6話 第三部隊と神狼
◇◇◆
――ミナ
夜になった頃、シルバーに風に当たってくると言い、ミナは部屋を出て噴水のある広場へと駆け出した。
ミナは噴水というものを見るのは初めてだったので、水が溢れるその不思議さにミナは目新しさに目を奪われていた。辺りが静かで、風が心地いい。こんな場所をアルトと過ごせていたらとミナは少し落ち込みながらも景色を楽しんでいた。
――ここにいると、一緒に夜空をアルト兄ちゃんと楽しんだ思い出が蘇るなぁ……
「君が、入国者ミナ・イェルマンかな?」
突如、後ろから声がした。聞いた事のない声だった。ミナは一気に寒気がして、恐る恐る後ろを振り返った。
するとそこには黒髪で髪なの長い、小綺麗な格好をした部隊長らしき男性兵と、その周りの男兵一人、女兵二人が真後ろでミナを睨んでいた。
「えっ、あっ、あ!シルバーさ……」
すぐさまシルバーに助けを求めようとすると、その兵はすぐさまその口を押さえた。
「乱暴ですまないが、上の命令だ。君は我々第三部隊が預かることになった。ついてきてもらう」
ミナは既に涙目になっていた。腕をばたつかせたり、暴れたりして抵抗を試みたが、部隊長は微動だにせずミナを部隊室へと連れていった。
◆◇◆
しばらくして、シルバーは護衛兵からミナの失踪を聞かされた。
「嘘……絶対守るって、誓ったのに!」
「どうなさいましょう……?」
「ミナの状況を把握する為に神狼に連絡を!一刻も早く!」
シルバーからはいつもの笑顔が消えていた。焦燥感と罪悪感が、シルバーを追い詰めていた。
――ああ、私は何故あの時、ミナを一人にすることを許した?何故……もしミナに何かあったら……
自責の念を抱かずにはいられなかった。護衛兵が神狼への連絡に走っている間も、彼女はずっとどこかに痕跡はないかと探し回っていた。
――あと一つない。レンガ道の上だから残る方が珍しいか…しかしどうすれば…
時間は無慈悲に過ぎていった。近くの人にも聞いて回ろうとしたが、夜遅くには人も出入りするはずもなく、シルバーは一人佇んでいた。
やがて、シルバーの護衛兵が戻ってきた。そこには小さく狼マークが刻まれた服を纏った、神狼の使者がついていた。どうやら、神狼との面談希望に許可が降りたようだ。
「シルバーさん。ついてきてください、案内いたします。」
もう夜は更けていた。
◇◇◆
――神狼本部
「こちらでございます。シルバー様。」
面談部屋は、廃墟と思わしきその建物のずっと奥に隠れてあった。その部屋は入り口のすぐ隣にあり、通路に接していた。そこには神狼の団長ナギサが手を振って迎えに来てくれていた。隣には副団長、キノル・カカリアも腕を組んで待っている。
「ふむ。つまり君はそれで今日私に助けを求めに来たわけだ。」
「は、はいナギサ様、アルト・イェルマン様から与えられた使命にも関わらず、私は……私は……」
シルバーは涙を堪えて話していた。ナギサはシルバーの肩を持つとニーッと笑顔を見せた。
「あーあーほらほら!笑顔笑顔!情け無いよ。」
ナギサは静かに立つと、すぐにシルバーの肩をポンポンと叩いた。
「シルバーちゃんの話は、アルトから聞いてるよ。頼りになる人で、でもどこかミナに似た可愛さがあるってね!」
「ナギサ!」
ナギサはキノルに注意されると少し申し訳なさそうにシルバーを眺めると、再び落ち着いた表情で座り直す。
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
シルバーはこの神狼の接待があまりにも贅沢で簡単すぎたことに疑問を抱いていた。
「うん。どんな質問かな?」
「何故、あなたは私を警戒しないのですか?私が国のスパイという可能性は考えたりしないのですか?」
ナギサはしばらくシルバーをじっと見つめるとやがて大声で笑い始めた。
「警戒していて欲しかったかい?抜かりない組織だっていうアピールにね。」
ナギサは窓の外を眺めると、その鍵を開けながら言った。
