幼少期 20話 拗ねておうちに帰ったらしい。

 黒山羊さん――いや、どちらかというとヤギさんではなく『ウシさん(意味深)』が部屋まで届けてくれたマルテ侯爵からのお手紙。

 『カンセル近隣を荒らす海賊退治の全権を委任する』というその内容はまさに寝起きにマンゴースムージーを浴びせるような鬼の所業。

 さすがの俺でも植物感出しまくりの紙は食えないので証拠隠滅してとぼけることも出来ず……もしこれが草じゃなくて海藻で作った紙だったならマジで食ってたからな!? てかそれ、紙じゃなくて海苔だな。


「それにしても五歳児にいきなり海賊退治の指揮を取れとか何がどうしてこうなった……もしかして海軍を殲滅してやる! って言ったのを海賊を殲滅してやる! と聞き間違えられたとか? でも、その件に関して昨日は普通に謝罪されたんだけどなぁ……」


 マルテ侯爵クリスティーヌとテレジアの思い込みと迷走で、彼女らの脳内では『超有能母子』に仕立てられているなどとは思いも寄らないボーゼル。

 それでも少しだけ近い所を当てていたのであるが……まさかそんなはずないだろうと、そのような馬鹿な話は無いだろうとその考えをスッパリ切り捨てる。


「何にしても侯爵家からの命令……別に断ってそのまま帰っちゃってもいいだろうけど、その場合はマルテ家との縁が完全に無くなる、むしろ海賊との関与を疑われて確実に敵対関係になっちゃうだろうな。

 ……それに、おかんの事を馬鹿にしたあの女って海軍さんらしいし? そいつらの手柄を横からかっさらって指さして笑ってやれたら間違いなく気持ちいいだろうし?」


 心が狭い? 尻の穴が小さい? 身内に対する仕打ちには歯覚過敏なまでに反応する俺なのである!

 あと、五歳児の尻の穴がデカかったらそれはここでは語れないような大問題が発生してしまうからな?

 幸いにして今回退治するのは山賊ではなく海賊なのだ。

 対海軍用に考えていた、『一度船を出港させてからの~港の小高い場所からの狙撃』は使えそうにないが、『高速の小型船を使ってヒット&アウェイ』ならどうにかなる……と思いたい。


 何にしても部屋の中でウダウダと考えていてもどうにもならないだろうし、まずはこの国と言うかマルテ侯爵家の海軍、軍船の見学! ついでに予定していた港街の散策! あわよくばテレジアお姉さんと手つなぎデートである!

 あるのだが……まずは一つ目の障害になるのが


「はぁっ!? ボーゼルちゃんが海賊退治!?

 何が一体どうなってそのような話が湧いて出てくるのですか!?」


 おかんの説得となる。

 もちろんここで馬鹿正直に

「いや、俺だって何がなんだかわかんねぇよ! いきなり命令されたんだよ!」

 などと言おうものなら

「ボーゼルちゃんにそのような無茶を言うマルテ侯爵などヤッてしまいましょう」

 などと言い出す可能性があるので


「ほら、テレジアお姉さんに俺のカッコいい所を見せたらうちに嫁に来てくれるかも」


「リディアーネ様、泥棒海猫を暗殺する許可を」


「わかりました、存分におヤりなさい」


 思っていた被害者から変わっただと!?

 ……そんな、完全に目の座った二人を説得すること小一時間。


「ふふっ、二人には秘密にしてるけど実は俺には海戦で絶対に負けないような隠された力が……」


「軍人さんも軍船も自由に使っても良いとのことですので、俺には何の危険もありませんので」


 などと言う、非常に胡散臭い話というかただの嘘で渋々了承させることに成功。

 二人とも完全に疑いの目を俺に向けてきてたけど……説得は成功したのだ!

 はぁ……つまらない嘘で身内を騙すとか、ちょっとどころじゃなく心が痛いが……『これも家族が安定した生活を手に入れるためには仕方のないことなのだ!』と自分に言い聞かせる。

 最初から自分の身を危険にさらすようなつもりはサラサラ無いことは本当の事だしね?

