最終話 召喚士、現実世界で決意する

目を開けると、まず見知った景色が広がっていた。


「キュ、キュリオ!?」


「どうしてこのようなことが……」


 まわりの人たちが驚くのも無理はない。なにせ、召喚台から召喚士の僕を召喚したのだから。

 そしてもう一つ、これも異例中の異例。タツキも一緒に、すなわち二人同時に召喚されたのだ。


「ここが、異世界……?」


 タツキも驚いているようで、目を丸くしている。


 しかし、そんな勇者候補には目もくれず、視線は僕に集中していた。その視線は冷たく、痛い。

 戸惑っていると、扉の奥から引退したはずのシーグルさんが僕に近づいてきた。


「シーグルさん! 僕、異世界に行って――」


「何をしているのだ!」


 バチンと頬を叩く音が響く。突然のことに状況が理解できない。僕はただ異世界人と話せた、異世界に行けた喜びを伝えたかっただけなのに。


「その異世界人から離れなさい」


「な、なんで」


「いいから離れなさい!」


 再度、頬を叩かれそうになり、咄嗟に身を縮こませた。明らかにいつものシーグルさんじゃない。これほどまでに怒り狂っている姿を見たのは初めてだ。


 あまりにも険悪で、怖すぎる。


 僕はされるがままに召喚台から下ろされた。

 すっかり忘れていた。召喚士になるときにまず話されるのは異世界人の凶悪性。それを信じているからこそ、シーグルさんは危険な目に合わないうちに助けたつもりなのだろう。


「っと、ところであなた様」


「はい?」


「国王様に謁見してほしいのですが、よろしいでしょうか」


 いつもの調子に戻ったシーグルさんは、いつものように業務を淡々とこなしていく。昨日の引退宣言はなんだったのかと聞く人なんてどこにもいない。それほどまでに空気はヒリついていた。


 だが、ただ一人、その空気を裂かんとする者がいた。


「わかりました。しかし、なぜ国王様に会わなければならないのですか?」


「失礼しました。あなた様はこの世界を救うべく召喚された勇者なのです。その挨拶のため、国王様と謁見していただきたく――」


「わかりました、ですが」


 タツキがそう言うと、召喚士たちはざわざわし始めた。まだシーグルさんが訳を話しているというのに、それを断ち切ったのだ。


 しかも、その断ち切った本人が話を続けようとしている。召喚士からしたらまた外れたと思う者もいるだろう。だけど、僕は、僕だけは信じていた。


「――キュリオも一緒に連れて行かせてください」


「な!?」


 予想していなかったのだろう。シーグルさんは呆気にとられ、あんぐりしている。

 突然の出来事に呆気に取られていたのは他のみんなもそうだ。そこには僕も含まれる。さっき叩かれた頬がまだ痛むのか、目頭が熱くなってきた。


「んん、そのような申し出は国王様直々に……」


「こちらの申し出を断ると言うことでよろしいですか? では、謁見はせずにキュリオと共にここから去ります」


「な!?」


 またしても予想外の言葉に、この場が静まり返る。しかし、シーグルさんだけは落ち着きを取り戻し、人形の様に問答を繰り返す。


「転移した者は必ず国王様と謁見するきまりであるので……」


「では、キュリオと共に――」


「タツキ!」


 もう、もう優しくしなくていい。耐え切れなくなった僕は、勇気を振り絞って声を出した。


「タツキ、僕はもう、いいから……」


「なんでキュリオが断る? これは、俺がキュリオと一緒にいたいからしてることだ。あと、俺のいた世界のことを全然話せてないからな」


 そうか、タツキは変わろうとしているんだ。なら、それに応えてやろうじゃないか。


「こほん、とにかく勇者候補であるあなた様には国王様に……」


「タツキ、僕も行くよ」


 言葉を放ったと同時に決意が固まった。気づけば取り押さえていた召喚士仲間を振り払って二人の下へ足を運んでいた。


 気づけばシーグルさんの姿も見えないし、と思ったらタツキの目の前で小さくなっていた。声を発する間もなく尻餅をついていたようだ。


 さて、今度は僕の番だ。


「申し訳ありません、シーグルさん。僕は、タツキと一緒に国王様の下へ謁見に行きたいです」


「な……」


 シーグルさんは腰を抜かしたまま黙り込んでしまった。職場へ来て一年余り、最初で最後の抵抗だと思いたい。


 でも、今はこうしたいのだ。知りたい気持ちを抑えてまで過ごしたくない。きっと、僕も変わりたかったのだと思う。その後押しをしてくれた人のためにも、このチャンスは逃さない。


「……わかった」


「で、でも、シーグルさん。やつらは信用できません」


「わしがよいと言っているだろう!」


 隣にいた兵士がわなわなと肩を震わせている。というか、もしかしてシーグルさん、結構な権力の持ち主なのか?


 そう思わせる口ぶりに興味が湧いてきてしまったが、なんとか抑え込む。あとでこっそり聞いておこう、うん。


 とはいえ、ここはお礼を言わないと。


「シーグルさん、ありがとうございます」


 僕は深々とお辞儀をし、シーグルさんの返事を待つことなく召喚台から降りた。


「では、国王様の下へお連れ致します」


 兵士に促されがままに足を前に運んでいく。周囲からは驚きの声が絶えない。しかし、僕はそんなことを気にしないくらい、心がスッキリしていた。


 だって、やっと正直なれたんだ。


 でも、一つだけ気になることがある。


「ねえ、タツキ」


「ん」


「もうあっちの世界に帰れないけど、いいの?」


 タツキは最初から未練がなかったように思う。すんなりとさっきの状況と勇者候補のことを受け入れたし。それでも、やはり気になってしまう。両親やお爺さんの下から離れてしまうのだから。


「確かに、両親とじいちゃんを拝めなくなるのは悲しい。でも、ここで過ごせば変われる気がするんだ。現実を受け入れられなくて逃げてきた自分を受け入れる気がする」


 しばらく考える素振りをしていたタツキだったが、暗い顔をしなかった。むしろ、初めて会った時より生き生きしている。


「ま、キュリオもいるしな。絶対こっちの方が楽しいに決まってる」


「そっか。僕もタツキと一緒なら飽きないよ」


「へへ。あ、そうだ。俺がいた世界の話の続きでもするか。まずは――」


 タツキと一緒なら一生楽しく過ごせる気がする。何をやっても成し遂げられるような気がする。


 これからは勇者の右腕として、魔法のさらなる高みを目指そう。


 そして、いつか、キミの住んでいた世界へ行けるように――。





 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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召喚士、異世界に転移する pan @pan_22

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