第11話 終わらない永遠の鬼ごっこ

 タクシーは、三丁目のB倉庫に到着した。B倉庫は、今は誰も使っていない廃倉庫だこここなら誰にも見られることなく、金の受け渡しができる。

「辻林さん。お疲れ様です」

 元気良く挨拶される。

「来てくれてありがとう。大泉さんもありがとございます」

「いよいよだな、辻林」

「はい」

「よく頑張った。これで全てが終わる」

 ふうと、俺は深呼吸した。ここまで本当に長かった。これで終わらせてやる。

「よし、これより突入する」

 俺は倉庫の扉を開いた。中には、野呂瀬と菊池がいた。

「誰だい? 君は?」

 菊池十郎が落ち着いた様子で、俺に問いかけてくる。

「ん? 辻林君? どうしてここに?」

野呂瀬は困惑しながら言った。

「野呂瀬。俺はな、警察なんだよ」

 ついにこの台詞を言う事ができた。

「何を言ってるんだい? 君が? まさか」

 野呂瀬は、狐につままれたような表情をしている。

「もう逃げられないぞ。その金、それが動かぬ証拠だ。野呂瀬太一、菊池十郎。お前らを逮捕する」

「ふふふふ。あはははは。ただの下痢野郎……なんかに足元をすくわれるとはね。完敗だよ、辻林君」

 野呂瀬は、抵抗する事もしない。

「ふざけるな、野呂瀬。お前の失態で私まで捕まるというのか? 話が違うだろう。責任を取れ」

「黙れ。お前達のせいで、どれ程沢山の傷ついた人達がいると思うんだ。その罪、しっかりと償ってもらうぞ」

「くっ……」

 俺は野呂瀬と菊池に手錠をかけた。こうして巨大な詐欺グループを逮捕することができた。

それから数日が経ち、俺は警察署内にいた。俺は警察署内では、すっかりヒーロー扱いされている。目立ちたくて警察署内を無意味に歩いているわけではない。当然、目的があって歩いているのだ。俺はある人物に会いにきたのだ。

「こんにちは、長谷川尋さん」

「やあ、辻林君。本当に今回は大活躍だったね。いやー、さすがは期待のエースだよ。君のような人がいると、日本の未来は明るいね」

「長谷川警部が、警察官を手配してくれたおかげです」

「いやいや、僕なんて大したことできてないからさ」

「まあそんな事は、どうでもいいんですよ。今日はあなたに用があってきました」

「え? 僕に何の用?」

 長谷川警部は、不思議そうに首を傾げた。

「あなただったんですね。トカゲの頭は」

「ええ? トカゲの頭? 何の事だい?」

「野呂瀬を操っていた組織の黒幕ですよ」

「あはは。君は冗談も上手いんだね。僕が黒幕? あはははは」

 長谷川は笑っていた。

「長谷川警部。そこそこ出世しているが、地味で目立たない。そんなあなたの真の狙いは、架空請求詐欺の下っ端を捕まえてポイント稼ぎをし、自分は安全なポジションからそこそこ仕事しているように見せる事。安定が目的。ですよね?」

「君さ、冗談も大概にしないと」

「証拠ならありますよ」

 そう言って俺は、ファイルを長谷川尋に叩きつけた。長谷川尋は、ファイルを見る。すると顔の表情がこわばっているのが分かる。

「ま、まさか」

「ええ。俺は潜入調査をする前から、あなたに目を付けていました。架空請求詐欺を裏で操っている人間がいる可能性を考えて動いていました。そして実際に潜入して分かりました。疑問が浮かんだんですよ。野呂瀬がなぜ架空請求詐欺のリストを持っていたか。それはどこから手に入れたものなのか。答えは、過去に詐欺の被害に遭った人達だったから。それはもれなく、警察に通報された被害者達の個人情報だった」

