第10話 ついにここまで来た

「ぎゃははは。そろそろやるか。やっぱり盛り上げてからじゃないとな」

 カズ。お前は、こうなるのを計算していたのか。そしてカズは、暴れまわり手当たり次第に物を落下させた。

「ああ、高級時計も骨董品のお宝の皿も割れてしまう」

 別の気弱そうな男がそう言う。

「な、なんだ? 本当に超常現象が起きた? 一体どうなってるんだ」

町田は、驚いている。

「お、俺には悪霊が憑いてるんです。俺を拠り所としていて、俺を殺そうとすれば、悪霊のよりどころがなくなる。そうなるとアイツが、悪霊が怒るんです」

 俺はうろたえる演技をしながら、そう答えた。

「おいおい、こいつは本物だ」

 町田が目を大きく開けて驚いた。

「す、凄い。これなら聖なる品物に拍が付く」

宮野が言った。

「聖なる品物? 何ですか? それは」

 俺は疑問を野呂瀬にぶつけた。

「ああ、それはね。すぐ分かるよ。丁度、もうすぐ今日の分が始まるところだよ。皆、そろそろ行こうか。辻林君もおいで」

 そう言われ、建物を降りて一階に行くと、ドアの前で立ち止まった。

「辻林君。僕が指示したら、ポルターガイスト現象を起こしてほしいんだ。頼めるかい?」

「どういうことですか?」

「答えは、この部屋を開けたら分かるよ。それじゃ、行くよ」

 そう言うと、野呂瀬と町田。そして俺の三人は、部屋の中に入った。部屋の中は、かなり広い部屋になっていた。学校の教室くらいある部屋だ。そこには、椅子が並べられており、老若男女問わず、沢山の人で溢れている。

「えー、信者の皆さん。お忙しい中、お集まり頂いてありがとうございます。私、司会進行を担当させて頂きます、町田でございます。本日はよろしくお願い致します」

 マイクを持った町田が、持ち前の明るさで、にこやかに挨拶する。これから一体何が始まるというんだ。

「えー、それではですね。私の隣にいるこの方、この方が神に愛されし、神の申し子である野呂瀬太一さんです。将来は政治家になって、この腐りきった日本を変えたいとおっしゃっている方です。先生、ご挨拶を」

 未来の大政治家? 冗談じゃない。俺が絶対にそんな野望、阻止してやる。

「ご紹介に預かりました、野呂瀬太一です。皆さん、この日本という国は、果たして本当に豊かな国と言えるでしょうか? 一部の特級階級の金持ちだけが得をして、我々国民は泥水を飲まされる。そんな国が果たして本当に豊かな国と言えるでしょうか? 日々、悲しい事件や事故が相次いで起こっています。なぜでしょうか? 実はそれには、原因があるのです。神の怒りです。神様が怒っていらっしゃるのです。それで事故や病気、怪我が起こるのです。私は皆様をそんな不幸な出来事から守りたい。一部の特級階級の人間ではなく、日本を真に支えて下さっている皆様、国民を、特に信者である皆様を大切に守りたいと考えています。その為に本日は、素敵な商品を用意しました。貴重な代物ばかりなので、あまり数は手に入らなかったのですが、急ぎ取り揃えるように努力しています。いつか全ての信者の皆様、一人一人の手に渡るように最善を尽くしたいと思います。私は政治家になりたいと思います。日本を変えたいと思います。一部の特級階級の人間ではなく、真の信者である皆様を幸せにできるそんな国を作りたいと思います。どうか、皆様。私に力を貸してください」

 野呂瀬の長い演説の後、会場からは拍手が巻き起こった。異常な光景だ。ここにいる信者は皆、野呂瀬を神の子だと信じている。こんな事、あってたまるか。一刻も早く逮捕しなければ大変なことになってしまう。

