カオティック・ジェネシス
べっ紅飴
第1話
もうじきセミが鳴きだす頃だろうかと思うほどに、暑くなり始めた初夏の昼時、道端でアゲハ蝶がその羽をはためかせながら、しかし飛び上がることは叶わずに、だんだんとコンクリートの上で動かなくなっていくのを、少年はただじっと見下ろしていた。
始まりがあれば、終わりがある。少年はそれを当たり前のことだと、蝶が少しずつ死へと向かっていく様子を何ら動じることなく受け止めていた。
アゲハが少年の視線に気づくことはない。助けを求めることも。
彼、あるいは彼女は、いつも通りに羽ばたこうとしている。ただそれだけだった。
しかし、この美しき羽を持つアゲハ蝶に待ち受けるのは二度と飛ぶことはないという運命である。
そこに、決死も必死もないだろう。飛べなくなったことも理解できずに、羽を動かしているだけだ。
少年はそれを理解しながらも、無駄な足搔きを続ける蝶の姿に、自らの姿を重ねていた。
だから、少年は思ったのだろう。
死という絶対の摂理から、せめて一時の間でも逃がしてあげようと。
少年は動いているのかも怪しくなったアゲハ蝶を拾い上げると、両手でやさしく包み込んだ。
そして、深呼吸をすると、彼の両手の隙間から青白いような、優しい光が一瞬だけ漏れ出した。
少年が手を開くと、そこには元気な蝶の姿があった。
「おいき」
少年は小さな声で蝶に語らいかけると、右手のを優しく宙に浮かべた。
そして、羽を取り戻した蝶はひらひらと舞い上げって、初夏の空へと飛び立った。
カオティック・ジェネシス べっ紅飴 @nyaru_hotepu
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