「私達神狼の情報網を舐めてもらっちゃ困るよ。あんたの到来もミナちゃんの到来も私は既に把握していたんだ。それと、その人間関係についても…ね。」
ナギサは細目で軽くシルバーを睨むと、やがて立ち上がり、紙と筆を近くに置いた。その目からは「全てが見えているよ」と言わんばかりの自信が感じられる。
「すぐに彼女を神狼に呼び止めなかったのはこっちの都合でね。」
シルバーのナギサに対する警戒はまだ解かれていなかった。もちろんナギサもその事には十分気が付いていた。
「ふむ。じゃあまずあんたに一つだけいい事教えてあげるよ、シルバーちゃん。ほら、座って。」
「いい事、ですか?」
ナギサに誘われてシルバーが腰掛ける。
「今回の件。私はミナちゃんが無事だと断言できる。だからあんたはそのことについて自分を責める必要はない。」
「何故……そう言い切れるです?」
「ヒューリタン・イェルマンという人を知ってるかい?シルバーちゃん。」
シルバーは軽く首を横に振った。全く聞いたこともなかった。ただミナについての手掛かりがないシルバーにとって、イェルマンという名自体が強くシルバーを勇気づけるものだった。
「少し、授業をしようか。」
ナギサは筆を取り出すとアルカンテネスのざっとした地図を書いた。
「この国、アルカンテネスは名も知らぬ前文明の遺跡群を拠点にして生まれた。当時の王は善人を極めた人物でやがて国の統治は安定した。彼はこの国の統治にあたって二つの信念を掲げたんだ。」
ナギサはそのままアルカンテネスの地図の下にレイデヤ国とヴァルカラ国を記入した。
「異国の地侵すべからず。またその地の旅人拒むべからず、ってね。」
ナギサが空気入れ替えの為に窓を開けると、羽が一枚部屋に入って来て、地図を書いたその紙に静かに着地した。
「それから他国の人が度々訪れ、この国は発展した。しかしある時からこの国は、滅多に人を入れない鎖国国家に変貌してしまったんだ。」
ナギサは目を細めると羽を手に取って眺めていた。
「その動きを裏で作ったのが、ウィリアム・イェルマン。ヒューリタン・イェルマンの実の祖父さ。」
シルバーはその言葉に絶句した。イェルマン家は確かに不思議な家柄だったのは間違いない。が、そこまで歴史に深く関わる家系だとは知りもしなかった。
「イェルマン家はこの国、アルカンテネスに大きな変化をもたらす。ミナちゃんだってきっと例外じゃない。だから国としてもミナちゃんは見えるところに置いておきたいだろうね。ゆえに、私の考えだと彼女は……第三部隊。つまりヒューリタン・イェルマンの部下によって保護されている、とね。」
シルバーはあまりの情報にしばらく興奮を隠さなかった。また体の奥底からの復讐の衝動にナギサはすぐ気づいた。
「ちょ、ちょっと落ち着いてシルバーちゃん。」
「落ち着いている場合ではありません…すぐにでも、すぐにでもミナちゃんを取り戻しに行かないと!」
「今は行かれるべきではない。シルバー殿。その身一つで行かれたとて何ができよう?」
面談部屋の扉の向こうにはナギサの右腕であり、神狼最強の剣士、アルヴァン・ネルソンが控えていた。
「し、しかし……」
「こういう事態は冷静に対処してこそ、成功を収めるものだ。落ち着きなされよ。それに……」
アルヴァンは手で鞘の汚れを払いながら、扉越しにシルバーを睨んだ。
「相手は国の若大将第三部隊。それに奥にはヒューリタン・イェルマンも控えていると聞いた。変に手を出せば己の命だけでなく、それこそミナ・イェルマンの命すら危険に晒すことになるだろう。ゆえに、貴公にはしばし耐えていただきたい。」
「ごめんなさい。衝動的になってしまって。」
ナギサは慌ててお茶を注ぐと、シルバーに優しく手渡した。
「まあまあ、そう思い詰めないで〜?シルバーちゃん。それからアルヴァンもそんな責め口調で言ったら可哀想だよ。ほらほらシルバーさん、お詫びのお茶だよ。どうぞ。」
「でも、そんな組織、一体どうすれば……」
ナギサは再び自信をなくしたシルバーのそばへより、優しく撫でながら注いだ茶を手渡した。
