どうやら最強?の魔王に転生したようです

吉村航太郎

第1話 魔王誕生

 目覚めると俺は、どこか見知らぬ部屋のベッドで横たわっていた。


 (どこだ、ここ…?)


 夢でもみているのだろうか。いや違う、これは現実だ。その証拠と言ってはなんだが、身体が妙に気持ち悪い。うまく動かせないというか、なんだか自分の身体じゃないみたいだ。

 俺はこの状況を把握はあくするために、起き上がってまわりを見渡した。すると、部屋の隅のほうに何か影のようなものが見えた。


 (なんだ、あれは…?)


 目をこらしてジッと見つめてみる。すると、その影が動いていることが分かった。

 影…いや違う、あれは人だ…! 


 驚いた俺は、反射的に大きな声で叫んでしまった。


「誰だお前は!」

 

 しかし身体のほうと同じで、喉のほうもうまく動いてくれない。少し上ずったような、なんだかマヌケな声になってしまった。


「くっ…」

 

 恥ずかしい。

 俺が恥ずかしさにもだえていると、俺が起きたことに気が付いたのか、その影はゆっくりと立ち上がり、俺のほうに近づいてきた。

 そして、こんなことを言った。


 「やっとお目覚めになりましたね、魔王さま」

 

 (魔王…? こいつは何を言っている。)


「誰だ、お前は…?」

「わたしの名はアメリット。あなた様に仕えるよう先代アマデウス様に創られました。あなた様の忠実なしもべでございます」

 

 またしてもよく分からない答えが返ってきた。

 それにこの声は女か。…いや、今はそんなことどうだっていい。とにかく、この訳の分からない状況を教えてもらいたいんだ。


「とりあえず明かりをつけてくれないか。暗くて何も見えないんだ」

「ふむ。まだその身体に慣れていらっしゃらないご様子。かしこまりました、すぐに明かりをおつけいたします」

 そういうと、アメリットと名乗るそいつは


 パチンッ…


 と指を鳴らした。

 すると、


 ボボボボッッッ!


 と、ものすごい速さで部屋中の燭台しょくだいやらシャンデリアやらに火が付いた。


「まだ何かご所望でございますか?」


 明かりのついた部屋で、その光景を見た俺は思わず息をのんでしまった。

 それは、部屋がとんでもなく豪華だったことや、ベッドが馬鹿みたいにデカかったからではない。目の前に立っているアメリットと名乗る女が、とんでもなく美しかったからだ。

 俺はそのあまりの美しさに、声も出せなかった。

 赤みがかった髪や、すべてを見透かしたような冷たい眼。髪の中から少し生えている小さな羽も、すべてが彼女の美しさを際立たせていた。


「どうされました…?」

「い、いや…大丈夫だ……です」


 いかんいかん。何をキョドっているのだ俺よ。この女が美人だからと言って、なにもさっきまでと態度を変える必要はないのだ。

「本当に大丈夫ですか?」

 そういうとアメリットは、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「あ、ああ……」


 くそう。やっぱり恥ずかしい。


「と、とにかく! さっきの質問の続きだ」

「は、はい!」


 急に大声を出したからビックリしたのか、アメリットは思わず後ろにのけぞってしまった。

 しまった、もう少し近くにいてくれてもよかったのに。


「お、おほん。それで、さっき俺のことを『魔王様』とか言ってたな。その、魔王ってのは何なんだ」

 

俺は調子を戻すために、わざとおごそかな喋り方をした。

 …変じゃないかな?


