第2話 八魔將

 晴れ渡った空に、真っ赤な太陽。真下に見えるのは城下町『メフィスト』。

 

 (うん、美しい景色だ。それに今日も賑わっている)


 魔王城の寝室から眺める景色は最高だった。

 しかしそんな景色とは裏腹に、俺の心はまったくもって最高じゃない.

 それはなぜか…と、その時。


 コンコンッ。


 寝室の扉をノックする音が聞こえた。


「入れ」と俺が言うと、

「失礼いたします、魔王さま」

 

 間髪入れずに返事があった。この声はおそらく…。

 ギギッと重そうな扉を開けて中に入ってきたのは、やはりアメリットだった。


「お目覚めになられましたか」

「ああ。おはようアメリット」

「おはようございます魔王さま。お食事の用意ができております。どうぞ食堂へ」

「すぐにいく、先に行っておいてくれ」

「かしこまりました」

 

 そういうとアメリットは深いお辞儀をし、扉を閉めて出ていった。

 彼女が出ていったのを確認すると、


「はあ…」

 

 とため息をついて、俺はベッドに倒れ込んだ。


 (なかなか慣れないな、ここの生活は…)


 俺が目覚めてから実に5日が経った。そして目覚めてから今まで、四六時中誰かに監視されている。一度アメリットに文句を言ったが、彼女が言うにはどこで勇者の手先が襲ってくるか分からないから、だそうだ。

 今も部屋の中にお付きのメイドさんがふたりほど控えている。

 どうやら俺は、誰かに見られるということが苦手なようだ。


「なあ、大変だよな。君たちも」

 

 と二人のメイドさんに話しかけるも、


「と、とんでもございません魔王さま! あなた様に仕えることこそが我々の存在意義でございます!」と、この調子だ。

 

 この五日間で城内にいる全員に同じ質問をしたが、みんな揃いも揃って同じようなことを答えた。


「はあ、そうだよな…」

 

 また、ため息をついてしまう。

 と、いかんいかん。こんなことをしていたら、


「はわわわわ!」

 

 ほら。俺の気分を害したのかと勘違いしたメイドさんが、気が動転して今にも倒れそうになっている。

 彼女を安心させてやるために、俺はあわてて言葉をかけてやった。


「大丈夫、君のせいで気分が悪くなったわけではないよ」

「そ、そうでしょうか。お心遣い痛み入ります…」

 

 とは言うものの、本当にそうか? といった表情でまだブツブツ言っているので、彼女のためにも、俺はさっさと部屋を出てやることにした。


「とりあえず飯でも食べるか…」

 

 ジッとしていると気が滅入るので、とりあえず朝飯を食べることにした。

 そして、そのまま俺は食堂にむかった。



 魔王に限らず、魔族というのは基本的に肉しか食べないらしい。

 もとが不毛の地に住まう戦闘種族であったため、肉のみですべての栄養を摂取できる体に進化したそうだ。

 そして肉ともう一つ、魔族の体を満たすものがある。それが『血』だ。魔族は血を摂取することでわずかながら酩酊感を得ることができる。

 噂によると、人間も『酒』と呼ばれるものを飲むことで同じような感覚になるそうだ。


 そして、いま俺の目の前にはその肉と血が用意されている。朝から豪華な食事、さすが魔王だ。


「さて。いただこうか、アメリット」

「ええ魔王さま。存分にご堪能ください」


 アメリットの返事を聞き終わらないうちに、俺は思わず食べ始めてしまった。美味そうな肉を前にすると、どうしても我慢ができなかったのだ。


「んん、美味い! この肉は最高だぞアメリット!」


 思わず言葉と笑みが漏れてしまう。


「もったいなきお言葉でございます、魔王さま」

 

