合流編
1話 新たな人生
「…ん……。」
何故か目が覚めた。視界に映るのは見覚えのない茶色い天井。
いつものようにベッドから起き上がる。
寝起きだからか、まだ目がボヤボヤしていてよく見えない。頭もボーッとしている。
ちょうどそばに洗面台があった。慣れない手つきで蛇口を回す。
顔を洗ったおかげで、頭が冴えてきた。そこで、もっと前に浮かぶべき疑問に気づく。
俺の部屋に洗面台はないし、蛇口も回すタイプじゃない。それに茶色いレンガの天井の部屋もない。
一度異変に気づくと、さっきまで寝てた布団の感触や水の冷たさまでいつもと違うように思えてきた。
「ん?」
異変を確かめるため、洗顔を中断して部屋を見渡す。
何一つとして見たことがなかった。寝心地の悪そうなベッド、何をかけるかもわからないラック、薄汚れた家具がそこに並べられている。どこだここは?
一周目を通したところで、ふと洗面台の方に目線を戻す。
「…は…………?」
鏡に映る"それ"を見て驚愕した。感じていた疑問が一気に吹っ飛んで、頭が真っ白になる。
「なんっじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」
なんと、そこに映っていたのは、見知らぬ"
一旦、落ち着こう。うん。落ち着くのが一番だ。
俺は、
よし。記憶には問題ねぇよな…。
そんで?何がどうしてこうなった?確か、俺は家に帰って―――
あ。そだ。俺って、"死んだんだったな"。
ということは、ここは天国?地獄?それとも俺、幽霊になっちまったのか?
いや、霊になっているとしても、五感はあるし、透けてるわけでもないし……。
そもそも、何で幼女になってんだ?
……………………。
あ〜、やばい。色々混乱してきた。
情報を整理しよう。考えすぎて、何が起こっているのかわからなくなってきた。
俺は死んだ。んで、気が付いたら幼女になって………。
その時!俺は漫画で読んだ、ある言葉を思い出した!
そう!"転生"だ!
そっか!そうだ、転生したんだ!それなら、説明がつくな。
いやぁ、色んな漫画で転生ものは読んだが、まさか自分が体験しちまうとはなぁ…。
………なんて、受け入れられる訳ねーーーだろ!!
はぁぁぁ…。なんで……なんでこんな事に……。何でよりにもよって、女に転生してんだよ!
実は、特に女に対しては嫌〜な思い出があったりなかったり…。女に転生したことに、俺よりもショックを受ける奴なんていねぇだろうな。
そもそものところ、俺は転生したいなんて願ってすらいない。大抵、事故で死んで何かしらお願いした奴が記憶持って転生するパターンだろ?
ったく、神様も勝手なことしやがって。会ったこともねぇし、神様がやったかどうかは知らんが。
さて、ここで一発叫びたい。
「このクソッタレぇぇぇぇぇっ!!」
神様か、はたまた運命か、そんな誰に浴びせるかわからない罵声を叫んだ。
ふ〜。スッキリはしてねぇが、スッキリしたことにしよう。
見るのは絶対に嫌だが、そんなことも言ってられない。覚悟を決めて鏡に映る自分の姿を見る。
やはり、認めたくはないが、幼女だ。
透き通るように白くすべすべな肌。
血色のいいほんのりピンク色の頬。
パッチリした可愛らしい栗色の瞳。
そして、思わず触りたくなるくらいサラサラで、綺麗な桃色の髪。ツインテールはうさぎを連想させた。
…美少女、いや美幼女か。正直、めちゃくちゃ可愛い。大袈裟に言っているわけではない。
これが俺だということに、いまいち実感が持てないが…これから、面倒くさい生活になりそうなのは目に見えている。
あぁ、考えただけで嫌気が差してくる。もう俺の容姿の話は終わろう。
はっ!待て待て待て、俺は重大な事を忘れていた!確認してないではないか!男の象徴を!
いや、こんな顔してついてるとかそんなの漫画以外にほぼありえねぇとは思うが…。一応………一応な?
あたりを見回し、周りに誰もいないことを確認する。
よ〜し、大丈夫…。
そして、深呼吸をしてからズボンを脱ぐ。
「あ゙?」
思わず、声が出た。
驚くと言っても、ズボンの下に履いてるのは当然、パンツだ。ちゃんと履いてる。問題なのは、その種類だ。
何故かこいつは、男物のパンツを履いていた。
おお?おぉぉぉ!?