「『魔王』とはすべての魔族を統べる王のことでございます。信仰を持たない魔族にとって、唯一絶対の服従すべき対象にございます」

 

 ふむ。どうやら魔王というのはとんでもなく偉いやつらしい。


「で、俺がその『魔王』だと」

「左様でございます」

「ここはどこだ?」

「魔王城の一室、あなた様の寝室でございます」


 なるほど、少しづつだが分かってきた。どうやら俺は魔王らしい。それも、とんでもなく偉い。

 だが、まだ一つ分からないことがある。今の俺は魔王だが、前の俺が何者かってことだ。


「質問だアメリット」

「はい」

「魔王というのはどのようにして生まれるんだ?」

「先代の魔王様が死んで約444日の後、その灰の中から肉体だけが誕生いたします。その後、どこが別の世界から来た魂が宿る、と言われています」

「言われています、ってのはどういうことだ?」

「真実は魔王様しか分からないからです。先代の魔王様…つまり九代目アマデウス様もどこか別の世界より『転生』した、とおっしゃられていました」

「ふむ…」

 

 おかしい。今の話だと、どうしても筋が通らない。


「つまりその九代目は『転生』…とやらをする、前の記憶があったんだな?」

「ええ。別の世界から来たと言う話は聞き及んでおりました。魔王様はあまり語りたがりませんでしたが」


 違和感。ずっとはじめから抱えていた違和感。魔王の肉体にべつの魂が宿るという話。俺には感覚的に理解することができた。しかし、言いかえてみれば感覚的にしか理解することができなかった。


 なぜなら、



「どうされましたか…?」


 しばらく黙り込んでいたせいだろう。俺を心配するように、アメリットがまた顔を覗き込んできた。本当に心配しているみたいだ。

 そんなアメリットを安心させるために、俺は少し笑って、


「大丈夫だ」と言った。


 そうだ。大丈夫だ。分からないことを考えたって仕様がない。俺は魔王に転生した。転生する前の記憶はなくなった。現実はただそれだけ、変えることはできない。

 今はただ、俺にできることをしよう。

 俺は笑顔になって、まだ心配そうにしているアメリットに話しかけた。


「そんな顔をしないでくれアメリット。俺は落ち込んでなんかいない。むしろ楽しみなくらいだ。新しい人生を歩めることが」

「魔王様…!」


 アメリットの顔がパッと明るくなった。

 うむ。やはり美人の顔には笑顔がよく似合う。


「で、手始めにいろいろ知っておきたいんだが、魔王ってのは何をすればいいんだ?」

「はい魔王様! それは勇者の国の国民を根絶やしにし、滅ぼすことです!」


 うん…? 聞き間違いか…? いま根絶やし、とか滅ぼす、とか物騒ぶっそうな言葉が聞こえた気がしたんだが。


「え、えーとアメリットさん…? 冗談だよね…?」


 気の利いたジョークであると考えた俺は、引きつった笑顔でそう尋ねた。

 いや、そうであってほしかった。

 するとアメリットはさらに笑顔になって、


「本当です!」

 

 と満面の笑みで答えるのだった。

 俺が唖然あぜんとしていると、アメリットはさらにこう続けた。


「しかしですね、魔王様」

「な、なんだアメリット。まだ何かあるのか…?」

 

 ああ恐ろしい。何かハッピーなニュースであってくれ!

 しかし、そんな俺の願いはかなわず、絶望的な言葉がアメリットの口から飛び出てくるのだった。


「今から3ヶ月後、にっくき勇者の軍勢が我が魔王国を滅ぼしにきます」

「へ…?」


 おい、今なんて言ったんだ。


「先代の魔王様が崩御された瞬間を狙ったのでしょうが、これでもう心配ありませんね! 何といっても、新たな魔王様が誕生されたのですから!」


 お、おいおいアメリットさん。そんなこと言っても、俺なんにもできないですよ?


「…ちなみにアメリットさん」

「はい! なんでしょう魔王様」

「…その勇者ってのはどのくらい強いんだい?」

「そうですねえ…」

 

 アメリットは腕を組んで考える仕草を見せた。


「まあざっと、この国を滅ぼせるくらいですかね」

 

 そういうとアメリットは、腕を組んだままニコッと笑ってみせた。


 笑えない。笑えない冗談ですよアメリットさん。

 俺はおそらく引きつった笑いをしていたのだろうが、そんなことはいざ知らず。


「まあ、これは魔王様がいない場合の話ですからね。魔王様がいれば勇者なんてけちょんけちょんのボッコボコですよ!」

 

 などと言って、ファイティングポーズをとるのだった。

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