幼少期 22話 「流石はデ○ウル……」
戦い済んで陽が暮れて。
海の上に漂うのは俺の乗った王国海軍の軍船が一隻、周囲には砕け散った木片そして……大量の死体。
あれだ、普通なら……いや、海賊と遭遇するなんて日本人からすると『遠い異国(そうだね、ソマリアだね)』の話でしか聞いたことも無いんだけどさ。
それでもほら、山賊にせよ海賊にせよそれが小汚いオッサンだから何の躊躇(ためら)いもなくヤッちゃえるわけじゃないですか?
「ボーゼル様、お見事でした。これでボーゼル様も立派な女殺しですね?」
「ちょっとそのことで思い悩んでる真っ最中だからブラックジョークでトドメ刺しに来るの止めて?」
うん、戦闘中はね? 脳内アドレナリンでガンギマリだったから笑いながらクロスボウを撃ちまくってたんだよ。
でも……こうして冷静になると、ちょこっとだけ罪悪感とか色々さ……。
仕掛けてきたのは向こうだし? 殺らなければ殺られてたんだから仕方ないことなんだけどね?
「……よし、大丈夫! 気持ちの切り替え完了!
えっとシーリン、この船に何か楽器は積んでるかな?」
「そうですね、確かモネがリュートを持ち込んでいたはずでありますが」
今回はこちらに損害も出なかったし、お経……は知らないので、大伴家持の歌をパク……リスペクトした合唱曲で葬送してやることに。合唱曲だけど歌うのはもちろん俺だけなんだけどな。
てかリュートで出たクラスの『吟遊詩人』に付け替えたらさ、これまで楽器なんてまったく弾いたことも無かったのに自由自在とまではいかないが、普通にかき鳴らせるの素晴らしすぎる。
あと歌が……一人カラオケで平均八十点くらいだった俺の歌が……とても上手いんだけど? 耳元で歌ったら異性をイチコロで落とせそうなボーイソプラノの歌声……いや、耳元でボーイソプラノは鬱陶しいだけだな。
「まさかボーゼル様にそのような特技があったとは。
とりあえず色々とヌルヌルしてまいりましたので一緒に船長室に参りましょう」
「船長室は私の部屋なのだが!?」
「ボーゼル殿……私のためにここまで頑張ってくださるとは……
私もこれ以上は迷わず、覚悟を決めようと思います」
「テレジア、お前が覚悟を決めると私が暗殺されそうで怖いのだが!?」
「ボーゼルちゃん……今以上におかぁちゃまを惚れさせていったいどうしようというの……」
「たぶんどうもしないと思うのだが?」
少しだけしんみりしてしまったが……一兵も損なわずに勝利、否、大勝利に終わった今回の海戦。
軍船に乗っている全員、酒盛りをしてるわけでもないのに物凄いハイテンションでの晩飯である。
まぁ漕手の人たちは本当に手が上がらなくなるまで漕いで漕いで漕ぎまくってくれたらしく、グッタリどころか床にベッタリになってるんだけどさ。
マルテ侯爵なら出撃した全員に臨時ボーナスを間違いなく出してくれるだろう……俺も含めてな!
当然ただの五歳児でしかない俺も戦闘中はあちらのクロスボウからこちらのクロスボウへと甲板の上を走り回っていたので上半身も下半身もクッタクタ……。
リュートを抱えたままいつの間にか、電池が切れたように眠りに落ちていたのだった。
そんな俺達がカンセルに帰港したのは翌日の夕方。
思ったよりも時間が掛かったのは疲れでみんな寝起きが悪かった……からではなく、風の向きが悪かったからである。
夜間航行? それでなくともレーダーもGPSも無い世界なのにそんな危ないこと出来ねぇわ。帆船って想像してる以上に脆いからな。
マリべの話にあったから帰り道で海竜とか巨大イカに襲われそうな予感がしていたのだが、これといったフラグを回収する事もなく無事にカンセル港に帰港。
そもそもそれらは陸地からもっと離れた深い海にしか生息していないらしい。
帰港後は水兵てちの手によりテキパキと入港、そしてテキパキと下船の準備。
「シーリンって変態だけど有能ではあるんだよな」
「まぁ私ほどではありませんが」
それは自分のほうが変態だとアピールしてるのかな?
