幼少期 21話 星……海を見ておいでですか? ~永遠の船酔いの中で~
「海を見ておいでですかボーゼル殿」
「海はいい……。
何事にも動じずいつもじっと同じ場所で揺らめき続け私たちを見守って……エロエロエロエロ……」
「……お背中さすりましょうか?」
「らいじょうぶ……エロエロエロエロ……」
本日は夜明けから天候に恵まれずあいにくの小雨が続く曇天。
まるで一円パチ○コ、それもアマデジの海○語で七千円くらい負けているオッサンの貧乏ゆすりのようにせわしなく揺れる、落ち着きのないガレ―船の甲板の隅っこで海面にキラキラと言う名の消化しきれていない朝食をぶちまけているボーゼルです。
船の外に投げ出される程の大きな揺れでは無いんだけどね? 逆に大きく揺れないから酔っている可能性も。
王都に向かう時の馬車移動も大概だったけど……船の乗り物酔い半端ねぇな……。
俺、こう思うんだ。人間地面にしっかり足をつけて生きていくべきだって。
どう頑張ったって翼のない俺は飛ぶことなんて出来ないんだって。いや、船酔いしてるんだからそこは鳥じゃなくて魚で例えろよ……。
帰りてぇ……出港したばかりだけどもう既に全力でお家に帰りてぇ……。
でもなぁ……舟遊びしてるだけならまだしも、今から海賊退治だって言うのに「船酔い、しんどいです」とも言えないしなぁ……そこでかわいそうなモノを見るような目で……いや、どうしてお前らキラキラ垂れ流し中のお稚児さん見て頬染めてるんだよ……。
そんなうちのメイド隊以上の変態素養満載のカンセル海軍のことはどうでもいいとして。
船の改造も終わり、ハリネズミのように……とまではいかないが、必要最低限の武装を整え意気揚々と海に漕ぎ出したヴェルツ家一行&マルテ家主従。
「いや、漕ぎ出すも何も、海賊が出没する海域すらまだ調べてないんだけど……そもそも普通、海賊って軍船とか絶対に襲わないですよね?」
と、同船している侯爵に訪ねたんだけどさ。
「ふふっ、私がボーゼル殿の為に、そう、ボーゼル殿の為に! 海賊どもには色々と情報を流しておいたからな! 探さずとも向こうからやってきてくれるから心配無用だ!
あと、海賊に偽装しているがおそらく奴らの数割は正規の軍人、襲うだけのメリットさえ提示してやれば軍船だろうがデカい亀だろうが襲いかかってくるぞ?」
「まって、後戻り出来ない状態になってからの新情報止めて。
色々と情報を流したって何だよ? 偽装海賊って何だよ? この船を襲うメリットって何だよ?」
そんなニコニコ笑顔で『私頑張ったよ! 褒めて!』みたいなドヤ顔をされても……えっ? この人、俺のこと殺しにかかってる?
でも、最初から自分も船に乗り込む予定でいたしなぁ……まさか船に男が乗り込んでるとか、騒動の黒幕の敵対している貴族も一緒に乗り込んでるとか、そんな、相手が目の色変えて襲ってくるような情報は流していないとは思うけれども。
疑いの眼差しでテレジアお姉さんに『ど う い う こ と ?』と瞬き六回で質問を送るも……これっぽっちも気付いてもらえず。
「ボーゼル様! こちらに横になれる椅子……はございませんので毛布のようなものを私の寝床からお持ちしたのです! 遠慮なくどうぞ!」
出汁じるに漬けたのかってほどに色が変わって虫が湧いてそう……見えるだけでも数匹の小さい何かが這ってるな!?
全男子の憧れである『女の子が使っている毛布』なのに、間違いなくオッサン臭がしそうな毛布の上に寝転ぶとか絶対に嫌だっ!
そんな女子力が海抜死海レベルなシーリンの事は無視して、横になれば船酔いも多少はマシになるかと、マストの近くで横になる俺。
……大丈夫だよなこれ? いきなりマストが倒れてきて押しつぶされENDとかないよな?