これは希望があるんじゃねぇか!?まさかの、男の娘!?マジかよ!
勢いのまま、パンツを下ろす。
すぐに戻した。
なかった。
なかったのだ。
俺の息子が、跡形もなく消え去っていた。
代わりと言ってはなんだが、あるものはある。何とは言わないでおこう。
嘘………だろ…………。
希望から絶望のどん底に突き落とされ、俺は膝から崩れ落ちる。
結局、女なのかよっ!!クソッ!!
つーか、なんでこんなパンツ履いてんの!?意味わかんねぇ!何してたの、こいつ!!
傍から見たら、男物パンツを履いた幼女が洗面台に突っ伏している。変態だ。誰もいなくて助かった。
俺は深呼吸をして、ゆっくりズボンを履いた。
あぁ…女なのかよ…。俺が何したってゆーんだよ…。そりゃ同僚にちょっと手、上げちゃったけどさ、それも十分反省してんだぜ、神様。
はぁ……。女っつーことは、成長するとあの嫌〜な物体が俺にも生えてくるのか?あの奇っ怪に動く、重たそーな…。
クソぅ………。死んだら死ぬには勿体ない可愛い幼女に転生するとか……。俺、ほんと最後までついてねぇのな…。
………まぁ…折角の二度目の人生だ。今度は違うかもしれない。
生きてみるのも悪くねぇ…かもな。
どうせ生きるなら、平和に暮らしてぇもんだな〜。1人でスローライフを。こんな見た目だから、平凡には生活できなそうだが…。
さぁ、気を取り直して。とりあえず、この部屋を探索するか。
ここで目覚めたってことは俺の部屋…で、いいのか?
実をいうと、目が覚める前の記憶が全くない。この幼女は一体何者で、今はどういう状況なのか見当もつかない。だから、これは情報を集めるための探索だ。
まさか、記憶喪失するタイプの転生とは…ほんとに俺ってついてねぇ…。
洗面台のそばには、くしやゴムが無造作に置かれている。シンプルな物なので持ち主の性別までは分からない。
ベッドのそばの机に黒いマントが畳んであった。
ちょうどいいな、これ羽織ってこおっと。ノースリーブ短パンはちょっと恥ずかしいんだよな…。見た目的には不自然じゃないんだろうが…。
マントを羽織り、姿見で身だしなみを整える。
うん。不思議と様になってる気がする。こんな可愛い幼女なら、何を着ても似合うんだろうなぁ。…あ、これ俺なのか。
次にクローゼットの中を見てみた。広さのわりにそれほど量は入っていない。可愛らしい服ばかりだが、この幼女が着るにしては明らかにサイズが違う。
この部屋の持ち主はこいつじゃないのか?それじゃあ、何で俺はこの部屋で目覚めた?ベッドはシングル1つだけだから、同居の可能性はないだろうし…。まさか…誘拐?いやいや、そんなわけ………。
…何にしても、ちょっと怖くなってきた。誰も来ないうちにとっとと出よう。
部屋の中をひと通り調べ終え、足早に部屋を出た。
部屋の外は左右に分かれた廊下だった。風すら感じず、何の物音も聞こえないから不気味。お化けは苦手なんだよなぁ…。
とりあえず、この建物から出たいよな。右と左どっちが出口だ?…こういう時は、「天の神様の言う通り」!
どちらにしようかな、てんのかみさまのいうとおり!
よし、左!こっちが出口だな、神様!信じてるからな!
ったく、神様の嘘つき!行き止まりだったじゃねぇか!しかもゴミ捨て場っぽかったし。
もしかして、神様怒ってる?いいもんね!もう神様なんか信じねぇし!神って呼んでやるもんね!
ということで、戻って右の道を進んでいる。
先に進む程、灯りの数が少なくなり光も弱いので、いつの間にかほとんど真っ暗で先が見えなくなっていた。
なんだか、それが神から俺に対する皮肉に思えた。
…なんだよ。お先真っ暗ってか?笑わせる。
今まで俺がどんな道を歩んできたと思ってんだよ?今更、俺にそんな脅しは効かねぇんだよ。
俺は神を嘲笑うかのように、暗闇へと歩みを進めた。
こうして、俺の、間宮陽の新たな物語が幕を開けたのだ。
俺、幼女に転生した…。 樹 @itsuki_129
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