 そう、俺がやるのは長距離攻撃による一方的な殲滅戦であり、「紡錘陣形全艦突撃! 敵中央を突破後、左右に散開して半包囲、敵船に乗り込む!」などという衝角攻撃や白兵戦など展開するつもりはこれっぽっちも無いのだ。



 そう、これっぽっちもなかったんだけどさ……。



 おかんの説得も無事(?)に終わり、早速街に出ようとメイドさんからテレジアさんに連絡を入れてもらう。

 すぐにやってきた彼女の付き添いのもと城から港まで移動、まずは軍船の見学となるのだが……当然のようにおかんとマリべも付いて来ることに。もちろん護衛、バーバラたちヴェルツ騎士団も一緒である。


「付いてくるのは別に構いませんが、横から余計なチャチャを入れるのだけは控えてくださいね? とても忙しいので」


「うう……ボーゼルちゃんのおかぁちゃまに対する扱いが冷たい……」


「おそらくそれも、私と婚約していただけないのも全てその女のせいかと思われます」


「何ですかその清々しいまでの八つ当たりは……」                             


 俺が海賊退治に駆り出されたこと、そして海軍の指揮を取るということは既に伝えられていたらしく商用の港から少し離れた軍港では水兵さん(もちろんセーラー服では無い)がズラリと一列に並んでのお出迎え。


「ボーゼル様! このようなむさ苦しい女所帯の軍にようこそお越しくださいました! マルテ海軍皆心よりの感謝、そして歓迎させていただくであります!

 本日は軍司令官であるバルガスが体調不良……ぶっちゃけますと拗ねて帰ってしまったので副官である私、シーリン・フォン・リーゼスがご案内、ご説明をさせていただくであります!」


「お、おう……」


「どうしていらない内情を説明してしまったのか……別に体調不良のままで良いでしょうに……」


 えっと、それってぶっちゃけて大丈夫なやつなの?

 俺の隣でテレジアさんがこめかみを抑えてるんだけど?

 もちろん俺的にはあの女が居ないだけでストレスが軽減されるので非常に有り難いことである。


「ご丁寧な挨拶ありがとう。

 私はボーゼル・フォン・ヴェルツ、ご覧の通りの若輩者ですがマルテ閣下の命により皆さんの海賊退治の手助けをさせていただくこととなりました。

 海に関する知識、船に関する知識、海戦に関する知識などシーリン殿からすれば知っていて当たり前のような質問をしてしまうことも多々あると思いますがご容赦のほどをお願いしますね?」


「もちろんであります! むしろ水兵全員でボーゼル様に手取り足取りご享受」


「ゴホン、シーリン、少し落ち着きなさい」


 お互いの挨拶も終わり、妙に鼻息の荒い――と言うか興奮で鼻血を垂れ流し始めたシーリン嬢に港の施設、そして各種軍船の案内、説明をしてもらうことに。

 もちろんテレジアさんは他の人間と案内役を交代させようとしたんだけどね?


「もしもこのお役目を交代させられるなら……この場で首を掻っ切って死にます」


 とかガンギマリの目で涙を流しながら言い出してさ。


「……何かもう色々と申し訳ございません。

 彼女も普段はこのような人間ではございませんし、他所と比べてもマルテ家は優秀な人間を揃えていると自負していたのですが……

 ボーゼル殿、もしや女を狂わせる匂いとか出してはいませんよね?」


「そんなもの出してませんよ?

 少なくともうちの屋敷の人間は……人間は……」


「どうして途中で言い淀んでしまったのでしょうか!?」


 だって うちの屋敷のメイドさん おかしな人ばかりなのだもの。


「まぁそんなことよりも」


「そんなことで済ませるような問題では無いと思うのですが!?

 ……まぁ冗談はこれくらいにして、船に乗りましょうか」


 ……これと言って冗談要素は無かったのだが……まぁいいんだけどさ。

 そんな俺達が乗り込んだのは二本マストの帆船、その船の横腹からは大量のオールが突き出ている。

 いや、確かに二本のマストは立ってるけど! これ帆船じゃなくてガレー船だわ!

 ギリシャとかローマが地中海で覇権を争ってた頃の三段櫂船とか呼ばれてる軍船だわ! 櫂は上下二段しか無いけど!