はぁ……船上に男は俺一人っていう大金持ちの舟遊びみたいな状況なんだけどなぁ……。
まぁ全員剣道の篭手みたいな臭いがしそうな使い古された革鎧を着用のうえ、いかにも『海の女!』って感じの曲刀(カトラス)を腰に差してるから色気もクソもないんだけどさ。
いつ海賊が現れるかも分からず、ずっと座った回転椅子に座って回されてるような常時三半規管をゆすられているみたいな頭グワングワン状況でいつ陸地に降り立つことが出来るのかすら分からないこの現状……ちょっとした地獄である。
「ボーゼル様! 部下がタコを釣り上げました! 見たこと無いですよねタコ?
ちょっと上半身とか下半身を露出して這わしてみたりとかどうでしょうか?」
「何がどうでしょうかなんだよ……しねぇよそんなこと……」
わけのワカラナイ提案をしてくる高度な変態代表(シーリン)。こいつ、今日も鼻血たらしてるんだけど?
……タコ……元気ならたこ焼きとか明石焼きとか……いや、そもそも俺『たこ焼きのタコは抜いて食べる派』の人間だった。
そう、俺が好きなのは『タコ』ではなく『焼き』の部分なのだ!
「ボーゼル様! それではタコじゃなくてイカならどうでしょう? あっ、イソギンチャクは毒がありますので……」
「だから何がどうでしょうなんだよ!
あとイソギンチャクに毒があるからどうだっていうんだよ!」
うっ、おっきい声出したら血圧の変化でめまいが……。
ゆらりゆらゆら……ゆらりゆらゆら……ユウちゃん助けて……そろそろマジ無理……。
『船酔いですか? それならクラスを『海賊』や『水兵』、『船頭』や『海人(あま)』などに切り替えれば耐性が得られますよ?
ああ、種族を『魚人』に変更するのもありですね』
船酔いしただけで古き神々の仲間入りとか絶対に嫌だわ!
そして俺もクラスを変更するのはちょっとだけ考えたよ!
でも今、機械化弓兵からクラスチェンジしちゃったらせっかく海賊退治用に取り付けたクロスボウの攻撃スキルが使えなくなっちゃうじゃん!
『私、クラスレベルを最大まで上げれば『☆(クラス名)マスター☆』と言うアビリティが入手出来るとお伝えしましたよね?』
それは確かに聞いたけど今一体なんの関係が……。
『せっかくコモンクラスを一つ最大レベルまで上げられるだけの経験値が溜まっているのですから、機械化弓兵のレベルを上げて違うクラスに切り替えればいいじゃないですか』
……えっ? 放置ゲーが稼働(?)を始めてからまだ二十日くらいしか経ってないのにもうそんなに経験値が溜まってるの!?
『コモンクラスの最大レベルは『20』、そしてコモンクラスのレベルを1上げるのに必要な経験値は『100』ですので。
つまりあなたが何もせずともおおよそ二週間あればコモンクラスを一つマスターすることが可能となります。
ちなみに現在の所持経験値は『3236』ポイントですね』
えぇ……なにそのあいかわらずのチートすぎる力……てか普通なら一生かかって天職を育てていくんだよね? それがたった二週間で最大レベルまで上げられるなんて思うはず無いじゃん……。
てか俺が今問題にしてるのはクラスが変わるとスキルが使えなくなることなんだけど……あれ? もしかしてクラスのマスターって『能力値の補正』がそのまま加算されるってだけじゃなく、スキルもそのまま使えるようになるの?
『まさかのそこからですか……それはあなたが初めてクラスを手にした時にちゃんと説明を……してませんでしたね』
だよね!? そんなこと一言も教えてもらってないよね!?
『なんですかその、まるで私が意地悪で隠していたみたいな言われようは。
あなた、あの時自分で『それもこれも今は関係のないこと、全部レベルが上ってからの話』だとか宣って人の話を最後まで聞きませんでしたよね?』
……そうだったかな? そうだったかも?
でもほらこうして? 足りない部分はユウちゃんがちゃんとサポートしてくれるし? だから俺は安心してこの身を委ねることが出来るんだよ! ヨイショ!
『そ、そんな見え透いたお世辞になんて乗ってやらないんだから……何ですか最後の『ヨイショ!』と言うのは?』
細かいことは気にしない! じゃあさっそくで悪いんだけど……機械化弓兵のレベルを最大に!