「でもそれだけでは、僕がやったとは限らないじゃないか」

「野呂瀬も白状しましたよ。あなたに脅されていたとね。逮捕されたくなければ協力しろと言われたと」

「野呂瀬ぇえええーーー」

 長谷川尋は、机を叩いた。

「長谷川尋。あなたを逮捕します」

 俺が警察署内で、警察官を逮捕した二度目の出来事だった。

「これで本当に終わったんだな」

「ぎゃははは。そうだな。終わったな」

 カズが笑いながら言った。

 それから俺は、警察官の犯罪を逮捕したことで、二度目の表彰状を授与した。新聞にも大きく報じられた。

「また表彰状を貰ってしまった。俺はただ犯罪者を捕まえて、自分の仕事を全うしただけなのにな」

「いいじゃねえか。貰える物は貰っておけよ。そんなことよりも事件は解決したんだし、いつもの居酒屋で宴会しようぜ」

 俺とカズの馴染みの居酒屋がある。よくその店で飲み食いしている。

「そうだな、久しぶりに行くか」

 俺とカズは店に入る。

「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」

 俺は一人だが、一人ではない。だからテーブル席に行く。そして店員に後から一人来るからと言った。

「さあ何食うかな」

 タッチパネルで刺身盛り合わせ、シーザーサラダ、アジフライ、鶏のから揚げを頼む。それからカズの好きな物ということで、出汁巻き卵を頼む。少し待つと料理が運ばれてきた。

