放課後、好きな人、スイーツ

赤羽千秋

第1話

「彼女ほしい?」

 ほしい、と言えば寄越してくれるのだろうか、と思いながら僕は答えた。

「女子はにがて」

 内緒話をしていると思えば、大体陰口だし、平気であの男子嫌い、などと大声で言うのだ。全員が全員、そうではないことは分かるが、残念ながら僕の中の女子のイメージは中学時代のそれで止まってしまっている。

「じゃあ、男子が好き?」

 案の定、訊いてきたが、生憎僕はまだ恋をしたことが無いので、どの性別が好きなのか、まず好きになった相手に性別があるのかなどは、全く定かではない。

 知らない、としか言いようがないのだ。


「ふーん。…俺は長谷川、好きなんだよね」

 それで、だから、何だというのだ。林間合宿や修学旅行でやたらと恋愛の話をしたがる奴の気持ちが一生理解できない僕には、誰が誰を好きだ、なんて本当にどうでもよい情報の一つでしかない。

 しかし、長谷川、といえば入学式の呼名で一度だけ聞いたから、うちのクラスの長谷川に違いない。まだ二か月しか経っていないのに、好きな人ができるのは、藤岡が他人に心を許そうと、努力しているからだろうか。その努力は、僕には普段、彼の優しさに変換されて感じられる。

「そうなんだ」

「えっ、それで終わり? てっきりお前ホモなんっていうと思った」

 どうやら言って欲しいようなので、聞いてやった。お前、ホモなん、と。それから付け足した。

「別に、ゲイだ、ゲイじゃないって僕にとってそんなに重要な情報じゃないから」

 藤岡は安堵したように、溜息を一つついた。それから続けて、よかった、と零した。彼がまとう空気が少し、緩んだ気がした。


「ねぇ。僕、もう一個ケーキ頼んでいい?」

 先ほど頼んだ少し大きめのショートケーキはいちごの季節では無いからか、程よく酸味があり、甘めなクリームに合っていてとても美味しく、直ぐに平らげてしまった。藤岡のフルーツタルトも無くなってる。みかんジュースは多少残っているが。

「糸井のお小遣いが足りるなら、お好きにどうぞ。時間はあるしね」

「ん、ありがと」

 机に取り付けられたベルを鳴らし、店員を呼んだ。マスカットのムースケーキを頼んだ。藤岡もジュースをお代わりした。

 最近は雨も多い癖に、晴れると蒸し暑い。席が空いていたので適当に窓際に座ったのが悪かった。日は沈んでいくはずなのに、僕を照り付ける光は一層強くなっていくように感じた。

「マスカットって秋が旬なんだ」

 藤岡は意外、と言いたげな顔でスマホを見つめていた。

「九月とかね」

「でも色も味も爽やかですっきりしてるから、暑いと食べたくなる」

 目の前に座る藤岡はジュースを飲み干した。果肉が入っているものだったが、一粒も残っていなくて、反射した光でガラスと氷が輝いていた。

 こうやって、放課後に友人とスイーツ屋へ遊びに来るなんて、中学の時は想像もしていなかった。甘いものを食べるのに、付き合ってくれる友人ができるとは、思ってもいなかった。


「話、戻るけど。僕も、よかったって思う」

「何が?」

 首を傾げる藤岡は、犬みたいだった。長谷川をついて回る、無邪気な。

「ううん。別に」

「あ、そう? いいんだ…。じゃあ、俺も話戻る」

 藤岡は少し前の話をした。

「中二のとき、好きだった人が居て。あんまり勉強できる奴じゃなかったんだけど、みんなに優しくて明るくて、…コロッと。みんなの人気者でさ。結構仲良くしてもらったんだ」

 僕は半分目をそちらに向けながら、到着したケーキを切っては口に入れてを繰り返した。口の中でマスカットがはじけて、おいしい。

「休日の夜って映画の番組やってるじゃん?」

 僕は寮生活でテレビのない生活を強いられており、思い出すのには少々時間を要した。長期休みになるとアニメ映画を放送したり、dボタンに仕掛けがあったりする番組だ。ミニゲームをやって応募したこともあったけれど、当たったことは無い。

「それでゲイが題材の映画がやってたんだけど、母さんがそれ見て、気持ち悪いって言ったんだよね」


「それは…」

 ぐっ、と言葉を押し込んだ。辛かったね、なんて僕が言える立場にはない。僕は恋をしたことが無いし、しかもゲイかどうかも分からないうえ、それを否定されたことも無い。分かったような口を聞くのは何だか違う気がした。でも、つらいとは思った。

 藤岡は察したのか苦笑した。

「俺はあんまり人と喋ったり仲良くしたりするの得意じゃないんだけど」

 確かに、教室で見かける彼は一歩引いているように見える。輪に入っているが、どことなく浮いていて寂しそうな感じだ。きっと、まだ何かあって足が竦んでいるのだろう。

 一方僕はヘッドフォンを装着し、一人本を読んでいるので故意的に人から話しかけられないようにしてあり、また異なる方向性に寂しそうな感じはする。

「実は、その好きだった子に、ふざけて抱き着いた人が居て、お前ホモかよ、って声掛けてたのが、その、勝手に、刺さってて」

 中学生なんて半端に言葉を覚えて後先考えずに、べらべらというものだ。デリカシーのなさに性別はあまり関係がない。納得は、したくない。

「まあ中学生はそんなもんだと思うけど」

 目を逸らして藤岡は言った。君は、君こそ、納得したら負けのような気がしないのか。

「無知の。恥だよ、はじ」

 中学三年の担任がよく語っていた。

「知らないことは恥だ、って」

「その通りだ」

 藤岡は強く頷いた。

「でも、長谷川はさ。多分いい奴だよ。前、少しだけ話したんだ」


 国語の教師が、話すことに重点を置いており、授業中に何度か席替えをし、まだ名前と顔の一致しないクラスメイトと趣味を話す授業があったときのことだ。

「裁縫とか、料理とか、あとケーキが好きなんだって言ってみたら、素敵だねって」

 本当は読書が趣味だ、言おうとしていた。父親に散々言われた「女の子みたいな」実の趣味を公開したところで、変な反応をされて結局困るのは、僕のはずなのに、なぜだか言ってしまった。

 長谷川は僕の緊張を感じ取ったのか、終始大丈夫だよ、と書いた顔を見せてくれた。

 嬉しくて、その時持っていたハンカチは自分で作って、刺繡にもチャレンジしたものだ、とつい自慢のようになってしまったのを思い出した。

「そっか」

 藤岡はやわらかく笑った。

 僕はケーキの最後の一口を惜しみながら食べた。やはり甘くておいしかった。

「よかった」

 二杯目のジュースも空になっていた。今度は内側に少し果肉がついていたが、光を通して敷かれた皿に、オレンジを映していた。

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放課後、好きな人、スイーツ 赤羽千秋 @yu396

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