「皆様、そして本日は特別に不思議な力を実際に皆様に見て頂こうと思います。ここにいる彼は、神の不思議な力を持った聖なる人です」

 そう言って、俺の方を見る野呂瀬。

「彼は霊感が強く、特別な力を持っています。辻林君、信者の皆さんに見せてあげてくれるかな?」

 そう言って、俺の方を見た。ここでポルターガイストを見せろと言うのか。こんな状況で見せたら、本当にここにいる人は信じてしまう。ダメだ、カズ。暴れるな。

「ぎゃはははは。暴れちゃっていいんだな。盛大に暴れてやるよ」

 そしてカズは、俺の願いとは真逆に暴れて、そこら中の物を落としまくった。信者達は、驚いている。悲鳴を上げる女、立ち上がり呆然とする男、お経を唱え始める老婆。

「もうやめてくれ」

 俺はそう叫んだ。

「ぎゃははは。わかったよ」

 カズはそう言うと、ピタリと超常現象は収まった。

「はい、野呂瀬さん。辻林さん、ありがとうございました。それでは皆様、早速ではございますが、本日の聖なる品物をご覧頂ければと思います」

 そう言うとドアが開き、宮野がペットボトルに入った水と壺を持ってきた。

「まずはコチラから。これは聖なる水です。神の子である野呂瀬さんの霊力を、この水の中に集めています。この聖なる水を飲むことで、体内から野呂瀬さんの霊力の力を授かることができて、皆様は守護されます。健康状態の改善、事故の予防、不幸な出来事に陥らないようになります。聖なる水は飲めば飲むほど、その効力は強まっていきます。この聖なる水が、なんと格安の一本一万円です。さあ信者の皆様、今がチャンスです。買う方いらっしゃいますか?」

 誰がそんなものを買うというんだ。俺はそう思ったが、次から次へと信者達は手を挙げていく。

「十本くれ」

「私にも三本頂戴」

「百本下さい」

 次から次へと飛ぶように売れていった。早く何とかしなければ、被害が増えていく一方だ。何か防ぐ手はないか。

「はい、これで安心ですよ」

 町田はそう言って、聖なる水を買った信者に手渡していく。そして用意していた全ての水を売り終わってしまった。

「はい、本日の聖なる水は完売しました。また野呂瀬さんの霊力が回復次第、力を込めてもらいます。野呂瀬さんは、我々信者の為に自らの身を犠牲にして尽くしてくれています。まさに慈悲深き、神の子です。本当にありがとうございます」

 町田が野呂瀬に向かって深々とお辞儀し、感謝の意を伝える。すると信者達も立ち上がって、野呂瀬にお礼を言った。中には泣き出す人、握手を求める人もいた。

 信者達の商品の支払い方法は、現金一括払いのみだ。クレジット払いや分割での支払いには、一切応じない。これは現金でその場で支払うことで、証拠が残らないようにする為だ。町田は、次から次へと信者達から現金を受け取り、聖なる水や壺を渡していく。あまりにもボロすぎる商売だ。彼らは野呂瀬達を信じて止まない。完全に洗脳されている。一刻も早く、ここにいる被害者達を救済しなければならない。今すぐ逮捕するか? いや、まだ確固たる証拠がない。

「それでは、本日の聖なる会は終了とさせていただきます。皆様、送迎のお車を用意しておりますので、ご案内致します」

 町田はそう言うと、信者達を引き連れて、外の方へと歩いて行った。

「辻林君、上出来だよ。これからも君には、聖なる会議に出てポルターガイスト現象を起こしてもらうよ。信者達は、ますます信じるようになるからね」

 冗談じゃない。すぐに証拠を見つけ出し、お前ら全員逮捕してやる。

「それじゃ、事務所に戻ろうか」

 野呂瀬はそう言うと、事務所の方へ続く階段を上っていった。俺も後を追いかける。

 事務所に戻ると、各自それぞれに作業をしていた。宮野はパソコンを使い、何やら新しい聖なる商品の新作を考案していたり、聖なる水に張り付けるラベルを作ったりしていた。月島もパソコンを触りながら、全国各地にある架空請求グループに指示を送っていた。時々電話がかかってきて、固定電話で対応していた。信者達のお見送りが終わって事務所に戻ってきた町田は、次の聖なる会で喋る内容の原稿作りをしていた。これが普通の会社なら普通の光景なのだが、ここでは犯罪が行われている。決して許すことはできない。早く証拠集めの為に動き出さなければならない。

