運命への反逆
もうすぐ務めが終わる。
そう思う。と不思議な程に名残惜しく。
なんて、なるか帰ったらお風呂入って寝る。と開き直り……では無く素直に思いつつルチアはマイクに力をこめる。
坂ダッシュのラスト一本だけは皆速くなる現象……それは古今東西変わらない。
「大変お待たせしました。最後にまだ幼き女神に変わり、人の身でありながらもイビルディア帝国をおさめて……」
ぶっつけ本番で違うパターンを持ってくるのは止めて。と脳内で思いっきり婚約者をぶん殴る程度に少女は絶句。
視界の端に、仮面をつけた存在がいれば誰だってそうなるだろう。
そう思わせるほどにワガママな本日の、もとい乱世の主人公がおっぱじめるは予想外の動き。
実際にダッシュで舞台の、否世界の中心へ颯爽と躍り出た。
ただ走るという動作だけで、瞬発力と身体を使いこなせているかの判断を済ます連中は……すなわち武官達は、ホウ。と良個体を見た故関心。
本当にイビルディア人は奇をてらうのが好きね。とつぶやきながらも機先を制されたグレテンの王子同様世界は未だ勘違いをしている。
もはやこの時点で……明確な線引きと格付けは終了していた。
──人の目を引く程度でいいのならば奇をてらうだけでできる。だがそれは長続きしない。
好奇な目で見られるという、残酷で凶暴な行為を平然と受け流すのは器量か才覚か──
事実、壇上の中心で静止するのは仮面をつけたモードレッド。
彼のしょうもない一発コッキリ視線誘導策に全員の目は集中。
何故か目線を切られない。という事実に世界が気づくのはもう少し後である。
それを感じ取った世界の中心たる少年は、クルっと世界全土を見据えるように廻り、執事たる従兄弟にマイクを持ってくるよう合図を出す。
動いているモノに目線を持っていかれるのは、生物の性。
そして、その隙に漬け込むかの様に、右手にある六本の指がいっきに仮面を外す。
突如、として顕になるは想像外の異形。
間違いなくこの場の視線全てが、巨大な恒星の様なナニかに引き寄せられた。
綺羅星の如き才が集まる乱世。
人々が争い、奪い合う事が当たり故、開けない夜を強弱優劣関係なく思わせていた。
そんな暗黒の時代に突如太陽が顕現してしまった。
モードレッドの天賦に理由を求めるなど、一目惚れの理屈を探す並の馬鹿げた話。
すなわち美しき者に人が集まる。という常識はいくらでも叩くことができるし、ごまかしたり話をそらす事ができる。
だが、この場に存在するモードレッドが発する魅力は、全てを捻じ曲げる負の信頼感によって肯定されてしまった。
──端正な顔という追加点どころか、先天的奇形というハンデすらもねじ伏せるは魔性のカリスマ。──
これを演技力ごときで真似するなど、不可能極まり無く、仮にできたとしても……どこかに偽りが生じてしまう。
人という生き物はソコを敏感に感じ取る。
故にモードレッドの才能は努力で得れるモノにあらず、持って産まれなかった存在はただ涙を流す事しか許されない。
「無理だ。あんな人外のモノには誰も勝てん、王の時代まで持ちこたえても……そこから先に見えるは打倒されたグレテンの旗。征ってきなさい己の真価を現世に知らしめるため」
悲観の未来を二番目の国家たるグレテン王族に見せつける程、傑物が持つは圧倒的な天倫!すなわち人の上に君臨する者としての才は突出している。
事実、文武高低強弱雌雄老若優劣問わずして、余すことなく視線と興味を引きつけているのだから……ただソレにおかしな反応を示す者が、よりにもよって宿敵になりえる存在がいてしまった。
「よくも僕に嫉妬させたな。王になるために作られた存在故絶対に君だけは認めん。」
器が小さすぎて怒りの感情溢れる美少年は、目的をはたすために、運命を変えるために世界の中心を目指す。
はわわ、モードレッド様一生ついていきます。と月に恋い焦がれし少女は、あっさりと太陽の引力を振り切って見せた。
──醜いモノは一瞬だけならどんな綺麗なものより視線を集め、普通ならすぐに視線をキられる。そんな事実や常識は聖帝に通用しなかった事を歴史は
「あぁ、私は今まで猿と変わらない価値観に生きてきた。ルッキズムこの世に存在してはならないもの。即ち害悪なり」
「美しいものを見る。その行為が如何に不純で浅ましくおぞましい事だと教えていただいた。何故なら見る。という己が行為に主題がおかれていないのだから……妖精は実在した!」
「あぁ、このお方はまさしく天の使いもしくは精霊……我らの上に浅ましくもふんぞり返る愚物とは雲泥の差も甚だしい!」
外見も今知ったばかりの、名前すら知らぬ異形のアクションを期待する。という何事かの力が関与しなければ絶対に不可能な暴挙がこの場を牛耳っていた。
どこまでもモードレッドの重瞳に写る世界はただ美しく、観客は好き好きに主役に対する感想を述べる。
これは世界の中心にとって、退屈とは真逆の良環境。
才能と適正ある者が天職に就いた。ただそれだけである……が足りない!