「どうですか? この無骨な船体! 女心……いえ、男心をくすぐるでしょう!?」


「お、おう……」


「そうですか! この流線型の美しさに声も出ないですか! いやぁよかった! ボーゼル様も好き者で!」


 やたらと興奮するシーリン嬢に対してただただ困惑するしかない俺。

 ちげぇよ馬鹿ただただ困惑してるだけだよ馬鹿これどうすんだよ馬鹿こんな操作性の悪い船でどうやってヒットアンドアウェイとかしようってんだよ馬鹿。

 てかこれって漕ぎ手が百とか二百くらい必要で兵隊は二十とか三十くらいしか乗せれない上に食料はバカ食いするわ、積み荷は少ないわのクソみたいな船だよな?


「ええと、もしかしてだけど……海賊もガレ―……こういう形状の手漕ぎの船を使ってるんですか?」


「いえいえ! このような大型の軍船は我らのようなちゃんとした海軍しか持てませんよ!

 奴らはもっと小型で船体も帆も小さい手漕ぎメインの船を使っております! 

 速度さえ乗ってしまえば我々の船の方が圧倒的に早いのですが、いかんせん旋回力は奴らの方が優れておりまして……

 我々が出てゆくと、我々を囲むように散々っぱら矢を射掛けてきた後……まぁ矢が船まで届くことはほとんど無いんですけどね?

 こちらが反撃に出ようとした途端に四方八方に逃げ散りましてですね……

 まったく! ちょこまかちょこまかと! アメンボみたいに逃げ回られて非常に鬱陶しいのであります!」


 たかが海賊が正規の軍隊と正面切ってぶつかる方がおかしいしからそれが正しい戦い方なんだろうけど……嫌がらせにしかならなそうなその行動にいったいそれに何の意味合いが……いや、少なくとも他の船の航海の邪魔にはなるだろうし、もしも軍船が出なければ商人が襲われる。

 そんなことが複数回続けば……取引先の貿易港としては敬遠されるだろうから港街カンセルに対する嫌がらせという観点から見れば百点満点の効果があるのか?

 何にせよ俺が思っていた船とはずいぶん違ってしまったが、相手がこちらの機動力を舐めて掛かってくれているなら、こちらの遠距離攻撃の的としてそれほどの問題にはならない……と思いたい。


 さて、そんなガレー船なのだが。

 基本戦術は衝角による突撃、そして相手の船に乗り付けての白兵戦。遠距離攻撃は水兵による船上からの弓矢攻撃がメインとなっている。

 つまり何が言いたいかと言うと


「大砲とか投石機とか大型の弩とか備え付けの武器は無いんだ?」


「タイホウとは一体? 少なくとも船上に投石機など乗せても当たろうはずもありませんし無駄に重量が増えてしまい船足が鈍るだけですので!」


 確かにその通りだけれども! でもほら、ガレ―船にとってはデッドウエイトにしかならない固定武装であっても俺にとっては命の綱であるわけで。

 散々っぱら反対されたがそこは全権委任の強権を発動して軍船の横舷(よこべり)に射座と弩弓を新設してもらうことに。

 ……ちなみに最初の改造で取り付けられた『大型の弩弓(アルバレスト)』なんだけど。


『そちらは大型機械弓の分類となりますので今のあなたのクラスである機械化弓兵では何の補正も受けられませんしスキルを使うことも出来ませんがよろしいですか?』


 逆に聞き返すけど俺が『大丈夫です!』って答えると思う?


『もちろん思いません。

 ふんっ、これは私の態度が悪いわけじゃなくておっぱいに目がくらんで私のことを蔑ろにするあんたが悪いんだからねっ!』


 ……大きいモノから少しずつ小さいモノへ、(ユウちゃんから)ギリギリクロスボウ判定が通る弩弓と交換してもらっうことに。

 最終的には船の左右両舷合わせ十基ずつの『ちょっとだけ大きめのクロスボウ』を設置したガレー船の完成である!

 台座込みでも人二人分の重量も無いと思うからそれほどの問題はない……はず。



【出撃の日、そして運命の男(ひと)】


 ボーゼルに海賊退治を任せてから一週間。

 テレジアからは彼が船に弩弓を取り付けさせたと聞いているが……いや、揺れる船上に弩弓など固定して取り付けても狙いが定められないだろうに、一体どうしようというのだ?

 翌日には習熟訓練と言うことで、的を掲げたもう一隻の船とともに出港するとのこと。当然私も同船して見物に出向いたのだが


「……向こうの船から命中の合図である旗が上がりましたね」


「そうだな、上がったな。……じゃないのだが!?

