最終話
「近来まれにみる不手際集団」
(最終話)
堀川士朗
ライブ直前。楽屋。
鹿羽ルイ子がしきりに背中を掻いている。
「か、か、か、痒いよう。痒いよう」
「どした鹿羽大丈夫か?」
「痒いよう。痒いよう。かっかそうようだよう」
「平気か?助かるか?お前助かるか?」
「それって、ワクワクが止まらないってことォェ?かゆ!」
鹿羽ルイ子のステージ衣装を脱がしたら背中と腹がみみず腫れを起こしていた。
「あ、やべえ。これ帯状疱疹だ。伝染るぜ!」
「それって、不治の病ってことォェ?かゆ。かゆ」
「そんなカッコいいもんじゃないけど。すぐ救急車呼ぶベ」
三秒後、今度は中村問屋子が背中を掻きむしり始めた。
「がーっ!かいーっ!」
「伝染ったんかよ!」
「おー!かいーっ!」
「お前のは性病じゃないのか?」
「ちげーっ!かいーっ!」
問屋子がステージ衣装を脱ぐ。
鹿羽ルイ子よりももっとすごいみみず腫れの極みだった。キメえ。
あたしは叫んだ。
「この二人を今すぐトイレに隔離しよう。市松は早く救急車呼んで!」
「おう」
「ライブは?」
「え」
「この後のライブはどうするんです?」
「ライブは……残りの三人でやろう!大丈夫、あたしたちなら出来る!ライブやれる!」
「でも……」
そこへプロデューサーの岩谷火星人がやって来た。
事情を説明する。
すると彼はこう言った。
「ライブは決行しよう。今日もお客は満員だ。メンバー三人でステージががら空きだから、俺が飼ってる犬でも出すか。キャンディー君こっちおいで~」
「え」
「すんばらし~い犬だからさ。アハアハアハアハ!」
岩谷がワライカワセミみたいに笑いながら言ったので、あたしはおもいっきり頬を張り飛ばしたくなった。
岩谷の犬、キャンディー君はマルチーズだった。
しかも全身を四角くトリミングされたマイキュラーな珍妙犬だった。
何だよこの犬。
急遽あたし、角川チョロギ、アビゲイル市松、キャンディー君の三人と一匹態勢でステージに立ったあたしたち。
何だかワケわからん態勢。
色鮮やかな照明。
注文していた通りだった。
満員のフロアー。
最近はあたしのファンも増えてきた。
今ここで辞めるわけには、いかないんだ!
マイクがハウリングし、キャンディー君が激しく吠えてステージ上をうろちょろしている。
今日は新曲、『やっちマイナー』の初披露の日だった。
『やっちマイナー』
作詞作曲 万麻宮帆立貝
うた ナンバーワン姉ちゃんズ
栄養! ある朝
小粋な青の葉亭に
集まった
私たち 仲間たち
リーダーが号令をかける
やっちマイナー!
サン ニイ イチ ハイ
三秒してから反応する
私たち 仲間たち
襲いかかれ
奪い取れ
全てを
そのニーハイを脱がしてしまえ
でかした 山下
しでかした 醸し出す
烈火の如く 劣化 レベッカ
一列談判破裂して
アッツツ アツアツ
私たち 仲間たち
全員 おんな
そう
ナンバーワン姉ちゃんズ
栄養! お前は
カッコだけのモデルガン
私たち 仲間たちの
超絶純情爆弾リリックには
遠く及ばない
朝食べる果物は金
昼食べる果物は銀
夜食べる果物は銅
単に吸収率の問題
酒と油とヨーイドン
私たち 仲間たち
全員 おんな
そう
ナンバーワン姉ちゃんズ
ひれ伏しな ひれ伏しな
我ら
ナンバーワン姉ちゃんズ
嗚呼 同♥️士♥️討♥️ち♥️
嗚呼 世界中敵に回しても
嗚呼 経済封鎖されても
嗚呼 キミの事が好き♥️
嗚呼 東京の流れ者♥️
五人フォーメーションのテクノダンスは三人に振り分けて踊った。
あれ。
なんだろう。
からだが熱い。
熱くて痒い。
………痒いっ!
アビゲイル市松も角川チョロギも踊りながら掻いている。
キャンディー君もガリガリ後ろ足で腹を掻いていた。
フロアー。
ひとり、またひとり。
会場は『痒い』の嵐に包まれていく……!
そしてお客全員がシャツをめくりあげ赤くただれた皮膚を掻きむしり始めた!
痒い。
かゆい。
カユイ。
KAYUUEEEEEE!
帯状疱疹クラスターが発生したのだ!
一時間後、あたしたちは全員北区の総合病院のベッドの上で泡を噴いていた。
▲▲▲▲●●●●●▲▲▲▲
総勢156人と一匹の帯状疱疹クラスターを引き起こしてしまったあたしたちナンバーワン姉ちゃんズは解散した。
五人それぞれがナンバーワン姉ちゃんズに抱いていた夢、それも無になった……。
解散ライブもやらなかった。
否、やれなかった。
責任を取らない形でバラバラと、空中分解だ。
ナイトメアグループにおいても、「ナンバーワン姉ちゃんズ」の名前は一切の禁句となってしまった。
あれから、メンバーの誰とも会っていない。
一年が、経つ。
角川チョロギと、結局入信してしまった鹿羽ルイ子はドドゥイッツ教のミサで歌っているのかな?
中村問屋子は相変わらず風俗で働いて月イチで引っ越ししているのかな?
そして、一番仲が良かったアビゲイル市松は実家のケーキ屋オンディーナを継げたかな?
たった一年前の事なのに、何でこんなに懐かしいんだろう……?
あたしたちみたいな。
あたしたちみたいな集団は他にもいるだろうか?
まるで、まるで、『近来まれにみる不手際集団』だった。
でもライブをしていたあの空間、あの瞬間こそが、あたしにとっての青春であり全てだった。
……って、そんなわけあるか~い!
時間。
時間を返してほしい。
人生は短い。短かすぎる。
一瞬だ!
努力をしなければ。
努力をしなければすぐに歳を取って、おばさん臭い臭いおばさんになるんだ。
あたしは自分を乗り越えてやるんだ。
過去、現在、未来のあたしにすべからく優しく声をかけて、手を差しのべたい。
昼だか夜だか分からない。
空気の粒が浮かんでいる。
遠くで音楽が聴こえる。
あたしたちナンバーワン姉ちゃんズの歌だ。
あの公園の公衆電話の中にあたしはいる。
十円玉を何十枚も入れて亡き母に電話をかけるが、繋がらない。
繋がらないのになぜかお金だけは回収されていく。
トゥルルルルル。
トゥルルルルル。
あたしはしばらくそうしている。
母の声が聞きたい。
トゥルルルルル……ガチャッ。
「!……もしもし?」
終
(2022年12月~2023年1月執筆)
近来まれにみる不手際集団 堀川士朗 @shiro4646
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