故にそれ以上の熱を作り出すために、より強い灼熱でこの場を焼き切るために、機を待つは未来の聖帝。
緊張と緩和が生み出すは期待と注目。
好機、チャンス、それらと評される勝負所を重瞳は見逃さなかった。
「僕には夢がある。全ての人間が同じ価値観、同じ文化、同じ尺度で生きる統一国家の実現。」
いつ話すんだ?という期待のピークに完璧なタイミングで一言。
開いた手はまるで世界を包み込むように……
それは澄んだ風の様に耳へと入り、心地よく脳を揺らし、ずっと聞いていたくなる程の美声によって紡がれるモードレッドの夢。
「貴方様ならできます。我々も微力ながら協力させていただきます。ガガガうっ、タノシミデシカタナイ。宗主国に反乱をしてこの人に世界を獲ってもらうぞ。」
「あぁ、この方が全てを統べてくださるのならば我々は土地を失う事も無かった。あれ?でも我らを難民にしたのはイビルディア帝国であって……ガガガウウウ……まぁ、いいやそんなくだらない事は、ウオオやってくだされ。」
「理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能。理解不能という事は、分からないもしくは推し量れ無い。ということです。」
ギャップが人の評価や価値観をもっとも揺らす事など説明する必要もないだろう。
事実、異形の容姿からは想像もできない、天上の美声がもたらした結果は、モブとギャラリーの価値観を粉砕し、乱世の主人公に都合よく作り変えていく。
モードレッドの天倫に侵食された領域で、グレテンの王子は元凶たる世界の中心へと向かう。
(綺麗事と建前で誤魔化しやがって、早い話が全部自分に合わせろって、どこからどうみても本音は世界征服宣言じゃないか。そんな素晴らしい事をしていいのは……世界の頂点たる僕だけだ。)
青い目を鋭くしながら意気揚々と向かう足が突如、止まる。
何かをやる前から結果が見えているのも人生。
本当に自分はできるのか?そんな業の深い事をして将来叩かれないか?グレテンの王として豊かに安楽に生きてもいいんじゃないか?と不安や安寧が突如湧き初め……それは魔性のカリスマが惑わす故に。
(何だ、アイツは醜いバケモノなはずなのに……ソウカボクハチガウンダ。あの方には遠く及ばない。だって僕にはこんな凄い事できないじゃないか。世界をとるのは選ばれた存在だ。僕は平伏し許しをこえばそれなりの生を謳歌できるじゃないか、それでイインダ。)
初めて会った自分以上の天賦を持つ存在に対し月は影を帯びてしまった。
世界の中心に向ける嫉妬心を克服したくても、現状の能力差が知らしめる事実は重く。
何の言い訳も妄言も現実は許してくれない。
(ソウダ。そうだ。誰も僕が世界をとる事など期待しない、何なら僕ですらあの人に征服されたいと思ってしまうし……それが正しい事なんだ。年も近いだろうし、きっと側仕えの雑務くらいはユルしてくれるだろうシ)
初めての挫折はあまりにも重く、自己評価を圧倒的に下落させるには充分だった。
王になるために作られたサラブレッドの足は、運命を受け入れ……止まる。
が、必要以上に萎縮する美少年は後ろからの衝撃を受け、意志とは無関係に一歩だけ前に踏み出した。
──それは本当に世界地図を、歴史すらも塗り替えてしまう一歩。
あってはならない事が起きてしまった。──
思い人の予想外な行動に、ハワワ。ごめんなさ……という声をあげつつ謝罪しようとしたライラは見てしまった。
少女の目には自信を完膚なきまでにうち崩され、無様に背中を丸める人間の姿。
少女の目には何かを成そうとする意思すら奪われ、異常な早さで呼吸を行う哀れな異性。
少女の目にはどこまで取り繕っても惨めな……闘争心という本能さえも失ってしまった弱き雄。
この世でもっとも価値の無い存在を見る、ライラの評価は辛辣でありながらも的を射ていた。
