ついた嘘のその先に

宮北莉奈

第1話

雪が溶け、寒さも残りつつ温かさが少しずつ舞い戻ってきたこの頃、俺は幼馴染である香織と地元の高校を卒業した。俺が生まれ育ったこの場所は都市から離れ、人口も少ないいわゆる離島である。ここには高校までしかないため、高校卒業後は親の家業を継ぐ者もいれば、島を出て進学や就職する者もいる。俺は悩みに悩んだ末祖父の頃から続く小さな食堂を手伝うことにした。


島を出ていく同級生たちに別れを告げていき、いつ香織に話しかけようか様子を窺っていると香織から声をかけてきた。


「けんちゃん。いまからいつものとこに来れない?」

「いいぞ。ちょうど俺も話したいことがあったんだ」

「じゃあ、行こっか」


『いつものとこ』そこは俺たちにとって大きな意味を成す場所。水平線がはっきりと見える海と島の境界線。お互いに報告するべきことなどがあればこの場所にお互いを呼び出す。いつからそうなったのかは覚えてないが、俺たちの中でのルールだった。ただ時折、香織は何か言いたそうな仕草を見せてはあからさまに話題を変えるなんてこともよくあった。ルールとは言えど、全部が全部お互いに言う必要はないと俺個人的にも思っている。俺も1つだけ胸のうちにしまっていることがあるから。


「高校生、終わっちゃったね」

「そうだな」

「あっという間だったなぁ。まだ実感ないや」

「俺もこの生活が終わるなんてまだ信じられねぇ」


10年以上もの時間は経っているのに、目の前に広がる風景は何一つ変わらない。変わったのは香織に対する俺の気持ちだけ。


「……私ね、4日後にはこの島を出るんだ」

「そうなのか?てっきり俺は香織も島に残るもんだと」

「昔からデザイナーになるのが夢で、この前東京の専門学校に進学が決まったの」

「そうか。おめでとう。頑張って夢叶えてこいよ」

「うん。絶対全国が、ううん、世界が認めるデザイナーになってみせる!」

「ははっ、目標高すぎだろ」

「何よ。目標は高い方がいいって言うでしょ?」

「確かにそうだな」

「あっ、そういえばけんちゃんは私に何を言おうとしてたの?」

「それは……」


香織が好き。それを言おうとずっと前から決めてたのに、言葉が喉の奥に張り付いたように出てこない。


「けんちゃん?」

「……幼馴染が香織でよかった、そう言おうと思ってさ」

「もう!改まって何?そんなこと言われたら寂しくなっちゃうじゃん、ここに残りたくなっちゃうじゃん……」

「泣くなって。離れてもメールとか電話で連絡できるだろ?寂しくなったり、辛かったことがあったりしたらいつでも連絡してこいよ。いつでも話し相手になってやる」

「本当?約束ね?」

「あぁ、約束だ。頑張ってこいよ!行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


真っ赤な夕日を背ににっこりと笑って旅立ちに胸を踊らせる様子は今までで一番美しかった。

そうだ。これでいい。香織が好きだと、いかないでほしいなんて言って目標に向かって目を輝かせて頑張ろうとしている香織を俺がこんな小さな世界に縛り付けるわけにはいかない。香織には自由に羽ばたいてほしい。きっと香織は世界が認めるデザイナーになると誰よりも信じてるから。



あの日から数年、専門学校を卒業した香織はみるみると活躍していき、全国が認めるデザイナーになり、世界まであと一歩のところまでとなっていた。今でも連絡は取り合っているが、忙しいのか連絡が来る回数はめっきりと減っていた。そんな香織から久しぶりに連絡が来た。『今度そっちに帰るから、夕方頃にいつものところに来てほしい』と。


砂浜に座り込み、海の中へと沈んでいく真っ赤に染まった陽を眺め、俺だけの世界に没頭する。砂を踏みしめる1つの足音が俺を現実世界へと引き戻した。


「お待たせ。けんちゃん、久しぶり」

「久しぶり。俺もさっき来たとこ。夢、叶ったんだな。おめでとう。今や全国で大人気のデザイナーか、すごいじゃん」

「私なんてまだまだだよ。でも、ありがとう」

「それより、急に帰ってきたと思ったらここに呼び出して、一体今日は何の報告なんだ?」

「えっと……私ね、今付き合ってる彼氏と結婚することになったんだ」

「そうか……おめでとう」

「うん。ありがとう」

「おめでたいことなのに、なんつぅ顔してんだよ。もう少し嬉しそうな顔をしたらどうだ?」

「だって……」


なぜか寂しそうに笑う香織を不思議に思い、俺は半笑いでからかうように言った。


「それにしても、香織も結婚かぁ」

「けんちゃんは?彼女いないの?」

「いねぇよ」

「じゃあ、好きな人は?」

「っ、……いない」

「その反応いるでしょ?ねぇ、誰?私が知ってる子?」


香織は俺の気も知らないでぐいぐいと詰めてくる。いっそのこと言ってしまおうか。香織を縛り付けないために決して言わないと、相手がいるなら尚更言えるわけがないと口をつぐんだはずなのに俺の口は意思とは正反対につぐんだ口を緩ませ、言葉を発した。


「……お前」

「え?」

「ガキの頃からずっとお前が好きだった」

「……」

「こんなこと言って困らせてごめんな。聞かなかったことにしてくれてかまわない。改めて結婚おめでとう。幸せになれよ」

「……よ」

「え?」

「言うのが遅いよ!どうしてずっと黙ってたわけ?私だって……私だってずっとけんちゃんのこと好きだった!」

「は?」

「でも、けんちゃんは恋愛の話はあからさまに避けてたから何かあるのかなって、恋愛なんて興味ないのかなって思って、辛かった。だからけんちゃんのこと諦めるために、彼氏作ったし、結婚もするのに、今言われたってもう戻れないじゃない!けんちゃんの馬鹿!」


手を伸ばし、逃げるように走っていく香織を呼び止めようとしたが声が出なかった。いや、正確には出さなかった。気持ちを押し殺して隠し通し、その結果香織を傷つけた。俺には引き止める資格がない。

真っ赤な夕日は海が飲み込むように海の中に沈んでいき、辺りは急速に暗くなっていった。

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ついた嘘のその先に 宮北莉奈 @rina24miyakita18

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