リミッ歩
モズク
リミッ歩
僕の名前は鈴木太郎!どこにでもいる普通の高校生だ!
あえて特徴をあげるとしたらみんなより少しだけ不幸体質なことと、体が少しだけ丈夫なこと!どれくらい不幸かっていうと、日に一度は必ず角に小指をぶつけ、月に一度は車に轢かれるほどだ!どれくらい丈夫かというと、これまでこんな目にあってきて一度も死んでないほどだね!今日もすでにタンスの角で小指をぶつけたばっかりだよトホホ。まあいつものことだからね!今日も元気にっ、、、、、、!!!
と一人心の中で呟いていると、横から強い衝撃を受け僕はそのまま意識を失った。
ーーーーー
目を覚ますと視界には無機質な白の天井が広がっていた。
なんてことはない、月に何度もお世話になっている病院の天井だ。
もはや実家のような安心感さえある。
タイミングよく病室のドアが開き、これまた顔なじみのお医者さんと看護師さんが入ってきた。
「また君か。本当にうち(の病院)が好きだねえ。」と、先生は半ば呆れながらも微笑みお供の看護師さんに叩かれている。これもまた見慣れた漫才だ。
僕は苦笑いしながら、今回の事故の説明を二人から受ける。
お察しの通り車に轢かれたんだけど、外傷はほとんどなくて軽い脳震盪を起こしたくらいらしい。
様子見のために数時間だけ入院することになった。
あまりにも高頻度で入院するもんだから病院に僕専用の部屋を用意してもらって、今回みたいに好きな時に好きな時間だけ入院できるようになってる。
事故の保険金やら賠償金やらで入院サブスクしてるってわけ。
「プラスアルファで払ってくれれば手術と病院食のオプションもつけるけどどう?」って先生に言われたけど、僕はあんまり手術になるほどの怪我はしてきてないし、医療従事者としてどうなの?ってことでその件は丁重にお断りした。
とりあえず夕方までゴロゴロして鳥のフンを頭につけたまま歩いて家に帰った。
最初は親が病院まで飛んできてくれてたんだけど、これまた高頻度の入院と事故っても無事なことが多いからってので今は手術が必要な時以外は見舞いにも迎えにも来なくなってしまった。
保険金やらで黒字だからそれで贅沢するぐらい図太くなってしまっている。
ーーーーー
誠が病院から退院した翌朝、いつものように学校へ向かう準備をしていた。
玄関を出ると、視界にふと「あと10歩で鳥のフン」という文字が浮かび上がった。
「なんだ、これ…?」
試しに一歩進むと、表示が「あと9歩で鳥のフン」に変わる。
恐る恐るさらに一歩進むと、その表示が「あと8歩で鳥のフン」になった。訳もわからずそのまま歩いて行き、「あと0歩」になった瞬間にピチャッと音がした。
今の音、このぬるっとした感触、そして真上にある送電線にとまっているハト、この情報から察するに僕は鳥のフンをかけられたらしい。
「…まさか危険を教えてくれてるのか?」
学校に行くまでにも何度か試したところ、僕に降りかかる災難の内容とそれが降りかかる歩数を視界に映してくれているってことで確定のようだ。
この能力の検証のために、ドブにハマったり、庭の水やりやってるマダムに水をかけられたり、でかい犬に追いかけ回されたりした。
難点としては水だったり、ドブだったら、犬だったりと、表示される内容が大雑把で対処が結構難しいことだ。
ただ、この能力を使いこなすことができれば、僕は普通の生活を送れることになるんじゃないか?ってことで、僕はこの日以降このヘンテコな能力の検証を始めることにした。
ーーーーー
1ヶ月後、僕はそれなりにこの能力を使いこなしつつあった。
この1ヶ月で分かったことといえば、まず能力自体の信憑性は今のところ高いってことだ。
視界に映る内容の災難全てがその歩数歩いたところで降りかかってきている。
少なくともここ1ヶ月では外したことはない。
次に僕に起こる災難のいくつかは強制力がある、と言うことだ。
時間経過で避けられるのでは?と思って待ってみても歩数は変わらず災難の表示も消えなかったやつがあった。
そういうやつは見てから避けるか、もう甘んじて受け入れてダメージを減らす努力をするようにした。
急に風が吹いて〜とか、道が滑りやすくなってて〜とか人が関わっていない自然とか、周囲の環境系の災難がこういったケースに該当する。
タンスの角に小指ぶつける系の災難もこれだった。ぶつけるってわかっててもぶつかるのもはや呪いだろ。
ただ人が関わってる系の災難だと、その場に止まってるだけでも避けられることがある。
車に水飛沫かけられたり、曲がり角から誰かが出てきたりって感じの災難がそうだ。
