終焉と、開闢のモードレッド

──乱世の箔付けは簡単だ。

 ただ戦場で勲功を上げ続ければいい、すなわち万人全てが納得する強さ。を証明するだけの、猿でも分かるレベルの単純さ。

 

 しかし、殴り合いの場は男にしか許されない。仮にそれを許されても……そもそも喧嘩が強い女を同性は賞賛し、異性の大多数は愛するのだろうか?


 権利は平等なんだから女も兵役の義務を負え。などという出産を行えない性別の無茶苦茶な理屈を許せば、人口減の渦と少子化の波が国家を揺らすのは想像にかたくない。


 無論出産と育児をしておらず、産まれた家が低レベルな女は、去勢さるかされないかの瀬戸際たる弱い男達と労働に励む。


 そして、低スペックな二人のもとに遺伝の法則に従い……絶望の人生たる呪いは次の世代へ。


 差別上等、素晴らしきは貴族主義を地で行くイビルディア帝国では、幼いうちから名家の娘に難題をかす風潮があった。


 ただ名門に産まれだけでは、生家に誰もが羨む様な縁談の話は持って来れないのだから。

 

 何よりも自分より劣る下等な雌に、優秀な雄を取られないため……即ち配偶者による格付けの逆転を許せる女等いないであろう?──

 

「年は同じくらいに見えるけど、凄いなーイビルディア帝国は、箔付けのためだけにこんな大役を女の子にさせるんだ。」


 勝負所を見逃すような人間は男女問わず、劣等劣悪、即ち害悪である事など皆が分かること。

 

 モードレッドの青い目が見据える先では、自分がヒロインだ。と言わんばかりに堂々と目的地を目指す少女。

 

 その脳内ではファザコン特有の美化された存在が、異形の婚約者を思いっきりぶん殴っていた。


(ありがとう、もういいよ。さっさと脳内から消えてね。)


 緊張をとる。という役割を終えた脳内サンドバッグは静かに消えていく。のを確認し一息。

 

 ここから始まるは女の戦い。

 見られるという行為、視線という凶器。


 これらが自分に突き刺さるのを改めて感じながらも……イビルディアの帝妃として歴史に名を刻む少女の第一歩。


「大変お待たせしました。ここからはルチア・ルシファーが進行役を勤めさせていただきます。ではイビルディアの国防を担う武官と帝国が誇りし頭脳たる文官の紹介を……」


 土俵や舞台の上に立つ存在が感じているプレッシャー等、実際は空想にすぎない。


 実際は司会や進行を誰がつとめるか、何なら式典自体に興味のある人間事態がそうそういないのだから。


 事実として客席の熱は一か所をのぞいて変わらない。

 それはイビルディア帝国にとって……一応最強の敵に当たるグレテン王国が席どる場所。


「モードレッド、あの小娘だけは絶対に殺すぞ。いや四肢を切断した後便所に沈めて、王が聖水をかけてやるのも悪くないな。いや他にもやりたい事が山のようにあるな……せいぜい己を作り出した父親を恨むといい。」


 モルガナが燃やす憎悪に、ハイハイ。とそれが妄執で終わる事を察していたのか、適当にあわせるは端正な顔の息子。


 互いの配偶者が亡くなった後に、思い出話をする未来など……乱世いまを生きる彼には知る由など無い。


 そんな中でも退屈な時間がゆっくりと過ぎていく。

 それは無理もない、乱世を生きた文官の名前など余程の歴史好きでもなければ興味等持たないのだから。

 

「……文官の紹介も終わりまして、続いて神の血に絶対なる忠誠を誓う、ソロモン七十二柱の現当主を発表させていただきます。」


 やっべー寝てた。と口にし目をこするモードレッドの周りで、大いびきをかくは文官達。

 

 それを給料泥棒が。と口にするのは隙を見せることが許されない武官達。


 貴様も隙を減らしていかねばならんぞ。と憎しみ一つで退屈な時間をさばいてのけた女王に、ハイハイ。と欠伸で返のすは王子様。

 

