15



 僕の足は重かった。物理的にも重い気がする。後ろからガイルが引き戸を引いて出てくる音が聞こえる。とん、とん、と靴を鳴らす音も。振り返らなくても、妹の愛夢(おくら)も何故か一緒に出てきているのが音で分かった。


 僕は振り返り、手を振りながら愛夢に言った。


「おくら。今日はお兄ちゃん達だけで出かけるから、留守番よろしく頼むよ。お願いだよ」


「いやだ、あたちも行く~。ガイルちゃん達と一緒がいい」


 妹が一旦こうなると僕では埒が明かないので、僕は玄関で静かに佇んでいる母さんに必死の目を向け、助けを乞う。


 母さんが出てきて、愛夢を抱き上げながら、笑顔で僕らを見送ってくれた。ガイルが突然頭を下げたので、僕は少し驚いた。彼が頭を下げるのを見たのは初めてだったから。


 中央公園で待ち合わせ、という事にしておいた。時刻は十二時半過ぎ。時計塔の時計と自分の腕時計とを見比べるが、別にズレているという訳でもなさそうだった。僕の腕時計を物珍しそうにガイルがジロジロと見てくるので、「何」と言うと、ガイルは目を見開いて、「いい時計だな」とだけ言って、それきりで向こうを向いて黙ってしまった。……何が言いたいんだ? 本当にそれだけ?


 秋に差し掛かっているとはいえ、日差しはまだ厳しく、Tシャツの下にうっすらと汗をかき始めたころ。群青 茜がようやく入り口に姿を現した。黄色のシャツに、青いミニスカート。あれ、なんだか攻めた服装だなあ。あんな服着てたっけ?


 茜はわざとらしく息を荒げながら、膝に手をついて僕らを見上げた。「ごめん、待った?」


 僕が待ってない、と言おうとしたら、ガイルが「少しだけ待った」と言って、僕らの間に少しの沈黙が生まれた。それから茜が吹き出し、「待たせてごめん」と言い、「じゃあとりあえず図書館行こう。ここ暑いし」


 僕は言う。「図書館は私語厳禁だ。話すのにうってつけとは言えない」


 ガイルが僕の顔を見てきている。


「じゃあどこがいいの? 喫茶店? 『マスイ』さんのとこなら、多分空いてると思うけど」


「いや、なるべくなら人目がつかない所がいいんだ。とは言っても……あ」


「何よ。……あ、分かった。つまらないこと考えてるわね。つまらない顔してるもの、足人」


「そういう顔なのか?」


「どういう顔だよ……僕はただ、茜の家のガレージなら冷房も効いてるし、人目もないからいいかなって思っただけで」


 茜が何故かふんぞり返るようにして言う。


「ほら、やっぱり」


「駄目なのか」


 とガイル。


「駄目じゃないけど、……ああ、もう。それなら初めから家集合で良かったじゃない。何のために支度したと思ってるのさ……」


 僕は茜の上から下までを一応観察してから、言った。


「うん、気合い入ってるね。でもごめん、本当に人目を避けたいんだ。色々込み入った事情が加わってきてさ。それに……彼、ガイルは服装変えても、多分目立つし」


「ああ、それは確かに」


 言われたガイルの服装は、僕の私服を着てもらってはいるが、全くと言っていい程似合っていない。それに眼光が鋭すぎて、どう見ても普通の子供の顔ではない。いずれ誰かに目をつけられて素性を聞かれそうだ。ここは小さな村なのだから。


「じゃあ、ガレージに集合ということで」


「じゃあ、代わりにジュース奢ってよ。それぐらいはして貰っていいでしょう」


 僕らは公園を出て茜の家に向けて歩き始め、僕は行きがけに商店に入り、氷で冷やされたジュースを3本ケースから取り、買い求めた。茜への謝罪の意味も込めて、茜の好物の葡萄ジュースの炭酸入りを選んだ。高いので僕とガイルは水とお茶にした。ガイルは文句一つ言わずに受け取り、僕らは道々で飲みながら、茜の家へと歩いていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 23:00 予定は変更される可能性があります

機械の国の異邦人 幽々 @pallahaxi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