「あの、俺は何をすれば良いでしょうか?」

 野呂瀬に聞くと、野呂瀬は少し考えるような素振りをした。

「うーん、そうだね。辻林君の一番の仕事は、聖なる会でポルターガイスト現象を発生させる事なんだよ。それ以外は正直、順調だ。上手く回っているんだ。だから彼らが困っている時にでも、サポートしてあげて欲しいんだ。ほら、猫の手も借りたいくらい忙しい時てあるだろ? そういう時の為にね」

 それぞれのサポートか。それは俺にとって願ってもない事だ。それぞれの仕事を手伝う振りをして、証拠を集める事ができる。

「あ、痛い痛い。すみません、また腹が痛くなってきました。今度は便秘じゃなくて下痢かなー。ちょっとトイレに行ってきます」

「待って、辻林君」

「何ですか?」

「ここでのルールは、トイレに行く人は、スマホを机の上に置いていかなければならないんだ」

 スマホを持ち込めないのか。まあどちらにしろ、ここはスマホの電波が通らない特殊な建物だ。どちらでも良い。

「分かりました」

 そう言って俺は、スマホを置いてトイレへと駆け込んだ。

「……ううっ……うっ……ううっ……」

 俺はトイレに入った瞬間、気が抜けて泣いてしまった。

「カズ、俺はっ……」

 涙がこぼれ落ちる。

「そうだな。お前は詐欺に力を貸したんだ」

「ううっ……ううっ……」

「ぎゃはははは。何泣いてんだよ」

 カズは、俺の泣く姿を見て、ひたすら笑っていた。

「くっ……ううっ……ううっ……。俺は……あの場で何もできなかった」

「そうだ、お前は無力だ。確固たる証拠を突きつけなければ、あいつらを逮捕する事ができないんだ」

「俺に……俺なんかに……アイツらを逮捕する資格があるのか……?」

「ぎゃははは。お前、今更何言ってんだよ。お前が逮捕しなくちゃ、アイツらは一生ああやって遊んで暮らすぜ? 犯罪者を許さないのがお前の信条じゃなかったのか?」

 そうだ、俺はアイツらを逮捕する。俺は警察官だ。困った人達を助けるって決めたじゃないか。アイツら全員逮捕して、俺のこの罪も償うんだ。アイツらを捕まえて、被害者達にお金を少しずつでも、俺の給料の中から返していくんだ。

「証拠を集める。月島達を捕まえるのは簡単だ。だが野呂瀬だけは、証拠がつかめない。野呂瀬を捕まえる為の決定的な証拠が欲しい。何か……何かないか……」

 俺は考えを巡らせる。野呂瀬を逮捕する為の決定的な証拠。

「ぎゃははは。そんな簡単なことも分からないのか?」

「何だと?」

「野呂瀬は政治家と繋がってるんだろ? 政治家に賄賂を渡してるんだろ? だったらその金の受け渡しの瞬間があるはずだ。そこを狙うんだよ」

「確かにそうだ。だが、あの慎重な野呂瀬が、簡単に金の受け渡し現場を誰かに見られるだろうか?」

「大丈夫だ。俺がいる。お前には俺が付いてる。俺が指示してやるから、俺の指示通りに動けばいい。ぎゃははは」

 カズは楽しそうに笑いながら言った。

「そうだな。俺は一人じゃない。お前がいる。俺とお前が一緒なら何でもできるよな」

「そうだぞ、そうだぞ。ぎゃははは」

 妙に笑っていて何を考えているのか不安だけど、コイツと一緒ならどんな問題もきっと乗り越えられる。俺はそう確信した。やってやるさ。やり遂げてやる。

 俺は覚悟を決めてトイレから出てきた。

「野呂瀬さん。俺、精いっぱい皆さんのサポート出来るように頑張ります」

「ありがとう」

 野呂瀬は、微笑んだ。

そして、野呂瀬を逮捕する為の証拠集めが始まった。俺はまず、野呂瀬が政治家へ金を渡す現場を押さえる為に、野呂瀬の行動を監視する事にした。

しかし野呂瀬は多忙なため、なかなか監視する事が難しい。そこで俺はカズを使い、野呂瀬にバレないように見張りをさせることにした。

それから数日が経過したある日の事だった。俺はいつものように腹痛の振りをしてトイレに駆け込んだ。

「カズ、野呂瀬の様子はどうだ? 何か変わった動きはあったか?」

「ああ。今日、野呂瀬は政治家の菊池十郎に会う予定だ」

「何だと? あの大物である菊池十郎と繋がっていたのか。だから野呂瀬も強気なのか。しかし、それが分かったとしても、どうやってその現場を押さえればいいんだ。スマホは没収されているし、大泉さんに連絡を取る事もできない」