 アメリットは身体をもじもじさせて、まるで自分が褒められたかのように喜んでいる。

 なぜお前が喜ぶんだアメリット。俺は料理を褒めたんだぞ、料理を。


「いや本当に。今日の肉は格段に美味いな。これはなんの肉なんだ?」

「王牛フルフルのヒレ肉でございます魔王さま」

「フルフル…ああ、あのやたらとデカい牛か」


 たしか魔王城を散策していたときに、ばかみたに大きい牧場で放牧されているのを見たな。


「こんなに美味い肉にするには、さぞかし良いものを食べさせているんだろうな」

「はい。我が国の研究部が開発した特別な餌をつかって飼育しております」

「ほう、それはすごいな。その特別な餌ってのは何で作られているんだ?」

「はい、血を少々…」

「え…?」

 

 何やら物騒な言葉が聞こえたな。 

 がしかし、言われてみれば王牛フルフルは魔大陸の生物。血を摂取するのはなにも魔族だけの習性ではないということか。


「わたしの血を少々…」

「えぇ…?」


 おい、いったいこいつは何を言ってるんだ。

 しかも、ああ…私の血が魔王さまのお身体の中に…! なんて言って頬を赤らめている始末だ。まったく、こいつは手に負えない。


「そ、そうか。まあ…なんだ。お腹もいっぱいになったし、今日はこのくらいにしておこうかな」

「そ、そうですか魔王さま…」


 先ほどまでとは打って変わって、残念そうなアメリットなのだった。



 朝食を食べ終えた俺が食後の飲血を楽しんでいると、アメリットが耳打ちをしてきた。

 聞けば国防のために普段は散り散りになっている將たちが、俺の誕生を祝うためにわざわざ各地から揃ってくれたと言うのだ。


「將たちはすでに控えております。お食事を終えられましたらどうぞ魔王の間へ」

「ありがとうアメリット、すぐに向かうとしよう」


 そういうと俺は、アメリットを引き連れて魔王の間へと向かった。


 (とはいっても、会うの怖いんだよなあ…)

 

 今から俺が会うのは、アマデウス七十二柱のそれぞれを従える八人の將。

 通称『八魔將』だ。

 アメリットによると、彼ら(彼女ら)は全員がおそろしいほど強い。

 ただでさえ強力な力を持つ魔族を束ねるだけの力を持った、正真正銘のバケモノだ。

 

「はあ、やだなあ…」

「何かおっしゃりましたか魔王さま?」

「いや、なんでもないよアメリット」


 そんなことを考えていると、すぐに魔王の間についてしまった。

 魔王の間に繋がる巨大な扉の前にたつと、アメリットが叫んだ。


「扉を開けよ! 我らが偉大なる魔王さまのお通りである!」


 ギギギギッ! 


 重そうな扉が開くと、部屋のなかに真紅の一本道が見えた。

 最奥には巨大な、まさに魔王が座すにふさわしい黄金の玉座。そして両脇には異形のモノたちが佇んでいる。

 その異形のモノたちは、俺が扉をくぐると床にひざまずいた。

 …ただ一人を除いて。


(これがアメリットのいっていた八魔將か…)


 まさに魔族というような恐ろしいやつらばかりかと思っていたが、どうやら想像していた見た目とはずいぶん違うようだ。メイド服のようなものを着ているやつもいれば、よく分からん黄金の甲冑を身に着けているやつもいる。

 うーむ。しかも半裸? いや、あれは全裸だな。ほぼ全裸の悪魔嬢もいる。


 (何なんだ、こいつらのバラエティに富んだ見た目は…)


 こんなのが8人もいるのだからツッコミが追い付かない。

 本当にこんなやつらが八魔將なのか…? と俺が訝しんでいると、ある男が俺を睨みつけてきた。

 そいつは先ほど俺が扉をくぐった時に、一人だけ床にひざまずかなかった男だ。

 おそらくだが俺の直感がつげている。こいつは、八魔將の中で最も強い。


「何故魔王さまを睨む権利があなたにあるというのですか、バルバス?」

 