「私の予想だとね、あの組織は単純な一枚岩なんかじゃない。どこかにヒビがある匂いがするんだ。」
ナギサはそわそわしながらも落ち着きを取り戻したシルバーを見て、微笑みながら提案をした。
「ってことでシルバーちゃん!私達神狼に入らない?ミナちゃんを取り戻す為に。」
「え?!はっ、はい!」
シルバー自身も何故驚いたのか分からなかった。むしろ、ユートピアへの引っ越しの話を持ちかけられた時から既に、シルバーは元から神狼に入るつもりだったのだ。
「ったく、いつも団長は唐突に話変えるよね〜」
キノル・カカリアはそう呟くと、すぐさまナギサに捕まった。
「そうと決まれば早速案内しよう!じゃあキノちゃん!お願い出来る?」
「キノちゃんって呼び方じゃなくてキノルって呼んでくれよ。あと、せっかくならリリアンナに任せるのはどうだい?」
扉を開けたキノルという名の剣士は美しく、凛々しい様子で部屋に現れた。
「あー!アンナちゃんか〜!ありだね!呼んで来てもらえる?」
「はいよ。」
キノルはそういうと、廊下を奥へと進んでいった。
ナギサはシルバーの耳元に近づくとコソコソと話を始めた。
「あの金髪の子の可愛い子いるでしょ?キノル・カカリアっていってね、よく女性に間違われちゃうんだけど、男剣士だから間違えないであげてね!」
「え、えぇ?!」
シルバーは驚きを隠せなかった。まさか男剣士だったとは……
「ん、どうした?後ろでなんかコソコソ話をしてたのか知らないけど変なこと考えてないだろうな?」
「大丈夫、大丈夫!私もいつも頼らせてもらってるよって話!」
ナギサはそう言うとシルバーと共にリリアンナという人物を待っていた。
◇◆◇
ミナは第三部隊と共に”拠点”へと向かっていた。
「自己紹介が遅れたな。私はこの第三部隊のリーダーを務めるクロヴィス・マルネだ。」
「あたしはアリス・クレー!アリスって呼んでね?」
「俺はアクア・ジョーンズ。分からないことがあったらどんと頼ってくれ。」
「私はウラク・スバフィネ。以上だ。何か気になったらその都度聞くがいい。」
「相変わらず省エネだよねえ、ウラちゃん。」
第三部隊の構成員の内四人が自己紹介をした。どうやら、主要メンバーらしい。ミナには全員見慣れない顔で警戒していたが、その四人は気軽にミナに声をかけていた。
「先程の話の続きだが、我々が戦っている神狼というのは、言わば違法の反体制組織だ。我々の中でそれなりに話題になっているというだけあって、かなり厄介だ。」
「えっと、その……危ない人たちってことですか?」
ミナは第三部隊の人々を恐る恐る眺めながら、なんとか相槌を打っていた。
「おやおや、やっぱりとびっきり可愛いね!ミナちゃん……だったっけか?」
「おいアクア!すぐにちょっかい出そうとするなよ。」
ウラクはアクアが調子に乗ると常に耳を思いっきり引っ張って対処していた。
「痛たたたたたっ!そこまでしなくても〜。ウラクちゃんも可愛いからって痛い痛いっ」
「調子乗んなよこの馬鹿面食い野郎!」
二人の取っ組み合いは日常茶飯事なことらしい。ミナはその様子を見てクスッと笑い始めた。するとアリスは自然と話しかけるチャンスと感じたらしく、笑顔でミナに話しかけた。
「ごめんね〜?ミナちゃん。この人たちいつもこんな感じで。でもほら!まだまともな私がいるから!」
「まとも、という言葉は作戦会議で居眠りしないようになってから言ってもらいたいものだな。」
「あ、あはは。き、気をつけます〜」
クロヴィスがアリスに突っ込むとまたいつものように先導して第三部隊を率いていた。
「仲良いんですね。皆さん……」
ミナはやはりまだ少し緊張していた。ミナは緊張すると、語尾が少しずつ小さい声になる癖がある。一向に再び笑いが起き、ミナは少し恥ずかしく感じていたが、アクアが切り出した打ち解けた雰囲気のお陰でミナはすぐに第三部隊に馴染むことができた。
紅のフェンリル 革命の羨望編 水波練 @nerumizunami
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