「ぎゃははは。俺に任せろ。今までほとんど黙ってたけど、そろそろ俺にも暴れさせろって♪」

「どうするんだ?」

「いいか? お前は俺の言う通りに喋り、指示通り動け。野呂瀬逮捕まで、俺がばっちり導いてやるよ」

「お前に任せて大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫♪ 俺にも活躍させろって♪」

「わかった。これはお前の無念を晴らす為の戦いでもあるからな。いいだろう。お前の指示どおり動いてやる」

「さすがお巡りさん。市民の味方♪」

 そして俺は、トイレから出てきた。

「よし、それじゃやるぞ。まずは俺がポルターガイストを引き起こす。そうしたらお前は、やめろ、やめてくれって言いながらうろたえろ」

 カズがそう言うと、暴れ回って辺り一面の物を落下させてポルターガイスト現象を引き起こした。

「や、やめろ。やめてくれ」

「な、なんだ?」

「どうしたんだい? 辻林君」

 カズは、ぎゃはははと笑いながら、俺に次の指示をした。

「俺のスマホを貸してください。早くって言え」

「俺のスマホを貸してください。早く」

 そのうろたえるような声を聞いた月島が、俺のスマホを手渡してくる。

「アイツが怒ってる。今、力を溜めている。このままでは全員呪われるって言え」

「アイツが怒ってる。今、力を溜めている。このままでは全員呪われる」

「ど、どうすればいいんだ。辻林君」

「俺がここから遠くに離れれば、皆さんを巻き込まないで済むって言え」

「俺がここから遠くに離れれば、皆さんを巻き込まないで済む」

「だから外に出してくださいって言え」

「だから外に出してください」

 俺はうろたえながら、とにかく演技を続けた。

「わ、わかった」

 町田も動揺している。

「ぎゃはははは。名演技だな。良いぞ。お前、役者もいけるんじゃないか? 警察官クビになったら役者になれよ。よし、次だな。俺がコイツをなんとかします。皆さんに会えてよかった。さようならって言って、涙を流しながら走って外に出ろ」

「皆さんに会えてよかった。俺がコイツをなんとかします。さようなら」

 俺は涙を流しながら走った。いや、こんなので大丈夫なわけがないだろう。

「辻林君……。君は僕達の為に……。ありがとう……」

 宮野も涙を流しながら、俺に感謝した。

 そして俺は、そのままあっけなく外に出ることに成功した。

「ぎゃはははは。楽勝だっただろ」

「なんでこんなに上手くいくんだよ」

「そりゃ俺の考えた作戦だからな」

「まあいい。とにかくまずは、大泉さんに連絡だ」

 俺は大泉さんに電話をかけた。

「もしもし、辻林です」

「良かった。無事だったか。君のスマホのGPSが全く反応しなくなったから、ピンチなのかと思った」

「ええ。奴らのアジトは、特殊な構造の建物で電波を通さないようになってたんです。スマホは没収され、連絡が一切取れない状況でした」

「そうか。だが今こうして連絡が取れているということは、脱出できたんだな?」

「はい」

「そうそう。野呂瀬が金を受け渡す場所だけどな、あいつは三丁目のB倉庫に向かったぜ」

 横からカズが言う。

「それよりも大泉さん。今から言う場所に警察官を待機させて下さい。詐欺グループ全体のリーダーである野呂瀬が、大物政治家の菊池十郎に金を渡す現場を取り押さえて逮捕します」

「わかった。急いで向かわせる」

 俺は道の横に停まっていたタクシーに乗り込んだ。

「大至急、三丁目のB倉庫に向かってくれ」

 そう告げると、タクシーは走り出した。

「ぎゃはははは。いよいよ最終決戦だな」

「ああ、ついに。ついにここまできた。野呂瀬と菊池を。トカゲの頭を必ず潰してやるんだ」

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