 その様子に気が付いたアメリットが苛立った様子で問い詰める。

 バルバスと呼ばれた異形のモノは、その胴の前に組んだ二本の腕。ではなく、背中から生えているもう二本の腕をコキリと鳴らし、俺を睨みつけたまま吐き捨てるように言った。


「先代に義理を通して来てやったが、九代目とは似ても似つかねえ軟弱者。とんだ無駄足だったな」


 と、バルバスが口にした瞬間。

 殺気を全開にしたアメリットが、目にも見えない速さでバルバスに襲い掛かろうとした。


「貴様、無礼だぞ!」


 その間、時間にしてわずか1秒か2秒ほどだった。

 そのあまりのスピードに、俺には何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 聞こえたのはアメリットの叫び声と、


 ガキンッ!


 という金属がぶつかりあったような激しい音。そして…、


「あまり醜態を晒すな二人共、王の御前であるぞ」


 おそろしく静かな声。

 その時俺は、ようやく何が起こったのかを理解した。

 バルバスに襲い掛かろうとしたアメリットと、それに対応しようと拳を振り上げたバルバスのあいだに入り込んだ黄金の甲冑の男が、手に持った一本の槍で二人の攻撃を同時にいなしていたのだった。


「邪魔をするなブキャナン。お前から殺してやろうか?」とバルバス。

「そう言うなバルバス。それともまたお前の手で八魔將を殺す気なのか?」

「くっ…!」

 

 ブキャナンと呼ばれた甲冑の男がそう言うと、バルバスはおとなしく拳を引いた。

 どうやら、二人の間には何か因縁があるようだな。それもかなり深い因縁が。


「お前もだアメリット。気持ちは察するが、王の目付け役である貴様がそのような一時の感情に翻弄されるとはなんたることだ」


 アメリットはブキャナンの言葉を聞くとキッと忌々しそうにバルバスを睨みつけたが、しばらくして素直に引きさがった。


「失礼いたしました魔王さま。この罰はなんなりと」

「いや、いいんだアメリット。俺は別に気にしていない」


 …そうは言ったものの、この重すぎる空気。

 八魔將にはなんだか俺の知らない事情があるみたいだし、アメリットは醜態を晒したことを恥じているのか、うつむいたまま黙ってしまったし。

 ひょっとして泣いているのか? はあ、まったくもって気が滅入る。

 とりあえず、この場を繕うようなことを言っておくとするか。


「まぁとにかく。お前たちは俺の誕生を祝うために集まってくれたんだろ? なら、こんな馬鹿らしい争いはよそうじゃないか。俺たちは同じ魔族なんだから」


 どうだ、効果ありか? 


「魔王さま…!」

 

 何やら感激した様子のアメリットの泣き顔がパッと明るくなった。

 ブキャナンとかいう甲冑のやつも、


「うむ、うむ」

 

 とか言って満足げにうなずいている。


 (はあ、疲れる…)


 まあとにかく、これでこの場はいったん収まったようだ。

 さて、こんなよくわからないイベントはさっさと済まそうじゃないか。


「さあアメリット、顔合わせの続きをしよう。俺は何をすればいいんだ?」

「は、はい魔王さま。まずは玉座に座し、配下である我々にその偉大なるお言葉を頂戴ください」


 ふむ。なるほど要はあのバカみたいに豪華な椅子に座って、魔王としてこいつらに何か言葉をかけろってわけね。

 たったそれだけをするのになんであんな事態になったんだよ、まったく。

 魔族というやつはどうにも血の気が多いらしい。

 …しかしまあ、バルバスの言葉に感化されたわけじゃないが俺だって魔王だ。与えられた玉座とはいえそれなりに矜持プライドもある。

 

 つまり、


 俺はゆっくりと玉座に向かって歩き、たっぷりと時間をかけて玉座に腰掛けた。

 そして、できるだけの覇気を込めて言った。


「俺の名は十代目アマデウス。貴様らの上に君臨する魔王である」


 しくもこれが、俺がはじめて魔王を名乗った瞬間だった。

 

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どうやら最強?の魔王に転生したようです 吉村航太郎 @Y-Kotaro

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