第3杯「ジルコン」は4人いた
「「「よーこそ、砂の国バドルへ〜〜!!」」」
破裂音と共に小さな紙片と細長い色とりどりの紐のようなものがピロピロ舞っている。
「......んえ?」
シャーナの腑抜け顔に紙片が飛び散る。危うく開いた口に入るところだった。もはやこの''儀式''を始めてからの一連の出来事は夢だったのでは無いかと錯覚するほどに混乱した。
どういうことだ……何が起こっている……!? まさかはめられたのか? いや、そんなハズは無い。ジルコンが人員を求めているらしいという情報は嘘では無かったハズだ。しかし孤高だと言われていたジルコンが人員を求めること……それ自体が異常で、疑うべきことだったのかもしれない。
自分はもしかしたら新しいバイトという名目のもと、ジルコンの暇つぶし、または新しく考えた殺戮方法の実験台として呼ばれたのかもしれなかった。
彼らは今なんて言った? 「バドルへようこそ」と言った。歓迎されている、あくまで表向きに見たらだが。彼らはジルコンの仲間かと言われればそのようにしか見えないそれとも全員操られているのかいやこの中にジルコンの仲間は実は1人だけで他2人は操られている可能性も捨てがたいいや操られているのではなく幻覚か幻覚を見せられているのかもしれないしかしこの紙吹雪の無機質な味が一体どうやったら幻覚を見せるだけで再現でき
「はははははははははははは! いい顔だなぁ〜! やっぱりこの茶番、やってよかった!」
考えを巡らす僕に巨人の笑い声のような声が降りかかる。思考が途切れる。声の主は大柄な……おじさんだ。ダンディにくるんとヒゲを生やした、体格のいい、しかし優しい目元をしたおじさん……。
シャーナは息を飲んだ。この男性は自分に塔の位置のメモをくれた方ではないか!
「ちょっとプラッカシュ! たしかに面白いけど笑いすぎじゃなーい?! 大丈夫!? さすがにそろそろ説明しないとカワイソーじゃなくて?」
若い女性が助け舟を出してくれた。この女性は''儀式''の時ニグムに液体入りのグラスを渡した人物だ。
先程はフードで見えなかったが、毛先がゆったりと巻かれている薄青の長い髪が印象的だ。プラッカシュと呼ばれたその男性は笑いすぎたのだろう、しかし上品に人差し指で涙を拭ってそうだなぁ悪かったと言った。
しかしまだ笑いは収まらないようだ。偽ターゲットもとい、ジョゼフ(とやら?)と一緒にケラケラ笑っている。
おどおどと混乱する新参者の姿を見かねたニグムが軽く肘で小突いてきた。だが彼も面白がっているのだろう、口の端が上がっている。彼がようやく状況を説明してくれるようだ。それは軽い謝罪から始まった。
「すまん。本当は俺の仕事内容のことはここで、口で説明する予定だったんだが、オーナー……プラッカシュが『サプライズしよう』と言い出して」
ということは、店に入った時すぐ傍らにいた大きなフードの人物がオーナーであり、プラッカシュだったのだろう。
(『サプライズ』じゃなくてこれはもはや『ドッキリ』だろ......)