 いやいやいや、ここからでは的どころか船すらほとんど見えないのだが!?

 そもそも弩弓の矢が届く距離じゃないだろこれ!?」


「その反応は既にうちの母様がやりましたので違う反応でお願いします」


「何だそのよく分からん無茶ぶりは!?」


 ボーゼル……その愛らしい子供の見た目とは違いどうやら嗜虐趣味があるらしい……うむ、私も多少の傷みまでであるのならば責められるのは嫌いではない、むしろ好ましくあるのだが……。


「……なるほど、確かにその弓の腕前があるならば海賊の頭目を狙い撃つことも可能かもしれぬな。

 しかし、それでは殲滅と言うには程遠いのではないか? 他の人間がまた残りの海賊を指揮すればいいだけであろう?」


「ははっ……今回はあくまでも試し撃ちですからね?

 まさか侯爵家の軍船を沈めてしまう訳にもいかないでしょう?」


「ほう……つまり、ボーゼル殿にはまだ何らかの隠し玉があると言うのだな?」


「もちろん! ……でも今は教えませんからね? 当日のお楽しみです!」


 いたずらっ子のように唇の前で人差し指を立てるボーゼル。ナニソレ可愛い……。

 何なのだ? 『ドS可愛い五歳児(男)』とか意味がわからないのだが?

 萌え要素満載なのだが?

 ピンポイントに私の性癖を突いてくるのだが?

 そして回りでその姿を見ていた水兵が顔を赤く上気させて股間を押さえてモジモジしているのだが?

 もうこれ、この男がこの場で『その女を捕らえよ!』とか命令したら反乱が起こると思うのだが?


「クリス様、勘違いされませぬよう。ボーゼル殿にとってあなたは三つ巴の五番手でしかありませんので」


 チッ、この女……何だその勝ち誇ったニヤケ顔は!? 別にお前が求婚されているわけでもないだろうが!?


「ふふっ……ボーゼル殿は『この戦争が終わったら……テレジアお姉さんと婚約させてくださいって……侯爵様にお願いしてみようかな?』と仰っていました」


「なん……だと? そ、そのような……そのようなこと神が許そうともこの私の目が赤いうちは認めはせぬからなっ!」


 ちなみに先の発言は『ボーゼル殿は此度の海賊退治が成功した暁にはどのような恩賞をお望みでしょうか?』と言う質問にボーゼルが彼女に対するリップサービスを含め、あくまでも冗談めかして答えただけなのだが……この世界の女性にはそれを冗談として受け止めるだけの精神的余裕などないのである。

 そもそも男性と仲睦まじく会話する事に対する免疫がある女など存在しないのだ。


「大丈夫です、心配なさらずとも旦那様にお願いしてクリス様に差し上げる小壺のご用意はいたしますので」


「貴様……貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 ふっ、ふはははははは!! このマルテ侯爵クリスティーヌ、たかだか臣下に小壺を恵んでもらうほど落ちぶれてはおらぬわ!!

 やらせはせぬ……この私を差し置き男との粘膜接触など絶対にやらせはせぬぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 ゴホン、近くでこちらを見ていたボーゼルに三歩ほど距離をとられた、そんな少しだけ取り乱してしまった訓練の時から更に三日が経過。

 テレジア? もちろんその日の夜に誰が主であるかをその体に、濃厚に分からせて……やるつもりが返り討ちにあったが何か?

 まぁそんなことはさておき……いよいよ今日は海賊退治本番の日である。

 もちろんボーゼルが頑張っている中、私が何もせずに無為に時を過ごしていたわけではないのだぞ?


 そう、あれだけの自信をしめしているボーゼル。彼が海賊を殲滅すると言ったのだからそれを確固たるものにしてやる為、この日『海賊退治の援軍を請うため、西のエルゼリアに向かいカンセルより使者が立つ。尚、その使者は男なり』と、数日前に情報を流しておいたのだから。

 それでなくとも男など見たことも無いであろう輩。

 その上ボーゼルは奴らの黒幕であろうリュンヌ家とは因縁のある人間。


 ふふっ、これで間違いなく連中はいつも以上に、いや、このような好機など二度と無いだろうと死にものぐるいで襲いかかってくるであろう。

 そして、それらを華麗に、見事にボーゼルは討ち取るであろう……。

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