そして船酔いをレジスト出来る新しいクラスと切り替えでお願いします!
『……ふんっ、どうせ私はただの都合の良い女……。
現在のクラスに経験点を振り分け……2000Pointを消費……
クラスの最大レベル到達を確認……アビリティを入手……
新たに【☆機械化弓兵マスター☆】が追加されました。
クラスの変更……検索……するまでもなく、今のところ【船酔い耐性】を獲得出来そうなクラスをあなたは獲得していません』
……確かに。
「えっと、そこの変態! ……じゃなくてシーリンさん!
ちょっと銛とか網とか剣とか釣り竿とか!
何でも良いから船上で使ってる武器とか道具とか持ってきてもらえるかな!」
「何なのでありますかその不名誉な呼び間違えは!?」
間違えたわけではなく心の声が漏れ出ただけです。
「攻めるのも守るのも何か今にも沈みそうな木製の~」
「さっきまで死にそうな顔をしていたボーゼルちゃんがいきなり元気におかしな歌を歌いはじめたのだけれど……」
「何やら良からぬ薬でもやっているのではあるまいな?」
色々と触りまくった結果(もちろん女体ではなくシーリンが持ってきてくれた武器な?)新しく獲得した『海人』にクラスを変更した俺。
最初は『網闘士』とかいうカッコ良さげなクラスを付けてみたんだけど……網闘士、海とはまったく関係のない『剣闘士(グラディエイター)』の亜種だったらしくて船酔いがまったく治まらなかった。
もちろんクラスを付け替えてすぐ、アビリティを手に入れた機械化弓兵のスキルが使えることも確認済みである。
「あれだけの船酔いを数時間で乗り越えるなんてありえない……
もしやあの色々な品物を触るという行為に何か秘密があるのでは……」
「ボーゼル様、お元気になられたようですね? とりあえずいつも通りおっぱい飲んどきます?」
そこは飲むんじゃなくて揉ませろよ……いや、少なくとも公衆の面前では揉まないけれども!
「何ですかそれ!? 後ろに並べば私もおっぱい吸って貰えるんですか!?」
いきなり元気になった俺の姿に、逆に心配そうな顔をするおかんとマルテ侯爵。
何やらブツブツと呟くテレジアお姉さんといつも通りのマリべ。
変態……シーリンは今回も、むしろ今後も無視しておく。
ちなみにどうして戦闘職ではなく『海人』を選んだかだが、海人で入手できるスキルが『潜水』だったからというとても分かりやすい理由である。
海賊の『着衣水泳』とどちらにするか悩んだんだけどね? 潜水のほうが息継ぎとか上手に出来そうだし、肺活量とかも上がりそうでちょっとだけ安心じゃん?
「てか何となく俺の魚群……じゃなくて貝群センサーが海に飛び込めと囁くんだけど……」
「軍船の甲板から飛び降りるとか間違いなく大量に並んでいるオールに身体をぶつけて大怪我をしますから絶対に止めてくださいね!?」
もちろんしないけどさ。
船酔いからも開放されて体調も回復、揺れる船上でも危なげなく普段通りに活動が可能となった俺。
遅めの昼食として城でラードを作る所から説明して用意してもらったカツサンドを摘んでいるうちに薄暗かった空にも晴れ間が広がりいつの間にか絶好の航海日和
「海賊……いえ、海賊団を発見! その数おおよそ三十!
先頭の海賊船との距離は五千ほど!
我が船を包囲するように船団が横に広がってゆきます!」
少しのんびりと海を楽しもうと思った途端にこれかよ!
五千って五千メートルだよな? マストの上からってそんな遠くまで見えるのか?
……なんて呑気に感心してる場合じゃねぇよ!
えっ? これまで襲われた商船とか訓練中に遭遇した軍船の報告では多くても十隻だったって言ってたよな? それが三十隻ってどういうことだよ!
聞いてたサイズ、ちょっと大きいバイキング船くらいの船だとして一隻に乗ってるのが三十人から五十人と考えたら千人超えじぇねぇか! それもう海賊じゃねぇわ! 普通に一国の軍隊だわ!
そんな規模の海賊に襲われるとか赤毛のおっぱいはいったいどんな情報を流しやがったんだよ!