出港時と同じようにズラリと並んだ水兵達に見送られ、俺達の乗る馬車を先導する騎士が『海賊殲滅! 我が海軍大勝利!』と喧伝する中をパレードの如く威風堂々とした足取りでカンセル城まで帰城した。
……
……
……
いやいやいや、帰城したじゃねぇよ!
そもそも俺と言うかヴェルツ家の人間は『あわよくばマルテ侯爵を後ろ盾に』って思惑はあったけどここには商売に来てるだけだよね?
それなのに商売の話は一切しないでどうして海賊退治に駆り出されてるんだよ!
理不尽……なんたる理不尽……。
「これはもうキッチリとご褒美をもらわないとな」
「……ボーゼル殿ご心配なく。そのあたりは出発前からご用意しておりますので」
えっ? そうなの? それならまぁ……
「善は急げと申します。明日の朝、夜明け前にパンテール家に挨拶に向かいその足でウェーナス神殿に向かい式を挙げようかと」
「待って待って待って!」
えっ? パンテール家……ってテレジアさんの実家だよね? 挨拶? 何の?
式? それってまた五歳式に参加するとかじゃないよね? 『あげる』って言ってるし。
あげる式なんて葬式か結婚式くらいしか思いつかないんだけど?
……そう言えばクロスボウの試し撃ちの時、マルテ侯爵と二人で何やらショートコント地味たやり取りをしてたけど……。
えっ? 本気(マジ)で五歳児と婚約……いや、結婚するつもりなのこの人!?
もちろん? 俺的には全然嫌じゃない、むしろこんな、ピンポイントに俺の好みを直撃してくる美人のお姉さんと結婚とか大喜びの案件だけどね?
でも……ほら、テレジアさんの目がね? ちょっと怖いと言いますかですね……。
「テレジア、さすがにいきなり式などと言い出すのはどうかと思うぞ?
ほら、ボーゼルも困った顔をしているではないか。
まぁ……あれだ、報奨の話は改めてゆっくりと……な?」
良かった、どうやらマルテ侯爵は常識人のようだ。
さすがに全員お疲れなのでその日は早めの就寝。
翌日の昼食後、ヴェルツ家全員にマルテ侯爵からお呼び出しが掛かる。
とは言っても別に固い会議などではなくただのお茶会、それも参加してるのは侯爵とテレジアさんだけなんだけどさ。
南国っぽい花が咲き乱れるお城の中庭、綺麗なお姉さん(うちのおかん含む)に囲まれて男は俺一人だけ。
「それもまな板からメロンまで取り揃えてるとか……ここが天国か?」
「ボーゼルちゃん、まな板とは一体何のことなのかしら?」
「何ってもちろん母様のおっぱ……
なんのことなのかボクわからないや(ニッコリ)」
「くっ、時々子どものふりをしてあざとさを出すボーゼルちゃんの愛らしさときたら……」
いや、子どものふりをしてるわけじゃなくて普通に子供なんだけどね?
ワゴンに乗せられて運ばれる紅茶、そして焼き菓子。
砂糖を使った菓子なんていう超高級品、辺境の子爵家では早々出てくるような物ではなく。甘いもの、とっても有り難いです!
でもこの世界のクッキーってマリコちゃんのクッキーレベルで口の中の水分持っていかれるんだよね……。
「どうせなら焼き菓子じゃなく生菓子が食いてぇなぁ……てか紅茶渋っ!?」
「ふっ、ふふっ……ボーゼルはあいかわらず傍若無人だな。だが……それがいい」
何なの? 侯爵はCR慶○の引き戻し大当たりなの?
「もちろん俺だって誰にでもこんな態度を取るわけではありませんからね?