 そんな中でも、バエルの姓を持つ白服から順番にステージへ上がっていく。


「アモン家当主アーノルド。七柱としての務めを願います。」


 己より家格が高いルチアに促され、ムフフ。と

いう笑いともに名前の主は世界を睨みにいく。


(ふーん、不正くじのハゲ頭はアモン家の当主なんだ。へー線二つの金プレだから中将で星は二つか……後で臣下に因縁無いか聞いてみようかな?殺したい程にムカついたし、いたら焚きつけてやろう。)

(ムフフ、寝てる人間もいるわネ。まぁ、どうせ全員跳ね起きちゃうでしょうけド)


 他国の王族に物騒な事を思われてる。とは露も知らず、七番目に呼ばれた大男は、甥っ子の前座を務める事もあり、身内の圧倒的な才覚の発露が楽しみ故に、公の場にも関わらず気持ち悪い笑みを隠せていない。


 いくつか名前を呼ばれただけの家名がある中。

「バティン家当主アイザック。十八柱としての務めを願います。」


 かの家と関わり深いルチアの声に会場はざわめく。


「あれ?雷閃の名字変わってない?えっ幼馴染と結婚して子供が三人もいる!ヨシ殺す。惨たらしく殺す。」

「メサクソ足が早くて先輩が何人も殺されたんだよな。それよりもいいなー、幼馴染と結ばれるの。俺は羨まくて仕方ないな〜」

「フットワークもクソうまいし攻撃を当てれる気がしないんだよな。あれ?お前に俺以外の幼馴染っていたけ……あっ、察したよ。菊門をひくつかせて今夜を楽しみにしていろよ。」


 ステージに上がった二つ名持ちの流星型に対して、まだ若い身でその圧倒的な才能を使いこなすが故に、同業者である武人達からかなり多くの反応があった。


 七十二番目であるアンドロマリウスの姓が呼ばれ、ステージ上の全員が形式状とはいえ頭を下げる。


 それに対して、会場もまた形式状の拍手で返す。


 そこに有るのはどこまでも薄っぺらく、アホらしいが紛うこと無き平和と正義の形。


 暴力が跋扈する乱世とはいえ、建前は治世同様大切にされる。


 そうでも無ければ、国連も戦争法も存在する訳がないのだから。


 多少は興味ひかれる名前があったな。……ウチは本当に小粒な連中しかいねぇな。と敵味方構わず、横暴かつ傲慢に振る舞うは王の資質。

 

 続きまして!とルチアの言葉は想定通りきられ、壇上には暗幕がおちる。

 大した事は無いだろうな。と誰もが思った。


 実際に、あからさまの準備時間に対する見返りは、大した驚きすらもたらさなかった。


 はっきり言えば能力があっても、常人にはこれが限界、すりきり一杯もいいところである。

 

 それ程までに、他人の興味をひくとは難しいのだ。


 事実、暗幕の右半分が上がり、車椅子にのった老人が取引先に微笑む。


「我らが神から遺言をいただいております。宰相としての優れた功績に報いる方法は一つしかないと……これより相国となるはブライト・ベルフェゴール。」


 昇格?というのも厳密には違うが、車椅子の老人が帝国にもたらした恩恵を考えれば、当然の人事という事もあり、反応は当然普通。


 乱世の終盤から次の最序盤を生きた支配者は、後世で足無しと呼ばれる。


──差別にならないのか?血のつながりは無い孫兼戸籍上の息子が足付きと評されるからコレ意外の呼び方は無い。──


(あらら、まぁ、ワシは前座だし別にええわ。)

 年を重ねたおかげか才というモノには、使い時があると知るブライトは世界に対して頭を素直に下げる。


「では同じく遺言によって、史上初の護衛者から軍への転属を命じられた。」

 リハーサル通りに、ルチアはあえて言葉をきった。


 瞬間、左側だけ残った暗幕の一部分が綺麗に吹き飛ばされる。

 ヒラヒラとしたモノに拳をあてて、この結果をもたらす事が難しいのは想像に難くない。

 