「今のモードレッド様は何かかっこ悪いですね。いやもうただ純粋に本当にダサいです。見てるだけで生理的な嫌悪感すら覚えますよ。何でこんなのとの間に一瞬でも子供が欲しいと思ったんだろ?」
負の性欲が導き出した結論は、無価値な格下と断定した存在に対して心のままに罵倒をつむぐ。
だが、それは何も間違っていない!女性は劣等を愛す事はできないのだから。
──この日、この時、この瞬間をモードレッドは忘れた事が無いだろう。と歴史家は断言する。──
僕がかっこ悪い?と口にしながら、目の前に立つ名前すら知らない少女に対して
「下賎の娘が利いたふうな口を抜かすな!僕はありとあらゆる事を考えた上で、あのお方にグレテンは降伏し統治していただく事こそが幸せだろうと……あぁ、イライラするな!」
「格上の殿方に負けた腹いせで、下賎の小間使いに当たり散らす程度の器量をもって思慮なさったんですね。ハイハイ全て分かりました。女王陛下が崩御された時がグレテン王国の終わりですね。」
男が女に振るう怒りなんて、当然負け犬の遠吠えと認識され鼻で嗤われてしまう。
戦うべき相手を勘違いしている様な愚か者に対する反応は皆同じであろう。
格下に馬鹿にされた事もあって、臨界点すらも超えるほどに湧き上がった怒りの感情が、絶望の縁に沈んだグレテンの王子にある事を気づかせた。
それは偶然の一歩。
僕は前に進みたいのか?傷つくのは分かっているのに?歴史に名を刻めるかも分からないのに?と己に湧いた疑問に対して、フフフ。と本心からの笑いが返る。
少女の目には完全に自信を取り戻し、真っ直ぐに背中を伸ばす人間の姿。
「あれ?何か急にカッコよくなってきた。何で?ハワワ何なら今まで見た中で一番かっこいいです〜。」
少女の目には成すべき事を見据え、落ち着いた様子で深く呼吸を行う好みな異性。
「あのバケモノめ、よくもまぁ、世界の頂点たるこのモードレッドに恥をかかせやがったな。イライラが止まらん。」
少女の目にはどこをとっても好ましい……闘争心みなぎりエゴをほとばしらせた強き雄。
この世でもっとも愛しい相手を見る、ライラの評価は盲目でありつつ、完全に的を外していた。
「そうです。モードレッド様以上に世界征服が似合うお人はありません。もうかっこよすぎて私が宮廷画家になれる程の産まれだったら……あぁ、もう無理、子供が望めないならせめて絵を産み続けたい。」
純然たる性欲が導き出した理論は、最高値を更新し続ける存在に対して心のままに好意をつむぐ。
名前も覚えていない下賤の少女が己に向ける感情。
君の名は?と問うモードレッドの目が染まるは性欲等という下卑たモノでは無く、どこまでも自分本位な王族思考。
それに気が付かなかった哀れな踏み台は、ライラです。と嬉しそうに即答。
「そうか。き、ライラのおかげで僕は一番大切なモノを取り戻せたよ。……グレテンに帰り次第世界の頂点たるモードレッドの妻になってくれないか?」
突然のプロポーズに、歪んだ運命に選ばれた事に、ハワワ一生ついていきます。といいながらオーバーヒートするは名前の主。
(……ったく、これで下賎の娘に罵倒された恥ずかしき事実は、未来の妻が発破をかけた美談。と歴史家は勘違いしてくれるな。)
残念ながら、モードレッドの小細工は未来に見破られてしまう。
他ならぬ己の手によって!
──征服王は歴史家から聖帝以上に間違いなく好かれている。
比べてる相手が、人格異常者や精神分裂症の疑いがあるそもそも人間かどうかあやしい上に、日記嫌いな聖帝だろう。という評価は隅に置いた上でなお、筆まめな性分が残した日記は現存し、乱世の現実を先の世へと伝えたからである。──
そんな未来等露も知らず、ただ純真無垢に宿命が待つステージへ加速。
運命を変えた美少年が携えるは克己と嫉妬……それが人を強く、生を味深くする事は語等るに及ばず。
自分以上に輝きを放つ存在を受けて、影を帯びた月は跳ね返すかの様に輝きを増す。
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