ただ、それらは意思がない災難だから止まってるだけで避けられるんだけど、機嫌悪くて誰かに当たり散らかしたい人とか、話が長くてつまらない人に捕まる系の災難はもう避けられない。
災難の内容も結構大雑把だから、避けられるものが来るのか、避けられないものが来るのかはわからないし、避けられないものの場合、来る方向がわかってないと対処が難しい。
最初の頃は能力が目覚める前みたいに真正面から災難を喰らってたけど、今は神経が研ぎ澄まされてきて、結構回避できるようになってきた。
友人たちには念○力、近所のガキには身勝手の○意だってもてはやされたし、かかりつけのお医者さんには病気を疑われた。
おい、ヤブ医者。
ーーーーー
次の日、熟練度みたいなものがたまったからなのか、この能力を僕に与えた存在がいて、そいつがアプデでもしたのか知らないが、災難の内容と降りかかるまでの歩数に加えて「災難が起こる方向から警告音みたいなのが鳴る機能」が追加されていた。
災難の度合いによって音の種類とデカさが変わるみたいで、登校中に試してみたところ、鳥のフンとか小指ぶつけるとかは比較的小さく単純な音で、車に轢かれるとか近所の話の長いおばさんに捕まるとかは馬鹿でかい不愉快な音を撒き散らしていた。
便利なんだけど、度合いのでかい災難だと警告音が不快すぎてノイローゼになりそうだ。
あと、近所のおばちゃんって僕の中では自動車事故と同じくらいの災難って認識らしい。
学校で新しい能力の使用感を試してみたところ、どうやら学校内で起こる災難に限ってはかなり有効的に使えるみたいだ。
昼休み、友人たちと校庭でサッカーをしているとき、視界に「あと3歩でボール」という表示と後方からの警告音が鳴った。
急に言われても止まらないから思いっきり前に倒れ込んだら、僕がいたところに結構な勢いのボールが飛んできた。
「おい、太郎がミラクル起こしたぞ!」と友人の一人が驚いた声を上げた。
「わかってたけどね?転んだふりしてボールを避けたんだよ」って弁明すると、そのあと友人たちに囲まれて四方八方からボールを飛ばされて案の定ボコボコにされた。
僕はなんて不幸なんだ。
あとノブ○ガの○って言ったやつはあとでしばく。
別の日、校内の掃除の時間にゴミ捨てしようとしていたところ、視界に「あと5歩で黒板消し」という表示が浮かんだ。立ち止まってあたりを見渡すと、窓を開けて黒板消しをはたいている生徒が目に入った。
おそらくチョークの粉もしくは黒板消し自体が降ってくるとかなんだろうけど、これなんてまさに立ち止まるだけで避けられるイージーな災難だよ。
「おい、何してんだよ太郎」と同行していた友人から不審がられたが、僕は「まあ見てなって」と目を閉じドヤ顔で校舎にもたれかかりその時を待つ。
数秒後、なぜか僕の頭はチョークの粉で真っ白になっていた。
どうやら避けられない強制力のあるタイプの災難だったみたいで、急に突風が吹き、見事にはたき落とされた粉が全て僕の頭に被ったってわけだ。
目を開けたら「あと0歩で黒板消し」とご丁寧に僕の現状を教えてくれていた。てか目瞑ったら見えなくなるんかい。
僕の隣では一切汚れていない友人がバカみたいに笑っていた。僕はやっぱり不幸だ。
とまあこんな感じで新しい能力を使いながら、ぼくは日常の小さな不幸を避けることに成功していた。
この時までは
ーーーーー
ある朝、学校に行こうと玄関を出ようとした瞬間、
「あと一歩で”死”」
という表示がけたたましい警告音とともにいきなり視界に現れた。
今までない直接的な表現と不愉快な警告音にけおされ、後ろに下がると何事もなかったかのように表示と音が消える。
もう一度扉を開けようとすると、同じように”死”と言う文字と不愉快な警告音が流れる。
どうやら僕が外に出ること自体がダメみたいで、外に直接つながる窓や他の扉に近づいても同様の結果になった。
それならと壁をぶち破って外に出てやろうとしたところ、母親から甲高い警告音が飛んできた。
家を出てないのに死を体験するところだったよまったく。
とりあえず今日は家を出ると不味そうなので、自主休校することにした。まあ学校なんてこれまでに何度も休みand早退してるからね。今日1日家でゆっくりして、明日になればこの意味わかんない状況も変わってるに違いない。
その期待を裏切るかのように、次の日も、その次の日も警告は消えず、僕は家を出れずにいた。
最初の頃は日課として玄関からでてみようとしていたが、何度やっても変わらない状況とあまりの不快な音にいつしか心は折れ、部屋から出ることも少なくなった。