これはあくまでも侯爵閣下……いえ、クリスティーヌ様だからです」
「マリー、ボーゼルちゃんがあの女に媚びだしたわよ?」
「リディアーネ様、あれは太客からお金を引き出そうとしているだけです」
「卿らも大概好き勝手を言ってくれてるな!? まったく……
改めて先日の手伝い戦、数ヶ月の間我らでは打つ手すら無かった海賊退治をあっという間に片付けてくれたことに礼を言う。
それで、まぁ今更なのだが……リディアーネ殿がこのカンセルを訪れた理由(わけ)を聞かせてもらいたいのだが?」
「ボーゼル殿、お茶が渋い時はミルクやジャムを入れると良いですよ?」
「ミルク……えっ? ママはミルクが出るの!?」
「いえ、私のミルクでは無いのですが……くすっ、もしもお望みならばボーゼル殿にミルクが出る身体にしていただいても」
「お前らは侯爵(このわたし)が真面目な話をしている隣で何をイチャコラしているのだ!?」
「誠に残念ながら……自分ではまだママを満足させること能わず……」
だって俺、まだ精通とかしてないし……。
「謝罪するでもなくそのまま話を続行するのか!?」
「まぁそんな話は今夜にでも二人きりで閨でゆっくりとするとして」
「させないわよ?」「させませんけどね?」「させてたまるか!」「お待ちしております」
「……するかもしれないとして。
そうですね、こちらを訪れたのは……閣下なら既にリュンヌ侯爵家とヴェルデ子爵家の王都での話をご存知ですよね?」
「そうだな、噂話程度の情報しかないが……五歳式でリュンヌの古狐と美姫がボーゼルを言葉激しく糾弾した挙げ句王家に圧力を掛けてヴェルツ領ディーレンに対する援助を差し止めたと聞いているな」
「それもう噂話ではなくほぼほぼ事の全貌なんですけどね?」
「もっとも本当の所はリディアーネ殿の思惑に乗せられた連中が踊らされただけのようだがな。
リュンヌ侯爵家を試した挙げ句に侯爵家から絶縁されたふりをして己との関係を断つ……神殿長の目からボーゼルの天職や技能を隠蔽した方法など是非とも教えてもらいたいが……まぁそれもリディアーネ殿の『軍師』の力なのであろうな」
えっ? 何その話!? もしかしてあれか? 敵を欺くには~的な?
実は俺には内緒で陰謀を張り巡らせて……ちらりと見たおかんの目が高速で反復横跳びしてるから違うみたいだな。
「クリス様、リディアーネ殿が試していたのはリュンヌ家だけではなくマルテ家も……いえ、マルテ家を試していたのはリディアーネ殿ではなくボーゼル殿ですよね?」
今度はおかんがこちらを『えっ? そうだったの!?』みたいな顔で見てくるが当然俺には何のことだかわからないので
「はてさて……一体何のお話でしょう?」
とぼけながらニッコリと微笑んでおく。
「ふふっ、初顔合わせからの仕込み、そしてルフィーアに対するいきなりの態度の硬化。さらに持ち込まれた手土産に鮮やか過ぎる此度の海賊退治。
これだけわかりやすい手がかりを残されればいくらなんでも私もテレジアも気付くさ。
もちろん……ボーゼルがまだ口に出すことの無い本当の目的も理解しているつもりだ」
なるほど……まったく何を言ってるのかわからねぇ……。
でも! 俺はこんな時相手が自分から全てを説明してくれる魔法の言葉を知っている!
「……さすが侯爵閣下、我々の浅知恵など全てお見通しでございましたか」
「ふっ、ふはは、ははははは! 本当に……本当に魅力的だなボーゼルは!
はぁ……私が生まれたこの時代にお前のような男がいてくれたことに、心の底から神に感謝しよう。
よかろう、常識で考えるなら突拍子もない思惑だが……マルテ侯爵クリスティーヌは全力で! 公私において別け隔てなくお前の隣に立ち支持しようではないか!」
……あれ? 説明は……全然無いんだ?
何? 常識外れな突拍子もない思惑って何?
マリべ、うんうんとしきりに頷いてるけどお前、絶対何も分かってないよな?
とりあえず今の俺が出来る返事は
「……ありがとうございます閣下。いえ、クリスティーヌ様」
しかなかった。
女男比率100対1の異世界を『ギフト・放置ゲー』で無双する! あかむらさき @aka_murasaki
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