5話 イェルマン
◇◇◇
――アルカンテネス王国親衛隊本部
「ミナ・イェルマンね……」
彼女の来訪はすぐさま親衛隊へと伝わった。イェルマンという名は、ユートピア親衛隊にとって相当馴染みのある言葉であった。
「その名前、もしやあのヒューリタン・イェルマン様の親戚なのでは?」
「そうでしょうねぇ。そもそもイェルマンって、かのレイデヤで有名なウィリアム・イェルマンの親戚でもあるってことだろう?」
ヒューリタン・イェルマンは、アルカンテネスの七柱の一人で、ユートピアにおいても大きな影響力を持っている人物。ウィリアム・イェルマンはヒューリタンの祖父であり、昔ユートピアを支えていた人物でもある。
「アルト・イェルマンというものも、昔にいましたな」
親衛隊の1人がそのことを口にすると、隣の兵はそれは言うなと静かに呟いた。アルト・イェルマンは彼らの敵、神狼の関係者であったという。
「まっ、そもそもイェルマン一族のような“特別な家系”でない限り、鎖国状態のこの国に無断で入国など出来まいな。」
親衛隊の隊長はタバコをプッと床へ捨てて踏みつけると、腕を組んで椅子へ腰掛け、しばらく机にカツカツと爪を鳴らすとすぐにフンッと言い部下を見下ろした。
「しかし本当に良かったのです?そんな危険人物の関係者を国へ入れてしまって。」
「よく考えてみろ、新人。神狼とイェルマン一族、そして我々。イェルマンは敵味方にとって表裏一体の一族。平和を維持するために彼らの活動範囲を把握することがどれほど大切なことか、分かるかね?」
「つまり、ミナ・イェルマン入国という事件が神狼との接触の機会を伺うチャンスになる、ということでしょうか?」
「いかにも。」
隊長には神狼の仕組み、核となる存在を知る必要があったのだ。
「しかしまあ、レイデヤのやつらも面倒事を持ってきたものだな。」
「神狼…最近また活動が活発になりましたよね。ヒューリタン様はたいへん有能な諸侯様であられる。それが今回の件で複雑なことにならぬといいのですが。」
「あやつは家族思いの心一つで国の忠誠を捨てる愚か者ではない。それだけは確かだ。」
親衛隊の内の一人はもう隊長が何を言わんとしたか理解したらしく既に部下を呼んでいた。
「ならば、ヒューリタン・イェルマン公直属の第三部隊に彼女の身柄を渡すのがよろしいかと。」
その団員がそう言うと、隊長は紙を握りしめ、親衛隊の一人に命を出した。――ヒューリタンイェルマン直属特別戦闘編成隊三軍、クロヴィス・マルネ一行――
「よし、ミナ・イェルマンには特戦隊三軍をつかせろ!」
「畏まりました、隊長。」
「軍隊一つついてりゃそう大きな問題にはなるまいさ。」
三軍、すなわち第三部隊はヒュース公ことヒューリタン・イェルマンの支配軍であった。親衛隊にとってヒュース公は厄介ごと対処にはうってつけの人材だと高く評価した存在だったのである。
◆◇◇
――神狼本部
「とか、考えてるんだろうね。彼らは。(親衛隊の話)」
赤髪の女性は鏡と睨めっこしてその唇にリップをつけながらそう呟く。
「君は彼らの動きを全てお見通しってわけかい?ナギサ。それと、君が彼女を僕たちの本拠地に呼ばなかったのもアレだね?“順序ってもんがある“ってやつだろう?」
「ふむ」とナギサは得意顔でそう言うと、握っていたリップの蓋を眺めながら鏡に映るキノルに微笑みかける。
「彼らにとって一番恐るべきことは、代々のイェルマン一族がもたらしてきた影響力をどう収めるか。まさにそこなんだよ。そう考えた時にヒューリタンに預けるという選択肢は一番簡単な方法にしてリスクも少ない、と考えるのが親衛隊にとっちゃ普通さ。」
「ヒューリタン・イェルマン……あいつ、あいつだけは……!」
「そうかりかりひなひのー(そうカリカリしないのー)」
「人と話す時はリップを一回止めろ!ナギサ。」
「はいはい、分かったよキノル。」
ナギサは素早くリップを塗り切り振り向くと、驚いたような顔で相手の髪を凝視した。
「え、待ってキノル!今日の髪激かわじゃん!ね、どうやってんの?教えてよ!」
「話逸らしてるし……それに」
キノルという名前の金髪の人物は拳をプルプルと震わせながら目を細めてナギサをキーッと睨む。
彼は小顔の美青年で、声が高い。初見の人にはいつも女性と間違えられているという。
「僕は男だ!何回も言わせるなこのバカ!」
「まあまあいいでしょ!幼い頃からの付き合いなんだし!それに……」
ナギサはキノルに近寄ると、二ヒヒと笑ってキノルに、
「今まで神狼に入団した人基本みんな君のこと可愛がってるよ!ねっキーノールちゃん!」
「ナーギーサ!」
キノルは恥ずかしそうに顔を赤らめると、やがて拳を挙げて威嚇する。ナギサはキノルの膨れた顔が好みなのだ。
――ふふふっ、その仕草さえも可愛らしいじゃんか。い、威力は別として……
ナギサは真っ白な歯を少し見せながらニヤニヤとすると両手を挙げ、その手でピースし、そのままパタパタと横に振った。
「一旦潰す!」
そう言うとキノルはナギサに向かってストレートなパンチを決めようとする。――ビュン……
空振りしたものの、大きな音を立てる程の威力!
「ってちょっとこれ当たったら痛いじゃ済まなさそうな気が……」
――ビュン、ビュビュビュビュ!
キノルの放ったパンチは文字通り”空気ごと押し出す”強烈なストレートの連発!
――ビュンって音出るほどってやっぱやばいな……
ナギサはそれに合わせて冷や汗をかきながらなんとかかわし続けている。
そして、その拳は最後にナギサのミリ隣に――バーン!という鈍い音を立てながら壁にぶつかる。その音は隣の部屋まで鳴り響き、やがて隣の部屋から一人やってきた。
――ア……き、気づかれた!
「今、突然妙に大きい物がぶつかる音がしたのだが?」
隣の部屋から現れたのは黒髪で高身長のクールなイケメン。ナギサの右腕とも言われる男であった。
「ア、アルヴァン!今のは、そのー違うんだ!じ、実はちょっと家具が倒れちゃってさぁ〜今戻したところなんだぁ……」
「倒れて大きな音がする家具はそんな一瞬では戻せないはずだが?」
「うぅ……そうキ、キノル!キノルが殴ってきた!」
ナギサは咄嗟にキノルに指を刺し、そう取り繕ったがアルヴァンは、大体こういう時はナギサの仕業だということを知っている。アルヴァンはフーっとため息をするとやがてゆっくりと椅子に腰掛けた。
「ナギサなぁ……」
――ゔっ……これはいつもの説教モードだ……
「まぁ……今日は私がいちいちナギサやキノルを注意している場合じゃない。そんなことより、他国からの来訪者の件、このことについてだ。」
「そもそも僕とナギサは途中までその話をしてたんだ。どっかのバカが変なことを言うから狂ったけど。」
キノルは部屋からこっそり出ようとするナギサをチラッと見ながらぼやく。
アルヴァンはひょこっと逃げようとするナギサを服ごとぴょいっととっ捕まえると、やがてそのまま話を始めた。
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