第5話 召喚士、異世界で友人を得る

それからの時の流れがあっという間だった。


 彼はかなめタツキという人物で、僕と同い年なのだそうだ。そこで意気投合したのか、会話が途切れることはなかった。


 さっき僕らがいた建造物のこと、そこで見た商品や機械のこと。この国で使われているお金のこと。様々なことが聞けた。


 そのお返しと言っては野暮だが、僕がいた世界のことも少し話をした。そんな時もタツキは僕の話を疑わずに親身になってくれていた。


 ああ、もしかして僕は、こうやって楽しむことを望んでいたのかもしれない。仕事以外の話をすることなんてなかった、なんなら家に帰ってからは本しか読んでいない。ずっと独りぼっちで、寂しかった。


「――っと、もうこんな時間か。ごめん、ちょっと席外すね」


 タツキはすっと立ち上がり、クローゼットの扉の前に移動した。そして、流れるように取っ手を引っ張り、座り込んだ。


 彼の目の前には、親族とおぼしき遺影が置いてあった。この世界の作法であるのだろうが、慣れた手つきで淡々とこなしていく。


「よっと、ごめんね。待たせちゃって」


 申し訳なさそうに戻ってきたけど、こういうときってどんな顔をすればいいのだろうか。


「大丈夫だよ、気にしないで」


 開けられたままのクローゼットをよそに、ぎこちない顔で答えた。こればっかりは軽い気持ちで触れていいものではない。気になっていたとしても聞くべきことではない、はずなのだが。


「……あの方って」


「ああ、俺の両親だよ。今日が命日らしいんだ」


「らしいって?」


「俺が小さい頃に交通事故で亡くなったから、その時のことは覚えていないんだ。命日はじいちゃんから聞いた。まあ、そのじいちゃんももう、いないんだけど」



 遺影を見ながら教えてくれたタツキの瞳に寂しさを感じた。その中には未練や怒りも混ざっていたと思う。


 とはいえ、とんでもないことを聞いてしまった。両親どころか、他の親族も亡くしていたことを聞かされたのだから、さっきまでのように顔向けできない。


「あ、もしかして開いてるの気になる?」


「いや、気にしてない。ご両親も日の目を浴びたいだろうから。それはそうと、変なこと聞いてごめん」


「いやいや、気にしてないよ。キュリオには話してもいいなって、そう思ったから」


 またしても柔和に答えてくる。その優しさの根源は何なのだろうか。両親を亡くし、親族を亡くし、それでもなお心を腐らせずに過ごしている。僕のように何か探求していることがあるのかといっても、話をした中ではそういった情報を得られなかった。


 ――どうしてこれほどまでに、相手に気を遣えるのだろうか。


「……本当に優しいな」


「俺は、優しくなんてないよ」


 タツキはすぐに否定した。ぽつりと独り言のように呟いたつもりだったが、反応速度からして触れてほしくない部分のようにも思える。


 さっきまでの明るかった雰囲気が、ズンと暗くなる。


「ただ自分が人にされて嬉しいことをしているだけにすぎない。当たり前のようにやるのが優しさ。俺のやっていることは、偽善なんだよ。それに、俺はじいちゃんを亡くしてから道を見失ったんだ。もう、この世にいなくてもいいんじゃないかって思うくらいに」


 終始、タツキは俯いていた。声は震え、目頭が熱くなっているのもうかがえる。さっきまでの彼はどこへいったのかと思うほど見違えた。


 まるで、異世界転移してきた者のようだ。


 もしかすると、僕ら召喚士はとんでもないことをしているのかもしれない。この世界でする希望を持てない者を異世界転移と称して無理やり連れてくる。そんなのは拷問と一緒ではないか。勇者が見つからないのも当然だ。


「正直に言うと、俺はこの後――」


「タツキ!」


 僕はタツキの言葉をかき消すように名前を呼んだ。何を言おうとしていたのかだいたい見当はつく。僕の仮設が正しければ、この後、タツキは召喚台に選ばれる。


「それは、偽善じゃない。ありのままのタツキだと思う。今日仲良くなったばかりだけど、嘘じゃない。だって、嬉しかったから」


 こんな僕にできることは、つらい運命をこれ以上背負わせないこと。それにタツキは助けてくれた。見ず知らずの僕なんかに声をかけてくれて、家にまで連れてきてくれて。


 ありのままの気持ちを伝えるなんて恥ずかしくて胸が苦しい。だけど、言わないといけないような気がして。


 タツキは相変わらず俯いたまま。言葉も発さず、ただ沈黙が続く。なんともぎこちない時間が続き、またいてもどんな表情をしていいかわからなくなる。


「だから、もう寂しい顔、しないでほしい。って、ごめん急に……」


「……ううん、ありがと。キュリオ˝」


「そ、そう。って、え!?」


 タツキの目には大粒の涙が幾たびも流れていた。泣かせるようなことを言った覚えなどないが、これは彼の感情を動かしたという認識で合っているのだろうか。


 とはいえ、これでしばらくは召喚台に選ばれることもないだろう。だいぶ熱く語ってしまったような気もして恥ずかしい。


「……ごめん、泣いたのなんて久しぶりで」


「大丈夫、ほらティッシュ」


「ありがと」


 あえほどまでの涙を流したのだから、久しぶりの出来事というのは本当なのだろう。

 心が軽くなるのであれば、泣きたいときに泣くのは当然のこと。そこで正直にならなければ、いずれ壊れてしまう。どの世界の人間も同じなのだな。


「キュリオ」


「ん」


「本当は、やりたいことがいっぱいあるんだ。今まで友だちもいなくて、遊んでこなかった。だから、まずはキュリオと遊びに行きたい!」


「うん。僕も色んなところに行ってみたい!」


 これが一般的な十五歳の会話なのかはわからない。けれど、わからなくたっていいんだ。結局、やりたいことをやって、気になることを探求して、自分の好きなように過ごせばいいんだ。


 僕は、この時気づいた。今まで異世界人に興味を持っていると思っていたけど、本当は異世界そのものに興味を持っていた。けれど、それを口にして馬鹿にされるのが怖くて、ずっと隠れていた。


 そしてもう一つ、僕は要タツキという人物にさらなる興味が湧いた。もう、この世界で暮らして、タツキと一緒に好きなことをしよう。


 ――そう思った矢先だった。


「な、なんだ!?」


 突然、タツキのまわりから青白い光が現れた。これは、召喚台の魔法だ。でも、何故だ。きっかけとなるものは何も残っていないはず。


 いや、そんなことを考えている暇などない。


「タツキ!」


 咄嗟に名前を叫び、手を伸ばす。タツキも一瞬冷静さを取り戻し、差し伸べた手を掴んできた。

 この魔法がどんなものかわからないが、解除することはできるはずだ。


 だが、もう遅かった。召喚台の他にも転移魔法の魔法陣が浮き上がっている。さすがに転移魔法は扱えても、その効果を打ち消す方法をしらない。


 やっと出会えた友人、なのに。


 瞬く間に目の前が真っ白になり、意識が遠のいていった。





 ――――――――――――――――――――――


 ○後書き


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