 出来る本人からすれば技量がもたらすただの結果。

 幾星霜、幾星霜、積み重ねた努力の発露!故に絶対裏切らない。


「生家の姓を再び名乗り、これよりは元帥を務めていただきます。ビュート・ベルゼブブ。」

 数多の犠牲者を出し続けた小男によって、会場がざわめき始めた。


 集団戦なら暴魔より強い男は両の手以上にいるが、サシとなるとどんな強者も嫌がる。

 膨大に発生する戦闘の択。


 ただひたすらにそれを捌くのが上手い故。

 成長障害を患うせいか、未だに全盛期が来ない武人。


 老いを否定する五体は、ただ純粋に技量と戦果を死ぬまで積み上げ続ける。

 会場に沸く悲鳴を……浮き沈みの両方が作れた事に壇上の二人は小さくて笑う。


 事実、己が前座と理解する小男と老人がニヤニヤしつつステージから降りたとき、あっ恐怖と興奮のるつぼじゃん……全部持っていくか。と口にしたモードレッドはいそいそと準備を始めた。


 目的は無論式典のジャック。

 自分の名を売るいい機会だと言わんばかりに、とんでもないワガママをしようとする息子に対してモルガナは、グレテンを潰す気か!と怒鳴っていた。


「女の身に産まれた母には永遠に理解できないでしょうが……ここで引いたら、他人の言う事を聞くようならば!僕は世界の頂点でいられない!!!」


 母を黙らすほどに、モードレッドの言葉と表情は真剣であった。

 我、主人公なり。と言わんばかりに未来の征服王は場違いな舞台を目指す。

 ここから始まるは運命への反逆とは知らず。



──終焉と開闢のモードレッド。

 描かれた光景は才を見せつける幼き聖帝の前に、端正な顔をしたモードレッドが啖呵をきった瞬間。


 それは、もう互いの日記にアレの名前を忘れられない自分が許せない。と殴り書く程に憎みあったのは歴史が知らしめる。

 しかし、同じ題材の絵画はもう一つあった。


 描かれた光景は勝ち誇る幼き征服王に、異形のモードレッドが怒りを飲み込む瞬間。

 絵描きとしては全く有名になれる訳が……なってたまるかと言いたくなる立場の女性が書いたにも関わらず、そもそも明らかに視点が反転しているにも関わらずタイトルは同じ。

 その訳は──


「すまなかった。こんな大事な時に離れて」

 後の聖帝たるモードレッドに、従兄弟は頭を深々と下げる。


「僕のためを思っての行動だろ。いいよいいよ間に合った訳だし、眼鏡似合ってるよ。いい感じに強面が薄れてるし僕の執事にふさわしい。」


 そう軽口を叩きながらインパクトとギャップをつけるために仮面をつけるのは異形。

 マモンの姓を持つ存在に、絶対の忠誠を誓う者達が深々と頭を下げつつ、目を妖しく爛々と輝かせる。


 新帝の器量を知るイビルディア帝国の武官と文官達は、本当に諸国は哀れだよな。と嬉しそうに語る。

「皆ごくろう。会場を暖めに行ってくるよ。誰が世界の中心か……観客にわからせてやらないとね。」


 稀代の傑物にして乱世の主人公、彼がいなければ治世は無かった。とまで後の歴史家に言われるは理外の存在。


 宿命に選ばれしモードレッドは、己が主演を務める即位式典へと、おおとりを務める暴力の時代へと確かに歩を進め……色濃く人の世に名を刻んだ。


 太陽の前ではどんな星も光を無くす……だが、月だけは輝きを増す。

 そんなホンの先を……今を生きる終焉の人が知る由もなく。

 

──同名の聖帝と征服王が狭き大地を取り合うは歴史。

 英雄は二人、されど世界は一つのみ!という綺麗事で済ませる事ができない事象。

 故に黒い太陽と影の月がタイマンで決着をつけ、世界の行く末を賭けたという馬鹿げた事実。


 モードレッドが乱世を終わらせ、モードレッドが治世を開いた……と言っていいのかな?と歴史家の間でも諸説有り。

 ただ一つ確実に言えることは、未来いまを生きる人間が享受するのは過去の積み重ね。──

 

 

 

 

 

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