と言いそうになった。しかし見たところ、彼らは本当にニグムの仲間で僕を歓迎しているようだった。僕は実験用のネズミではなかった。
ニグムの説明が続く。
「それにジョゼフが悪ノリして、エリゼオがっ……」
「エリーザ!!!!!!」
急な叫び声の発された方へ振り向く。あの薄青髪の女性の声だった。エリゼオ(おそらく本名なのだろう)と呼ばれたくないようだ。エリーザの猛抗議にニグムがスッと真顔になって口を噤んだ。
「すまんわかった悪かった。......この話にエリーザも加担して、無理やり俺を巻き込み、この茶番が出来上がったんだ」
エリーザは腕を組みぷいっとそっぽを向いた。
茶番が発案された経緯はさておいて、その後に続いたニグムの説明をまとめるとこうなる。
彼、いや、彼らはいわば義賊のようなものだった。義賊というものは金持ち達から宝を奪い、生きるための資金を求める者に与える。
なぜ彼を義賊のようなものと形容したのか。
それは彼らが与えるものが金品ではなく、命だったからだ。ニグムは各国の富豪から殺しの依頼を受け、それを遂行すると見せかけて仲間の力を使いターゲットの顔を変え、素性を完全に隠し、名前を変え、逃がす。
「俺たちは依頼人に奪われかけた罪のない命を、元の持ち
せっかくもらった説明を真っ向から否定したくなった。いやいや、そんなはずは無い。正直言ってめちゃくちゃだ。
この、ニグム……「殺し屋ジルコン」はこの大陸の裏社会で著名な男だ。一般の人々の間でも、この国の外では都市伝説扱いされている。与えられた全ての任務を完全に遂行し、誰の依頼でも、どんなに冷酷な依頼内容でも請け負うという……。
目立つようになったのはだいたい5年前、比較的最近ではある。がしかしその間よくもこんな秘密がちょっとも露呈していないものだ。
「おいおいおいおいおいこの新人、種明かししても1ミリも表情が緩んでねえぞ! よくわかってないんじゃねえの?」
シャーナが考え込んでいる間、ジョゼフがシャーナの顔をまじまじと見続けていた。ニグムの方を振り向き責め立てるように言う。
「ニグムッ……うお、顔怖っ……お前ここに来るまでずっとそんな怖ぇ顔だったのかよ? 新入りが可哀想だろ!」
「可哀想って……こいつが来るまでの間眠くて昼寝してたんだよ、寝起きなんだからしょうがないだろ。それにお前が無理に強行したんだろうが。あの『サプライズ』……」
「お前ってさぁ、笑うとき以外の表情筋全部死んでるんだから自覚して気をつけろよ!」
ジョゼフが芝居がかった声で食い気味に返す。ニグムは呆れて「やれやれ」みたいなポーズをとり、ジョゼフに背を向けバーのカウンターに座った。
ジョゼフ本人はふざけているとはいえここまで堂々と自分を棚にあげることができるだろうか。
ジョゼフは「俺っていい先輩だろ?」とでも言うかのように、ウィンクをしながら舌を出し親指を立てた。
「新入りに良い先輩装おうとしてんじゃないわよ! 言っとくけどジョゼフの本性は超超超超超超超超ダルくてわがままなガキんちょなんだからね!」
エリーザが後ろからジョゼフの肩にとびかかるようにしながら訂正を入れた。ジョゼフは上半身をがくんと崩しながら喚く。
「おいお前な! プラッカシュからもらった今月の給料の全額、何に使ったか俺ぁ知ってるんだぜ!!! 今からこの新入りに暴露してお前のワガママっぷりを露呈させてやる!」
エリーザが怒り甲高い声でジョゼフに言い返し、ジョゼフもエリーザを自身の身体からどけようと腕をわたわたとさせている。
二人は丁度肩を組むような姿勢のまま言い争いを続けた。
「エリーザ、ジョゼフ……あーまたか。ああなるとすぐには終わらないんだよなぁ~……さ! シャーナ、こっちに来な、早くニグム《うちのボス》に慣れてもらわないと」
「プラッカシュ……俺は別にこいつに早く慣れてもらいたいなんて思ってない」
ニグムは顔を少ししかめながら言った。彼はカウンターの椅子に胡坐をかいて座っている。
「ニグムがどう思ってるかは関係ないね。俺はそっちの方が絶対に良いと思ってるから言ってるんだ」
プラッカシュはグラスを磨きながら言った。彼の言葉の端々には思いやりを感じる。まるで父親のようだ。
「あーあーわかったよ……シャーナ、座れ。何か質問があれば聞く。それにプラッカシュが、歓迎の一杯を出したくて仕方ないらしい」
ニグムはこちらを振り向かずにゆったりとした動作で隣の椅子を指差した。プラッカシュがうれしそうに声を張り上げる。
「とっておきのを出すぞぉ!」
