乱世の終焉、治世の開闢
よく喋るなコイツ。と婚約者の名前を紹介するタイミングを見失ったルチアは、最初こそは真面目に頃合いを伺っていたが……諦めたのか暇潰しにマイクを回し始めた。
「僕は今猛烈に感動している。忙しい中時間を作ってくださった皆さんが……まだ人生経験もろくに……積んでいない……青二才である僕の話に耳を真剣に傾けてくれて……」
緊張等無縁の傑物とはいえ、やはり子供、感極まって泣いてしまう。
突如の曇天は世界全土に、つけいる明確な隙を与えてしまう。
事実、堂々としていたんだけどな。や、泣いてる姿も可愛い。だの、うーん男らしくドッシリして欲しかったな。と多種多様な評価が傑物に送られる。
相手に隙をつくる一番簡単な方法は、こっちが先に隙を見せること。
その実践によって、世界には感情の起伏ができてしまった。
従兄弟がもって来たハンカチの下で、ギャン泣きしているモードレッドはその時を、ベストタイミングを持って産まれた直感で読み取ってしまう。
「そんな皆様に心からの感謝を」
それは全てを溶かし、他人を暖かな優しさ溢れる心へと変貌させる。
紛れもない太陽の笑みであった。
たった一つそれだけで……人の領域は灼熱!!!
──聖帝がやっている事は、はっきりいて暴君や悪王と何も変わらない。
だが、一つ言えることは何故か世界がそれを許していた事、それも真心から受け入れ、良い方に捉えていたという事実。
そうでもなければ、聖帝の号を許されない程の業を積み重ねているだから──
宿命に選ばれし異形が持つ最強の武器は愛嬌。
それが人の領域でもっとも優れた武器である事は説明にかたくない。
まだ清らかな太陽は、己の光量によって輝きを増した宿敵の存在に気づいていない。
えっ、何これ聞いてないんだけど?知らないんだけど?誰?怖いよ!!というルチアの疑問が開戦の合図。
力尽くで名前も覚えていない少女からマイクを奪うはグレテンの王子。
(ほぅ、なかなか端正な顔じゃないか。そうだな僕のサインを服にでも書いてやれば家宝にします。といって嬉しそうに下がるだろうし、それでいいだろう。充分に事はすむし、観客の評価をさらに上げれるぞ。)
宿敵の乱入があっても、主役たるモードレッドはどこまでいっても泰然自若。
事実大人の介入を止める余裕がある程に、それを察するは従兄弟。
「この下郎が!イビルディアの新たな帝を前にしてなんだその不敬極まりない態度はどういうこ……」
熟成された憎悪が虐待紛いの鍛錬をもって纏うは遺伝子調整をされた肉体。
それは当然の結果とばかりに一撃でアーロンを沈めた。
本能がもたらすは恐怖。
圧倒的な暴力に、同系統なのに建前を重視するモードレッドは大人を呼ぼう。として……しまった。
宿敵につけられたのは一生消えない傷。
何をしようにも疼くそれが、雄としてのコンプレックスを刺激し……悪意が傑物をドス黒く染め始める。
それは太陽と月の邂逅。
名勝負、名対局といったモノには、実力の近い相手が必要。
退屈な一強状態を望むギャラリー等存在しないのだ。
──これは乱世を生きた主人公が……宿敵を暴力でねじ伏せる物語。
その主人公であるモードレッドが……彼ならばの話であるが。──
突如、始まるは夜の時間。
それは冷たく、暗く、恐怖と悪意を駆り立てる。
「全ての人間が僕の下僕だ。世界の頂点たる僕だけが顎で使う権利を持っている。」
確固たる決意のもとに、世界征服宣言をするは端正な顔の王子様。
引っ込めー!死ね!見た限りグレテン人だ!という叫びが征服王の幼体には心地よくて仕方ない。
イビルディア帝国の文武官達が目を血走らせ睨もうが、世界の頂点にはどこ吹く風。
理由はシンプルにしてベスト。
背を丸め目標を見失った弱者になるよりも、殺気向けられし茨の道を堂々と胸をはって歩く覇道の方が、簡単だと知ってしまたから。
だが、天倫の差は絶対だった。
違うよ。と美しい声が……だが続かない。
勝てる勝負に怖じ気つくという不思議は人の特権。
タイミングを読めてしまうが故に、異形の帝はダマッテ、しまった。
(僕がひいた?違う。違う違う。じゃあ何故今言わなかった。口で駄目なら腕っ節で……あぁムカつくな。)
将来的に男として勝てても、年齢差がある今雄としては勝てないかもしれない。と一瞬でも思わされたが故に湧き上がるは負の感情。
一生拭えない後悔が……世界の中心たる太陽を真っ黒に染めきった。
二人の産まれた年が同じならばきっと終焉の儀は無かったであろう。
「バケモノはイケメンの王子様に負けるのが役割だろ。そういえば君の名前は知らないな……あぁ、名乗らなくていいよ。そっちの方が、醜いバケモノには名無しが相応しいだろ。」