「ふふっ、さすがボーゼル殿、いや、ボーゼル!
絶望的な数の海賊に囲まれようとしているというのにその不敵な笑いと武者震い……思わず私の身体がぞくぞくしてしまうではないか!
これはもう……城に戻ったらそなたに慰めてもらうしかあるまい!」
不敵になんて笑ってねぇよ! 顔が引きつってるんだよ!
あと武者震いじゃなく緊張でおしっこがしたいだけだよ!
「ボーゼル様! 操船のご指示を!」
いや、俺に聞かれても理解らねぇよ! 船の隻数が完全に想定外だよ!
もしも、もしも海賊に接舷されたら、そしておかんがマリべが海賊に捕まってしまったら!
……いや、違う! そうじゃない! 相手は全員荒くれ……女っ! 捕まった時にひどいことされるのは他の誰でもなく俺だったわ!
完全にショタ凌辱モノの流れ……と見せかけてショタの中身オッサンからの海賊即落ち二コマ!
「はっ、ははははははっ!」
そんなこの場にそぐわない馬鹿なことを考えてしまう自分のお馬鹿なところに思わず笑ってしまった俺。
そんな俺を見て頼もしそうに目を細めるおかんとマルテ侯爵とマリべ。
他の人たち? もちろんドン引きである。
……大丈夫だよー、恐怖で壊れたとかじゃないよー。
「ゴホン……何も心配などいらん!
多少相手の数が多かろうともこちらの有効射程は三百だ! 回転とか加えてなんやかんやしたそれはもう三百どころか三百万パワーだ! 遠距離戦なら負けることなど有りえん!
船腹をさらすことになるが海賊船にクロスボウの射線が通るように、船足を落とさないように船を『之字運動(のじうんどう)』させながら突撃せよ!」
「了解!
漕手全速! 腕が千切れようとも櫂を漕ぎ続けろ!
操舵手は敵船との距離を測りながらののじ運動!
……ええと、のじ運動とは一体何でしょうか?」
簡単に言えばジグザグ運転である。
「母様! この船から一番近い海賊船の方向を教えて!
マリーベル! 俺が撃ち終わった弩弓の再装填よろしく!」
「ふふっ、これこそ戦場の空気……
そしてボーゼルちゃんとおかぁちゃま二人の共同作業……」
「畏まりましたボーゼル様」
「水兵は海賊船の接舷があれば即座に対応できるように待機!
テレジアお姉さんは……俺の勇姿をしっかりその目に焼き付けておいてね?」
「はっ! 全員抜刀! どんなことがあろうともボーゼル様をお守りせよ!」
「あら、焼き付ける必要など無く……ボーゼル殿はいつも素敵ですよ?」
船上の全員に指示を出し『ボーゼル!? 私は!? 私の役割はなんだ!?』……元凶である赤毛(たぶん陰毛も赤い)は隅っこで正座でもしてろっ!!
そこから始まるのは絶望的な海戦――もちろん絶望するのはカンセル海軍ではなく海賊であった――とも呼べぬ殺戮だった。
その船を包囲しようと散開しようとしていた海賊団に、信じられない速度でジグザグに動きながら突っ込んでくるマルテ家の軍船。
「な、なんだ奴らのあの動きは……」
「わ、わかりません! わかりませんが……」
まるで海竜が海の上を進むようなその動きに、何事かと注目が集まる。
「チッ、おそらく奴らは包囲網が完成する前に中央を突破してそのまま逃げ切ろうとしているのだろう!
さすがにあの勢いで船首突撃されればこのような小舟ではひとたまりもない!
包囲しての足止めはあきらめ、左右からの挟み撃ちでの攻撃に切り替えろ!」
しかし、その攻撃の最初の矛先は軍船の進入方向である先頭の海賊船では無かった。
届くはずもない距離から音もなく飛来する一本の矢。
その矢が船体に『トンッ』と軽い音を立てて命中した途端に起こる、船体を真っ二つにする衝撃と吹き出す炎。
一体何が起こっているのかも理解らぬままに大混乱におちいり、次々と船体を引き裂かれ焼け落ちてゆく海賊船。
地平線に日が沈みゆく頃にはその海域で浮かんでいる船は一隻しか残されていなかった……。
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