「あ……りがとうございます」
二人に向けてお礼を言いながらニグムの指した椅子に座る。バーによくある背もたれが無くて、ぐるぐる回るタイプの椅子だ。
ニグムはまだ中身が残ったショットグラスの淵に指をかけてカタカタ揺らしている。その中身は見覚えのあるあの黄金の液体だった。
「え! それって僕たちも飲めるものなのか……ですか?!」
プラッカシュが「ボス」と彼を呼んだからか、ニグムに塔の上で会う前の緊張がじわじわと戻ってきた。そのせいで口調がおかしくなった。
「は? どうした……? 敬語使うなって言っただろ、急に何だ」
「あ、いや……ごおごごごごめん、びっくりしてつい……。それ飲んだら、顔が変わっちゃうんじゃないのかなと思っ」
「おまちどおーーーーっ!!!!」
プラッカシュがダン! とシャーナのためのショットグラスをサーブした。いや、サーブというにはあまりにも勢いが良すぎる。これはスパイクだ。
プラッカシュがスパイクしたそのショットグラスの中身も、ニグムのものと同じだった。
「顔が変わったのはこいつのせいじゃない。あれはエリーザの
ニグムは顔の横で自分のショットグラスを回す。それからシャーナの顔を見ながらグッと一気に飲み干した。しばらく黒フードの中の彼の顔が変わったりしないかと見守ったが変化を確認する前に向こうが目をそらした。
「さぁ、安全は確認しただろ、美味いから、飲め」
そのとき、カウンターに顔を向けたニグムの頭にプラッカシュの手が伸び、彼のフードを後ろに払いのけた。
ニグムは全く無抵抗だった。黒のフードが肩に滑り落ち、鮮やかな赤い髪が現れた。黄色の目、やや浅黒い肌、赤い髪。これはいつでもフードを被っているのも納得がいく。彼の容貌は仕事に似合わず、絶世とまでいえるだろう。一度見ればきっと忘れられない。赤い髪にバーの照明が反射して透き通っているルビーかのように見えた。
「確認も何も、シャーナから顔が見えづらいだろ? いつまで被ってるんだ? 屋内だし暑苦しいから外しときな!」
「余計な世話だ」
プラッカシュさんがズボッとフードをニグムから引っこ抜いて、そのまま丸めてカウンターの奥へと仕舞いに行った。後ろではまだ喧嘩が続いているが、カウンターはまるで波打ち際のように思えた。
「……何も小細工はしてない、信じて飲め」
「あ、あぁ……」
ニグムは僕が飲むまで目を離さないつもりだ。星のようにキラッとした目が急かしているのがわかる。
目を瞑って、さっきニグムがしたようにグッとそれを飲み干す。
「!!! これ……美味しいな」
「……ふふ……ハハハ……! だから、さっきからそう言ってるだろ」
「いや! だってさぁ……?」
ニグムが抑えきれなかったように笑いをこぼす。今まで疑ってたのに、あまりの美味しさに驚く僕の顔がアホのように見えたのだろうか。
「だって、あんな恐ろしくも品格があって、いっそ神秘的なあの''儀式''を見た後に飲めるわけない」とか、色々言いたいことはあったが、ほとんど初めて見たニグムの笑い顔へ思考が吸い込まれていった。
「わかるぞぉシャーナ、その男前なサラサラブロンド・ヘアーとオアシスのような青い目がなくなったら女の子にアピールできなくなっちまうもんなぁ」
プラッカシュが腕を組んでうんうんと頷く。彼は本当に色んな意味で、父親のようだ。
「シャーナ、今お前が飲んだ酒が『ゴールデンアップル』だ」
ニグムはプラッカシュを無視して話し始める。
「『ターゲット』でもないお前が俺の前でこれを飲んだ、つまり……」
プラッカシュが2人のグラスにそれぞれ2杯目を注ぐ。
「シャーナ・タンヅィーフ。お前は正式に、俺達の仲間だ」
このバーにいる4人の義賊たちは、清々しいほどに個性も性格もあべこべだが、奥深いところに確かな繋がりがある。信頼だったり、絆という類のものだ。
プラッカシュもジョゼフもエリーザも、このニグムを信じてここまでやってきたのだろう。
とても眩しい。ゴールデンアップルの黄金の輝きを直に目にしているような感覚だ。僕はそこに今歓迎されている。
彼らの目的もまだわからない、手段もめちゃくちゃ、正直理屈が通ってない。でもそれでも手を伸ばし、口を付けずにはいられなかった。
それは憧れだった。僕は自由が欲しい。
ニグムの持ったグラスに、シャーナの持ったグラスが触れ、小さく音をたてた。
星々のフリーヤ 超新星背骨 @1210seborn
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