僕がクラスで馴染むために。

第4話「色づく世界に」

「えー、この台詞から読み取れる作者の心情とは…」


暑すぎず、寒すぎない気温。

時々窓から吹いてくる心地のよい風。

上から降りかかる、暖かみのある日差し。


先生の声がひどく響き渡る教室。

それはみんなが授業に集中しているから。

と、いうのは全くの見当違いで、その実態は、

先生の言葉に耳も傾けずに、

各々が自分の睡眠に熱中していたからである。


こんな寝るのに快適な環境で起きろと言われても、

それは無理な話だろう。


全員が全員眠っているのか、と言われると、

起きている人も少なからずいる。


正直、先生の声には睡眠促進効果があるのではないかと、疑っている。


僕はあまり授業中に眠るタイプ——だからと言って成績優秀だと決めつけるのはやめてほしい——ではないのだが、瞼が徐々に、重さを増していく一方だからだ。


眠気覚ましに周りを観察していると、

仲間——ただただ起きているだけの人を勝手に仲間と言っていいのかわからぬが——が一人、二人と、先生の声に負けてしまって、授業を受けてリタイアしてしまっているのだ。


僕は、惰性で板書を行う。

正直、先生の言わんとすることが、

まったくと言っていいほどわからぬ。


だから何も考えず、

信頼におけない情報を何も疑わずありがたがる、無知で愚かな烏合の衆のように馬鹿正直に、目の前のことを書く写すことしかできないのだ。


ふとした時に。


いや、僕がからっぽだと、強く自覚する時に、

僕はどうしようもない不安に襲われる。


僕が何も満たされず、何にも熱中せず、

生きる目的も楽しみもないまま、

退屈な人生をただただ送り、

ただ習慣で生きるために労働し金を稼ぎ、

挙げ句の果てに、


全てが徒労だったと感じながら、

何もかも淡白で苦しい人生だったと感じながら、天命を終える。


だとしたら、

早く死んでしまった方が苦しまないのではないか?


そんな僕の思考を奪うように、チャイムが、

冷たく鳴り響く。


みんなは、『まるで最初から起きていました』と、言わんばかりのすまし顔を演じており、

先生の号令が終わった後、すぐさまに友達と、

今日の授業の感想というか愚痴というか。

そういうものを共有する。


僕も、何も考えずに『国語の授業眠すぎだろ』とか、言えれば何かは変われたのだろうか。


その後、脳が異常なくらい食欲を主張していたため、そんな僕の願望はうやむやになって消えた。


今日も一人で食べるのか。


自分で炊いたご飯に、

自分で焼いた卵焼きに、

なんとなくのプチトマトに、

びちゃびちゃになったレタスに。

手頃な冷凍コロッケに。


妥協と習慣による最低保証の弁当を、

思った通りの味しかしないと思いながらも、

美味いと感じている僕の味覚に従って、

満足したことにしている、栄養補給を、

今日もまた。


自分の通学鞄から、

深い緑のランチクロスに包まれた弁当箱を、

しぶしぶと取り出す。


いざ、食事に取り掛かろうとすると、

また僕に関わろうとする物好き一人がやってきた。


「よう、住吉。今日も相変わらずしけてんなあ。一緒にメシ食わねえか?」


こいつ、人の気も知らずに易々と…。

ここで反論してしまうと、僕がもっと苦しむ。

向ヶ丘さんの一件から僕は学習していた。


まずは人のことを心配しろよ、とか思うかもしれないが、どうしてもこいつにはそんな思いやりが、思い浮かばない。浮かばせるつもりも毛頭ない。


いまだに背中のビンタが響いている。

一生ものの傷になったらどうするつもりか。


僕はふつふつと剛に対する恨みを募らせながら、「剛がいいなら、」と自分から立ち上がり、剛の後についていく。


僕がついていった先には、机をくっつけさせて、楽しそうに弁当を食べていた向ヶ丘さんと、沙織さんがいた。


僕は少し怖気付いた。女子との食事は、

中学以来めったになかったからだ。

若干の申し訳なさというか、気まずさというか。とてもお腹が痛くなってくる。


「お、住吉じゃん!今日もユッキーに求愛?」


「はあ。」


「ちょっとやめてよ、沙織ちゃん!住吉くんはそういうのはないから!」


僕の名誉のために沙織さんの狂言を非難してくれている向ヶ丘さん。しかし、そんな向ヶ丘さんのフォローで、心なしか心に傷がついた気がする。


「神田、この席借りるな〜?」


「どうぞどうぞ。」


剛はどうやら僕のために他所から席を借りたらしい。汚さないようにしないと。


僕は席につき、自分の弁当を食べ始める。


「体育祭、ウチたち何色かな。」 


「青色?」


「俺はピンク色がいいな。」


「うわ、キモ。喜多見さんそういうのやめた方がいいですよ。」


「…私は全然いいと思うよ!」


「ユッキーに気遣わせるとか、恥だよ。」


「おいこいつ俺のこと嫌いか?住吉は俺の味方だもんな!」


僕はピンク色のTシャツを着た剛を想像した。

金髪で、ボサボサっとした髪型。


悔しくも、顔立ちがくっきりとしていて、

生気に満ち満ちた目。そして、生意気そうな表情。


それを踏まえて考えてみると、


「うん、ちょっと生理的に無理だ。」


「おい!そこまでいわなくていいじゃねーか!」


剛は少し泣きそうな表情になっていて、

縋り付くように、僕の腕に顔を擦り付けていて、気持ち悪かった。なんか鼻息がしっとりしていた。


「あはは!よくぞいった、住吉春繁!」


「えっと、剛くん。そういうときもあるよ!」


「その言葉が俺の傷に沁みるぜ…。」


「そういえば住吉、何の競技に出るか決めてる?」


「俺のことは全無視か!」


「うーん、特に決まってないですね。」


「決まってないなら、リレーに出て欲しいかな?」


「俺も住吉にリレー出て欲しいな。去年、徒競走でお前速かったし。」


「いや、そこまで速くないと思いますが…」


「いやでも、住吉の青組、バケモン揃いだったじゃん。ウチらから見たら住吉も充分速いと思うよ。」


「ま、俺には遠く及ばないけどな。」


「オメーはだまっとれ!…まあ、出たくないなら出たくないでいいと思うよ。そもそもリレーなんて誰もやりたがらないし。そこにいる運動馬鹿は除いて、ね。」


「私に言われたからって、そこまで気に責任を負わなくていいよ。結局は当人くんの意思が全てだから。」


…僕は正直、出たくない。

もし本番で失敗したらって考えると、身の毛がよだつ。僕自身そこまで速くないから尚更、出たいと思えない。


でも、何もしないよりかはいい。

理由もない感情が僕の意志を奮い立たせていた。


多分、期待に応えることで何か変われるって、

今までからっぽだった人生が意味あるものになるって、僕が勝手に見出しているんだ。


だから、身の丈に合わないかもしれないけど、

リレーに出ることを決意した。


「…リレーに出てみようかな。」


「お!住吉、お前ならそう言ってくれると思ってたぜ!」


「いいじゃん住吉、男前!」


「住吉くんがやるって言ってくれた以上、私たちも頑張らないとね!」


灰色だった人生に、少しずつ、少しずつ。

色づいてきたように感じた。

僕は案外、人生は悲観するものではないかもしれないと、最近思うようになった。

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希死少年は時間遡行をしたがらない 草ノ宮哀三重盛 @Idea_Idol_Intelligence

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