「まあお供え物みたいな感じだな」

「うおー。出汁巻き卵、美味そうだなー。食いてえなあー」

「まあ気持ちだけだがな」

「死んでしまうと、全然腹は減らねえから別にいいけどな」

 カズと話しながら、酒とつまみを食べて楽しむ。

「いやー、しかしお前が自分の尻の写真を撮った時は、本当に面白くて腹がよじれる程笑ったぞ」

「うるさい。俺も必死だったんだぞ。というか食事中にそんな話をするな」

「ぎゃはははは」

 するとカズが急に静かになった。

「ん?どうしたんだ?」

「おい、お前、凄い寝癖付いてるぞ」

「えっ? どこだよ」

「ここだよ」

 そう言ってカズは、自分の髪の右側を触る。

「ここか?」

「違う。そこじゃない。トイレ行って鏡見てこいよ。酷いぞ」

「ん? そうか。なら行ってくる」

 俺はトイレに行って鏡を見た。

「あー?どこがだよ。全然寝癖なんてついてないじゃないかよ。あの野郎―。騙しやがったな」

「あははは!!引っかかった!!お巡りさん、学習しないね♪ じゃあな。天国で待ってるぜ。せいぜい女とイチャつきながらゆっくり来る事だな」

 そう言って俺以外写っていない鏡を振り返ると、その瞬間、カズがニコッと笑ったのが見えたと思ったら、スッと消えて見えなくなってしまった。

「おい、カズ!!……くそ、アイツ。最後の最後まで」

 そう言って俺は、騙された事やあっさりとした最後の別れ方に怒りながらも、鏡に映った自分の顔がどこか笑っているのを見て、それがおかしくて更に笑ってしまった。

「ははは。まあ、あいつらしい別れ方か」

 そして席に戻ると、カズが注文した料理が大量に届いていた。

たこわさ、きゅうりの一本漬け、豚の角煮、焼き鳥盛り合わせ、フライドポテト。

「アイツの好物ばっかりじゃねえか。くそっ、またやられた。本命はこっちか」

 普段食べない物だったが、注文された手前、残す事も出来ないので仕方なく食べた。

「……いや、美味いな。普通に酒に合う」

 俺は一人、居酒屋で酒とつまみを食べて店を出た。

「あの野郎。俺が死んで天国に行ったら覚えてろよ」

 そう言って暗くなった夜の空を見上げた。

 長谷川尋が逮捕されて事件が解決し、三ヶ月が経った頃、俺は刑務所を訪れていた。

 扉が開くと、会いに来た人物が待っていた。

「……あんた、本当に警察官だったのね」

 それは前橋彩だった。

「聞いたよ。懲役二年だってね」

「何?私を笑いに来たの?」

「そうじゃない。君に伝えたいことがあって来たんだ」

「何よ」

「君のお母さんに会ったよ。結婚詐欺の被害者だったんだね」

「そうよ。何? 調べたの? 警察って暇なのね」

「男は逮捕したよ。騙し取られたお金は戻ってくるよ」

「えっ?」

「君が架空請求詐欺グループに入ったのは、お母さんの借金を返す為だったんだよね?」

「そうだけど」

「でも君は逮捕されてしまった。今気がかりなのは、お母さんの事だろうと思ってね」

「…………」

「もう何も心配いらない。後は自分の犯した罪を償う事だ」

「……ありがとう」

「それともう一つ、聞きたい事があってね」

「何?」

「誕生日はいつ?」

「九月十五日」

「そう。わかった」

「なんでそんな事聞くのよ」

「もしも刑務所で寂しくなったら、君を待っている人がいる事を思い出して欲しい」

「何それ」

 そして面会が終わり、俺は刑務所を後にした。

 それから二年が経った。

 俺は今日、再び刑務所を訪れた。

「お坊さんが迎えに来ていると伝えて下さい」

 刑務所から出てきた彩は、俺を見て笑った。

「こんにちは。お坊さんです」

「ふふ、本当にお坊さんの恰好して来てるなんて笑わせてくれるわね」

「君に嘘をついていたからね。俺は正確には、まだお坊さんじゃない。警察引退後の夢が、お坊さんなんだ。罪を犯した人に寄り添う人になりたくてね」

「その第一号が私ってわけね」

「まあそうだな」

「誕生日に苺のショートケーキ送ってくれてありがとうね。お坊さんよりって書いてあって笑っちゃったわ。誕生日を聞いたのはその為だったのね」

「そうだよ」

「何? 私に気があるの?」

「はい。俺の将来の伴侶になってもらいたくて来ました」

「ふふ、悪いお坊さん。帰ったらお仕置きが必要ね」

「はい、よろしくお願いします」

 そう言って二人、手を繋いで歩いていった。

 それから一年。カズの命日に俺は、カズの墓参りに行った。

 お前のおかげで逮捕出来て、彩とも結婚したよ。毎日幸せだ。

 電話が鳴る。カズのお母さんからだ。

「おばさん、お久しぶりです」

「カズの部屋から、衛君の写真がどんどん床に落ちてくるの。カズからの何かのメッセージなのかもしれないわ。ねえ、来てくれないかしら?」

「分かりました。行きます」

久しぶりにカズの実家に行った。おばさんが出迎えてくれる。

「衛君。来てくれてありがとう。上がって」

 リビングに通され、おばさんがお茶を入れてくれる。

「あの子、自殺しちゃったけど貯金はなかった。でも借金はしてなかったの」

「そうだったんですか。あいつらしいというか」

「それでね、あの子の部屋なんだけど行ってみてくれる?」

「はい」

部屋に行くと、ワンピースが本棚から落ちてくる。懐かしいな。ワンピース。そういえば、あいつと最初に出会ったのもワンピースがきっかけだったな。

あれは小学一年生の頃。

本ばかり読んでいて、俺には友達がいなかった。カズに皆で鬼ごっこしようと誘われたが、尖っていた俺は無視した。

そしてしばらくすると、カズはワンピースを持ってきた。

「なあ。本好きなら、この漫画読めよ。めっちゃ面白いから」

そう言ってカズに渡されたその漫画本がワンピースだった。

ワンピースは、海賊が主人公で冒険する物語だ。でも俺は、自由な海賊よりも悪を取り締まる海軍に憧れた。

「お前、どの海賊が好き?」

 カズがニヤニヤしながら、俺に聞いてきた。

「俺は海軍が好きだ」

カズは、にやっとした。

「じゃあ俺が海賊。お前が海軍だ。俺は海賊で悪党だ。逃げるから海軍である海の警察官であるお前が俺を捕まえてみろ。お前は警察だ」

そういって、結局俺は乗せられて、カズ達がやってるおにごっこに参加させられた。

俺は鬼ばかりやらされたな。今思えば、あれは誰も鬼をやりたがらないから、カズにまんまと乗せられて鬼の役目をやらされただけだったのか。

「なるほど。カズ、そういうことか」

天国で待ってるからまた追いかけっこしようぜ。お前はそう言いたいんだろ?

俺がこの世で生を全うし、天国に行ったら、あいつとはまた天国で追いかけっこするだろう。

上等だ。あの悪戯好きなあいつを。

カズ、待ってろ。必ずお前を捕まえてやるからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白と黒 富本アキユ(元Akiyu) @book_Akiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