4話 失策
◇◆◇
「それではまず、入国許可を。お名前は?」
「ミナ・イェルマン。」
そう言いミナは恥ずかしそうに門番を見ると門番は扉を開けながらニッコリと微笑んだ。
「あっ、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ!ようこそ、アルカンテネスへ。あなた様をお待ちしておりましたよ。」
門番のリーダーのような人が敬礼というような固い挨拶ではなく手を振った柔らかい対応で迎えてくれた。
「ミナちゃん、でいいのかな?」
門番の女兵の一人が口を開くと、ミナは慣れていない場所知らない人との接触に慣れていなかったようで、シルバーの腕をガシッと掴むと、そのままもじもじしていた。
一方後ろでは、残りの男兵二人が裏で何かしらの紙を渡し合っていた。シルバーですらその不穏な動きに気が付かず、ミナだけがその動きに注目していた。
――何を、しているんだろう……?
女兵はそのミナの動きに気が付いたのかミナちゃん?と声をかけた。
「あ、えっと……はい。」
「そんな緊張しないで〜?ここは安全な場所だから!あ、あとミナちゃんはこれから向こうにある建物で暮らすことになる。分かった?」
「はい。」
女兵が噴水を中心に家が立ち並ぶ、優雅な街並みを指を刺した。
――門からだいぶ近い。他の国から来た人とかはやっぱ国の中心まで送るのは大変だから……かな?
「入国手続きは完了です。では仮住居を案内しますね。」
門番の女兵がそう言ってミナとシルバーを部屋へと案内した。
後ろでは門番の一人が退席して一人になっていた。ミナはこの時からこの国から、ただならぬ“何か”を感じ取っていた。
――あの子、割と観察力があるのね。しかしまだ裏のやり取りだけじゃ何をしているのかは分かっていないはず。
そんなことを考えながら女兵は部屋に入っていくシルバーとミナを一度チラッと振り返り、手を振ると、やがて何も無かったかのように門へと戻っていった。
「あ、あの……お兄ちゃん、お兄ちゃんはまだ来れないの?」
門番がいなくなった辺りで、ミナはシルバーの服をぎゅっと抱きしめて言った。その目にはまた涙が浮かんでいる。
「そんな心配しなくても、ミナちゃんのお兄ちゃんはすーっごく強いんだよ!」
――お兄ちゃん…いつも一緒だったのに……
いつになったら来てくれるの?
◇◇◆
部屋に着くとシルバーは、護衛兵三人の入国手続きまで済ませ、部屋へと向かった。
ミナは少し、窓から景色を楽しんでいた。夕日に重なる水車の水の煌めきや、低く飛ぶ鳥の群れ、レンガの家々へ向かう人々を眺めているうちに、時が自然と流れていく。
「綺麗な街並みだよね〜!あっそうだー!明日とかここら辺を散歩しない?」
「散歩…ですか。楽しそうですね。」
ミナはまだ少し緊張しているようだった。なにせいつもはシルバーと二人ではなく、アルトと一緒だったからだ。慣れない環境ではあるが、しばらくは故郷に戻れないということは、この時のミナでさえ理解していた。
散歩の先に選んだのは、近くにあった喫茶店だ。この国の制度はかなりしっかりとしたものらしい。入国したばかりでお金がないミナ達のためにも、生活に必要な最小限の支給金が配布される。
支給されたお金で二人は初めて“パン”を頬張った。ミナは久しぶりに、頬が緩むのを感じる。
「ミナちゃん、どうだい?アルカンテネスは。綺麗な国だろう?」
シルバーはミナの笑顔に安心すると、一緒に部屋まで戻っていった。
◆◇◆
――一方、レイデヤ国
レイデヤ国とヴァルカラ国の争いは再び膠着状態へと戻り、両国はつかの間の落ち着きを得ていた。
――ミナとシルバーは無事に到着しただろうか。すまない、二人とも。まだしばらくは前のように一緒にいられない。もしできることなら、手紙でも送ろう。
アルトは作戦初期位置で座り込み、服についた汚れを払っていると、
「あ、あのアルト殿!大将から来いとの指示を賜っております。」
その新人の兵士はアルトにそう告げた。その顔から察するに
――しまった!
とアルトは直感的に嫌な予感がした。
「大将に、その、妹様一行の亡命が大将の監査隊に気づかれてしまったようで……」
案の定アルトの嫌な予感は的中した。
――ミナと共に行動させたのはシルバーと護衛二人だからたった計四名で亡命させたというのに……その人数でもバレてしまったというのか!
――――……
「何用でありましょうか、大将殿。」
「何用で、だと…貴様も予想はついてるんだろ?」
大将は作戦云々よりも手駒の数にこだわる謂わば臨機応変さの欠如したリーダーだった。もしも亡命しきる前にバレてしまっていたらと考えると恐ろしい。
「作戦は成功したようでありますが……」
「成功…だと?アルト大佐、お前が有能な少佐を失って成功を語るなど、偉くなったもんだ。今までにない挑戦的な態度だな!」
アルトは大将に胸ぐらを掴まれると、そのまま何度も思いっきり殴られた。
「前線は死守したゆえ、少佐の件はお悔やみ申し上げます……」
「あの軍を率いたのは貴様だろう、アルト。ならば今一度言ってみろ。あいつはどうした!」
「彼女は……幾多の戦争の果て……突如居なくなりました。見つけ出すのは困難……かと。」
アルトは殴られて青あざができた顔を大将から背けてそう濁した。
「大将!」
――監査隊……ついに隠し切ることも叶わぬか……
「シルバー・ライナル少佐は、どうやら戦の混乱に乗じてユートピアへと亡命したようであります!」
「アルカン……お前……なんてことを!」
大将はアルカンテネスという言葉を聞き、呆然とした。レイデア国にとって、アルカンテネスは雲の上の存在だった。
文明面でも、戦力面でも、たとえヴァルカラ国の全てを牛耳ったとて、絶対に敵わぬ場所であった。アルカンテネスが侵略をしてくるような国であったら、この国はとうの昔に潰れていただろう。
大将は再びアルトを振り向くと、この上ない怒りと共にアルトを放り投げた。
「覚悟はできてるんだろうな……アルトよ。」
「…はい。どんな処分でも受けさせていただきます。」
アルトは元気なくそう返事をすると、やがて手錠をかけられ、部下に担がれた。
「ふむ……貴様ら!こやつを牢へ連れて行け!」
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