3話 亡命、そして入国。
やがて丘は最高点に近付いていた。そこには兵士が何人かついており、普段なら通れない場所になっていた。が、今日ばかりはその限りではなかった。全てアルトの部下達が指揮していたのだ。
「ミナちゃん、到着〜ッ!」
ミナが疲れ果てていると顔の見知った一人の女兵士が近づいてミナを抱きしめた。ミナにとって、彼女は昔からの知り合いだった。
彼女の名はシルバー・ライナル、アルト・イェルマンの部下で、戦果もかなりのものだった。綺麗な銀髪に鋭い目を持つ彼女は、常に戦場を正しく判断できる賢さを持っている。
さらに彼女はレイデヤ国では珍しい女兵士で、少佐の中では紅一点的存在だったらしく、兵隊の中でもかなりの人気者だったらしい。
――彼女は戦場の薄汚さを常に嫌っていたが、戦場の男勝りするその強さには誰もが彼女を戦場に咲く”赤い華”として認識している。
「ミナちゃん、この木の上から見える街が見えるかい?あそこに行くんだってね!」
そういうと、シルバーはミナの肩に優しく手を乗せ、木の上の景色を共に眺めてみる。
――少し距離があるのにこんなにも迫力があるなんて!
塀に囲まれた家々には水車が並び少し高めなレンガ造りの家が立ち並ぶ。かなり奥にはレンガと自然が融合した広場、目立って高い塔がいくつか街の真骨頂のように佇んでいた。街と中央の街との間には少し薄暗い林があり、その林を抜けた盛り上がりのような場所には王宮と思わしき立派な建物が静かに佇む。
美しいという言葉が出てくる前に、ミナはただ目の前に広がる圧倒的な文明に圧倒されていた。今までに見たことがない、世界が美しいという感覚!
「ちょ、ミナちゃん危ない危ない。そんな前でたら落っこちちゃうって。」
巨大な塀の門から王宮までを目でなぞってみる。ミナは体が思わず前屈みになっていたことに気が付かなかった。
シルバーもしばらくその美しさに目を奪われていたが、前屈みになったミナに気付くと慌てた様子でミナをぎゅっと強く抱き、斜面から少し離れた場所へと誘導した。
「おっとと危ない危ない」
「あれが、お兄ちゃんの言ってた……」
「びっくりしたでしょ、あれが、アルカンテネスだよ。理想郷の代名詞的存在なんだ。」
「アルカンテネス……理想郷」
ミナは再び思い出していた。
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「そんな国、なんで今から行かないの?」
「この国にもこの国なりのルールがあるんだよ。国を出入りするっていうのはそんな簡単な話じゃない。」
「…………」
「それに俺、アルトはこの国の大佐だ。簡単に国を離れたりできやしないさ。」
「なら、どうやっていけばいいの?」
「いつか大人になったら、俺が連れてってやるさ。」
「本当に?約束だよ!」
「ああ。約束、ね。」
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――あの恐ろしい兵士達の顔と共に思い出される兄の後ろ姿……
はるか昔に思える思い出の一部分、あの時交わした兄との約束は、いつか果たされるのだろうか。
「レイデヤ国もいつかあそこまで発展できたらいいんだけどねぇ、隣の国と揉めてる間は無理だよね。ふふっ」
シルバーさんが軍の人気者である理由は、この頃のミナでも難なく理解できた。頼もしく、愛想あふれる様はまさに、軍の華と呼ぶにふさわしいものであった。
「ミナちゃん?どうかしたの?」
しばらく思い出に浸っているうちに、ミナの感情は涙と共に堰を切って漏れ出していた。
シルバーは驚いたような表情でミナの顔を覗き込んでいる。ユートピア、という言葉を聞いてからずっとその言葉はミナの中にある多くの記憶を無造作に掘り起こしていた。
「シルバーさんは、ついてきてくれるの?」
ミナは息を落ち着かせると、シルバーを見上げてそう聞いた。
ミナにはまだ、頼れる存在が必要だった。いつも兄を頼ってきたように。
「ん!もちろんだとも。」
「ありがとう、シルバーさん。」
シルバーは綺麗な銀髪を靡かせながら、ミナに微笑みかける。
この時ミナはアルトのことを思っているのだと、シルバーは直感的に気が付いていた。
――何せ彼が彼女にとっての、この世の全てだったのだからね。でも、ミナちゃんは強い。それでもほとんど泣かず、暴れずに食らいついてアルカンテネスへと歩を進めている。
「今回は君のアルト兄が頑張ってこっそり私が同行できる作戦を立ててくれたの!それで私に同行して欲しいと、頼んだってわけ!これも、大佐クラスのお兄ちゃんがいなかったら成り立たない作戦だったんだ。」
ミナは「アルト」という語にぴくりと反応すると、ぎゅっとシルバーの腕を掴み、アルカンテネスへの道を眺めていた。その手には揺るがぬ決意とアルトを待ち続ける固い意志が握られていたように感じる。
「さて、気持ちは定まったみたいだね。行こうか!」
シルバーとミナの後ろには護衛の兵士が二人つき、その二人はユートピアに関係のある人らしかった。一人は道案内を、一人は後ろを警戒し護衛している。
シルバーはミナの手をぎゅっと握ると、不安そうなミナを優しく撫でながら草原地帯へと進んでいった。
◆◇◇
――レイデヤ、アルカンテネス間の草原地帯
広大な草原が広がり、普通に進むと気づかれてしまいそうだ。幸い丘を越えたあたりまではアルトの守備範囲らしいが、念の為シルバーは少し薄暗い林の道を選んだ。
しかしその林もそこまで大きいというわけではなく、木も疎な場所が多かったので、何もない場所は走って潜り抜けた。シルバーはミナを守りながらも、彼女を安心させるためアルカンテネスの話を持ちかける。
「あの国、ユートピアには実はある秘密組織があるんだ。アルト兄から聞いたことあるかな?そこに神狼っていう組織があるんだけど、運が良ければその組織に頼るといい。きっと助けてくれるはず!」
「神狼……確かお兄ちゃんが昔そこの関係者だったって。」
「ん!やっぱ聞いてたんだね〜!今夜会う門番さん達もそこの関係者……」
「シルバーさん!危なっ」
丁度中間地点あたりだった。
その一言でシルバーは後ろから矢が放たれたことを察した。咄嗟に盾を上げて防ぐとピューっと合図を丘へ出した。このことは想定内だったらしく、もう遠くなった丘では伏兵と敵兵が戦闘を開始していた。
「急いで向かおうね。」
シルバーはミナにそう微笑みかけると安心したようにシルバーにもたれかかってうとうとしていた。が、その瞬間、シルバーは遠くで向かい側からレイデヤ国の服装をした兵士が全速力で走り抜けていくのが見えた。
――これもアルトの作戦……?いや、違う、これは……大将直属の監視兵だ!
レイデヤ国の兵隊には監視兵といって裏切り兵や脱走兵が到底追いつけない位置にまで逃げてしまった時にその兵団を上へ報告するというシステムになっている。
――まずい……バレた…!
そしてその責任を負わされるのが、その地域地域における作戦の責任者、つまり……
――アルトさん……ごめんなさい……私のせいで……
丘を越えると開けた草原が広がっており、その先には高い塀と門があった。自信があるのか、守りも手薄気味に感じる程。
塀の高さに合わせて門も縦に長かった。
門番は事情を把握していたらしい。門はやがてギイイと地面を削るような音を立てながら、ゆっくりと開けられていく。すると目の前には、ユートピアを象徴した天からの枝を両手で受け止める女神の像が正面向きに現れた。
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