(ハリボテが……僕が主役の舞台を汚しやがって!何だよその目はおかしいだろ?絶対に名前すら覚えてやらない、仮に覚えても秒で忘れてやる!あぁムカつくな。)
後の聖帝と未来の征服王はここで初めて目をあわす、事すら無かった。
怒髪天を衝けば誰だってそうであろう。
「何この乱入者?聞いてないんだけど、モードレッドは主役だけど何でもしていい訳じゃない!あぁボクの経歴に傷がついたじゃな……」
「これは優れた男の問題だ誇りとプライドを持つ強き雄にしか分からない!どうせ若いうちに結婚して交際相手の庇護下に入り、優秀な配偶者と同一化することしか考えられない、自分で何かを成そうとする志すら無い分際で文句を垂れやがって!いい加減にメスガキは黙ってろ!……うん?考えてみれば、今世界の頂点たる僕を呼び捨てにしたな。不敬罪で獄に繋いでやる!!!」
話を遮り吠えるモードレッドに、女の盛りは年を取れば取るほど磨かれる事を知らない無知蒙昧なアホに対して、何コイツ?初対面の女子にここまで怒鳴るとか器が小さ。プラス強さを履き違えているな。と素直に思うは後の帝妃ルチア。
「ハワワ、本当に凄かったです。モードレッド様の言葉は心底胸に響きました。私は感動が止まらなくて、妻になれる自分が誇らしくて……」
「うん待ってね。ここまでスピーチを褒めてくれるのは嬉しいが、名前も知らない君を妻にするというのは流石に……」
初対面の少女が訳のわからない事を言い始めたので、何とか制止しようとするのはモードレッド。
「何を言っているんですか?私は自分で言うのも変ですが超がつく程の面食いなんです。しかも何かビビってるのか腰が引けてるし……新帝さんはモードレッド様と違って男性ホルモンが足りてませんね。最近は注射とか……うわ〜針を怖がって目とか瞑ってそう。」
頭と育ちが悪すぎる故かライラの口からは、いきなりの罵倒。
そのせいで名前の持ち主は、最悪な事情を察する。
君もほらイビルディアの帝と同じ名前じゃ不便だろ。と、綺麗なハリボテに対して改名を請求するは、式典の主役にして乱世の主人公たるモードレッド。
「えー、かの聖王を超える存在が同じモードレッドという名前だから格好いいのに……えっ、同じ名前なの?最悪なんだけど改名してくれない。」
「母モーリン・マモンと父アルドレッド・アモンからあやかり伯父上がつけてくれた大切な名前だ。変えるくらいなら死ぬ。」
あっ、そうじゃ今死ね。とりあえず殴るけど我慢できなくなったら五体投地しろよ。頭を思いっきり踏んで格付けしてやるからな。と嬉しそうに本能剥き出しでバケモノへ歩を進めるは、端正な顔をした征服王の幼体。
はぁ、流石に僕の事を舐めすぎたろ。と向けられた狂気に対して、ただ早く産まれただけの雑魚かもしれないし。と勝機を見出し構えるは、未だ完全に外聞を捨てきれない異形たる聖帝の幼体。
二人のモードレッドがおこそうとした喧嘩は、世界の介入もあって不完全燃焼。
──子供の喧嘩をさせておけば……と先を知る者は口にするであろう。──
「全ての人間が僕の下僕だ。世界の頂点たる僕だけが顎で使う権利を持っている。」
「違うね。全ての人間が僕の奴隷だ。世界の中心たる僕だけが苦役を強要する権利を持っている。」
互いに視線を合わせないのは、双方が見下しているからであろう。
二人の思考はどこまでもワールドイズマイン。
絶対あの時、完全燃焼させた方が良かっただろうね。と思うのは、圧倒的な有利盤面を放棄してまでタイマンを望んだ旦那のおもりをする帝妃ルチア。
彼女は、男がもつ馬鹿らしくて下らないがとても大切なモノを知ってしまった。
確かに、相手の土俵でねじ伏せたいという感情……事実女の身でそれを持つ者は希少。
だからこそ夫にはそれを成しとげ、プライドと自尊心を取り戻して欲しい。と心からヤりたい放題の権化たる女神に祈……って大丈夫なのかな?と信仰を疑う。
「ふん、やはり君とは一ミリたりとも気があわないし、醜いバケモノの感情等理解したいと思わないけどね。」
「黙れ見た目だけのハリボテ。君と僕が同じ方向を向くなんて厄災で最後だ、世界そのものが危機になった時ですら本当に嫌だった。まぁ、そっから一度たりとも同じ事を考えた事は無いと断言できる。」
ハワワ、流石はモードレッド様。宿敵たる聖帝すらも自分と同じ思想に染めて……あれ?自分色にしたって事は愛してるの?同性愛?と訳わからない事を考えだしたのは王妃ライラ。
彼女は夫がどう考えても生きるのに邪魔な強すぎるプライドと、過剰な程に絶望を引きずる潔さを持っている事を知っている。
