていたのだ。

 だが周辺国家が女神の精神汚染によって一年以内に滅び、地下帝国だけが三年もの間どうにか持ちこたえた。

 周辺国から避難民が押し寄せ、それでも帝国が何とか持ちこたえられたのは暴れ始めた人がいればすぐに取り押さえられる皇帝の家臣達がいたからだ。

 兄さまが生み出され…いや、作られたのは二年半程経ち、もう生き残りも少なくなっていたころだ。

 資料を読み漁る中で私の頭には疑問が渦巻いた。


「なぜ、父様は兄様を生かしたのですか…なぜ、すぐに女神を封印しなかったのですか…父様は、なぜ歴史に汚名が残るような方法をとったのですか?」


 わかってはいる。

 しかし納得はしたくなかった。


 今現在遠くの国々では父様が国民と一人の息子を天秤にかけ、多くの民を犠牲に息子を選び、その果てに何も守れずに死んだことになっている。

 ここ一帯には近づいたら精神を汚染されて帰ってこれなくなると他国には伝えてあったので被害者が増えることも少ないだろう。

 しかし同時に、真実を知る者もいない。

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