3ヶ月がたったころには、一切玄関に近づくことは無くなった。外の世界自体に恐怖を覚え始め、部屋の窓を封鎖し、完全に引きこもるようになる。
親も最初の1ヶ月は声をかけたが、息子から保険金による贅沢や、お見舞いなどに来なかったことを指摘され、声をかけることはなくなり、今では諦めてしまった。
太郎が引きこもりになってから30年が経過した。
彼は45歳になっていた。なぜ自分が引きこもっているのかははっきり思い出せないが、ぼんやりと外は危険という意識だけが彼の脳にこびりついていた。
父親は数年前に病気で亡くなり、母親も持病で長くはない状態だった。
父親の葬式の際、太郎は久しぶりに外に出ようと決意するも、玄関前まで行ったところで外に出る勇気が持てずに戻ってしまった。
父親が死んで以来言葉を一切交わしてこなかった母親が、
自分がそう長くはなく太郎を一人にしてしまうこと。
現在母親の収入と父親が残した雀の涙ほどの遺産で過ごしておりどちらももうすぐなくなってしまうこと。
引きこもり始めた時支えてやれなかったこと。
頑張って外に出るだけでもしてみてほしい。
涙をこぼしながらそう扉越しに太郎に語りかけた。
太郎は何も言葉を発せなかった。ただ扉越しにすすり泣きながら「ごめんなさい、、、、。ごめんなさい、、、、。」と言う母親の声をぼーっと聞いているだけだった。
どうすればいい。俺如きに何ができるんだ。何が正解だったんだ。30年近くまともに使ってこなかった脳みそをフル回転させる。
そうして太郎は最悪で最善の打開策を思いつく。
「そうだ、、、、外に出ればいいんだ、、、、、。」
どうして今まで忘れていたんだろう。そうだよ外に出れば全て解決するじゃないか。
今まで僕を外から遠ざけていた「外に出たら死」が、今ではこのクソッタレな生活を終わらせてくれる救世主だなんてなんとも皮肉な話だ。
ついでに母親の外に出てほしいと僕を一人にしてしまう後悔、どちらともを解決できる。
僕も救われて最後に親孝行ができるなんて完璧じゃないか。
思い立ったが吉日だ。こうなりゃこのままの勢いで外に出てやる。
僕は驚く母親の声を背中に玄関へと勢いよく向かう。
父の葬式の日以来に訪れた玄関は、引きこもる前までに見ていた玄関そのものだった。
死ぬってこんなに晴れやかな気持ちなんだな。
そう考えながらドアを勢いよく開け僕はそのまま死ん
、、、、、、、、、、でない?
なんで?え?外に出たら死ぬんじゃなかったのか?
状況が理解できないまま太郎はその場に跪く。
体に力が入らない。
70近い母親が老いや病気を感じさせないほどの勢いで外に飛び出し、太郎の背中に縋り付く。
「よかった、、、、。よかった、、、、、。」
そう呟きながら僕を必死に抱きしめる母さんの様子に、次第に僕の目からも涙がこぼれ落ちる。
生きてて良かった。
玄関を出る前に力みすぎていたのか、片方の手には握り拳が作られていた。
その手には引きこもり始めた時、父の葬式の時に僕になかった勇気が確かに握られていた。
外は雲一つなく晴れ渡っていた。
ーーーーー
役所のような場所で男がモニターを見つめていた。
「おー!!やっとでられたんだなぁ!いやぁめでたいめでたい」
男は現在の業務そっちのけで、「危険察知スキル」を付与した人間の様子を観察していた。
スキルが存在しない世界でスキルの動作やオプション機能の確認などを行い、メインで管理している世界に実装したのが30年前になる。
「ちょっと〜、先輩何遊んでるんですかあ?」
「いやあ、『危険察知スキル』あるじゃん?十分にデータも取れたから興味本位で外に出たら死ぬよう表示する仕様にしてみたけど、まさか30年も出ないとはなあ。ログ見て全然景色変わんないから今調整してるスキルを追加で増やしてみたらすんごい勢いで外に飛び出たんだよね。みてよこれ。」
「おおー、ってそれ今じゃなくていいでしょ!今はγ世界のサキュバスの調整が壊れてて男を間接的に殺しまくってるって報告あったからすぐに調整するよう課長に言われたじゃないですか!作業に戻ってくださいよ!というかさっきここ晴れにできない?って言ってきたのこれ見るためですか?!余計な仕事増やさないでくださいよ!」
部下に嗜められた男は本来の業務に戻る。
鈴木太郎に付与した「勇気スキル」を外すことを忘れて。
リミッ歩 モズク @Bigfxhk
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