だからこそ、その重荷から解放される事を心から願う。
「厄災の時出し抜きやがって、いいところ持っていきやがって絶対に許さん。くそが世界の頂点たる僕の言うべきセリフを取りやがって!シンプルに大嫌い!」
「ざまーみろ。本当は世界の中心たる僕に憧れてんだろ?サインしてやろうか?ぼくぅー!」
「おっ、早く寄越せ!目の前で破ってやるよ。どっちが人の上に君臨すべきか証明してやる。」
「
成長した二人のトラッシュトーク。と言うには……あまりにも考えが足りずに行われる幼稚な口喧嘩は長々と。
「はい、それでは長らくお待たせしました。決戦の場であるラムカンの丘が、グレテン領でありますため戦争法に乗っ取り、イビルディア帝妃ルチア・ルシフェルが開戦の合図を務めさせていただきます。」
単純なる暴力という、老若男女全てが同じ尺度を持ち、素人でも理解できる絶対にして究極の真理。
禁じ手無し故に、誰も文句をつけられない……すなわち完全な決着。
ここで武器や凶器を持ち込もうなんて考える奴は、救いようが無い小物。
(本当にムカつくハリボテだったよ。歩不相応な二つ名の隣に敗北を刻んでやる。)
(マジでイライラさせるバケモノだな。まぁ、完全なる勝利を手にした後に、聖以外の文字をつけてやるか。何がいいかな〜)
それを背中合わせの二人は未来を想像し、別々の結末に脳内でたどり着き……呵呵大笑。
始め!!!という号令を合図に、二人は前方へ歩き出す。
双方の動きによって、一秒ごとに二歩分ずつ開いていく距離。
十歩目を踏んだ瞬間、同時に振り返り……当然互いの視線が初めて対等にぶつかった。
モードレッドが見た異形の真剣な表情が克己の証明であり、モードレッドが見た美形の必死な表情が実績の証明である。
「「やってやろうじゃねぇか!モードレッド!!!」」
その咆哮は宿敵と認めた存在に対し向けられたものか、自分を奮い立たせるために言ったものかは分からない。
この日、この時!獣の領域で、二人は持てる全て、即ち世界の覇権を賭けて全力で激突。
言い訳も再挑戦も許されない、一回コッキリのガチ喧嘩。
人理に刻まれし悪意と憎悪の真実。双方が求める決着は今。
これから先の世界を開くために、乱世を終わらせるために……それは建前であろう。
本音たるは二匹の雄が思う存分……ただ雌雄を決するために!
殺すのでは無く屈服させる。
そんな難題を望むは、世界を望むふりをした強欲の化身達。
──終焉の儀で勝ったのはモードレッド。
残された資料には大事な部分は書かれてない。
でも勝者が誰かは歴史故に知っている。
乱世の主人公たる終焉の使者を下した美男子は……開闢の統治者になる事はできなかった。
なぜなら
映像端末の先で、世界の行く末が決まった。
それは二人の男が、誰にも文句を言わせない方法……すなわち一対一の喧嘩によって。
だがその結果は世界中が、未来の人間すら納得する様なモノでは無かった。
何なら文句を言いたくなる様な……それでも黙らすのは敗者の潔さか。
最期のぶつかり合いを前に気を失った存在が立ち尽くし、偶然によって地べたを這う存在が笑いながら……あ~楽しかった。でももう一度はいらないかな。と言った後素直に、心のままに敗北を認める。
世界全土を賭けた戦いにも関わらず生殺与奪を握った方が……何かを悟った様に勝利を譲る暴挙。
いや負けた本人からすれば己のベストオブベストを耐えられ、綺麗にカウンターを合わされた時点で……負けた結果を濁す気等微塵も無くなっていたのであろうが。
世界の軸たる暴力がもたらした結果に、つばを履く事等天は許さないのだから。
何なら勝者ですら最期まで変える事も、濁す事もできなかったのが史実。
(それだけは、それだけは王の妻としてさせません!)
倒れそうになる夫を、勝者たるモードレッドを支ようとするライラを、アララ。と言わんばかりに重瞳で眺めるはモードレッド。
「女として、妻としては後から悠々と出たボクの勝ちだね。」
対戦相手のダッシュを確認し、格の差を見せつけんばかりにわざとゆっくりと歩き、夫たるモードレッドを抱くのはルチア。
「僕も丁度そう思ってたところだよ。だからこそ本気で勝ちたかったな。」
そのため息に、お疲れ様。と返された事が異形の敗者には嬉しかった。
美青年の青い瞳がその光景を映していない事など言うに及ばず。
どんな理由や感想を述べようと、それでも勝者の二つ名は征服王。
終焉と開闢のモードレッド ふわポコ太郎 @yuusho
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