ブラックリスト

耐えきれなくなったトーマが急に立ち上がり、隠しきれない怒りの目でソラを睨む。


そろそろ暴れだしてもおかしくないんじゃないだろうか?


危機的状況にトーマに腕を伸ばそうとするも、片手は机で体重を支え、片手はソラに掴まれている。




そして机の端を掴むトーマをこの目に捉え。


まさか……やるなよ?やるんじゃないぞ?


ちゃぶ台返し的なことはもうするなよ?




なんて思ったところで。




「その辺でやめてやれ」




そう口に出したのは、今日初めて声を聞く、チョコだった。


視線だけでソラを見たチョコに、ソラはあっさりと俺の腕を離す。




「生意気。私に指図するなんて。でも可愛いから許してあげる」




そう言ったソラから、二人が初対面じゃないことを知る。


そう言えばさっき、トーマのことは甘ったるい奴(チョコ)から聞いたと言っていたような……。




「ステキなステキな威鶴くんのために、教えてあげる。チョコは私の幼馴染み、兼下僕」


この女は幼馴染みすら下僕にしているのか。


そしてほとんどしゃべらないチョコに視線を向けると、やっぱり俺を睨んでいた。




「でもやっぱり威鶴くんの愛が欲しいな」


「何のつもりだ?」


「ふふっだって、威鶴くん、その隣のに愛されているから。取っちゃいたくなるのよ」




隣の……見れば、当たり前のように居る、トーマ。


いや、愛って俺は男……いや、でも体は依鶴のだから……いや、複雑だ。


きっとトーマも複雑だろう。


心は俺なのに体は依鶴、俺に愛を向けていないにしても、依鶴の体には違いない。




「魔女だから、本当は女の子だもんね?でも反応からして隣の奴の一方通行なのかな?可哀想」


「やめろって言ってるだろ」


「チョコのケチ。三時間もあるんだからたっぷり遊べると思ったのに、残念」




フイ、と顔を反らし、視線を下に下げるソラ。


チョコの言うことには、従うのか?


「勘違いしないで。チョコは私の可愛い可愛い下僕。だからお願いを聞いてあげてるだけ」


「わかってる」


「そうよ、いい子。威鶴くんも、トーマくんも、自分や周りの身が可愛ければ私を愛しなさい。でなければ、ふふっ私、人が壊れる姿を見るのがとても好きなのよ──」






ぶちっ


初めて自分の我慢の糸が切れる音を聞いた。





ドンッと机を両手でたたき、この右手でソラにビンタをかました。




「ッザケんじゃねえ!!!」




――初めて、俺はキレた。


ビンタをしてから、ハッとして状況を確認する。




正面を見れば、目を見開いて左頬に手のひらを当てているソラ。


俺を見て固まるチョコ。


そして隣には、口をあんぐりと開け、これ以上ないくらいに驚いているトーマ。




俺は、どうしてしまったんだろうか?


自分自身、驚いた。




――と、沈黙を貫く中、ポツリ、その声はやけに響いた。






「シビれた」






はい?


実際、女の筋力である俺のビンタには、それほど威力はない。


しかし傷付けることが目的ではなく、この性根の腐った考え方が許せなくて手を出した。




正直、泣くか、その毒舌テクで罵声を飛ばすか、殴り返してくるか、それともチョコが動くか、とは覚悟したが。




「シビれたわ」




そう、ぽつりと静かな部屋に響くが、そんな返事は予想もしていなくて。




態度からして、いいとこのお嬢様なんじゃないだろうか、なんてひそかに考えていたから、金銭的な反撃も覚悟していたが。




一体何が『シビれた』のだろう?


頬か?




「威鶴くん」


「……な、んだ?」


「キた」




何が!?




正直、困惑しかない。


何が言いたい?


何がシビれて何がキた?




混乱する中、ソラが続ける。


「イケるよね。男でも全然問題ないと思うんだよね」


「なにが……?」


「私のハジメテ、取った責任とってもらおうかな」




女とは、怖い生き物だ。




何を企んでる?


何をする気だ?


男でも問題ないってなんだ?


一人で勝手に納得して話を進めないでほしい!




「シビれた。私威鶴くんの愛のムチに心がシビれちゃった」






気絶していいだろうか?


なんだろう、この超展開?


M?


ドMなんだろうか?




ビンタが初めてなんだろうか?


だとしても普通の反応としては『親にも殴られたことないのに!』とかそういう類なんじゃないだろうか?


なぜ喜ぶ?


なぜ頬を赤らめて愛のムチとか言ってんだ?




悪いが愛なんてこれっぽっちも込めていない。


怒りだ。


ただひたすらに今までの毒舌の数々への怒りの限界が俺を壊しただけだ。




女ってわからない……いや、この女が特別おかしい。


依鶴はこんなんじゃない。


レインもかろうじてこんなによくわからない性格はしていない。


むしろアイツはドSだ。




ガタリ、立ちあがってチョコに言う。




「どきなさい」


チョコが立ちあがり、ソラに道を譲る。


そしてなぜか俺たちの方のソファーに来ると、トーマを掴んで引っ張りだし、その席に座り、俺の首に腕を絡ませてくる。




「うわっ何」




どうやら俺は変なスイッチを押してしまったらしい。




「威鶴くーん。これから手取り足とり、教えてくれるんでしょう?ふふっ楽しみね」


「離れろ」


「やぁだ」




突然甘え始めて来たソラに俺はさらに混乱。


すると今度はソファーの後ろからトーマの腕が伸び、ソラと俺の間に力強く腕が割り込んできた。




「離れろ!」


「アンタに指図される覚えはないけど。あぁ、そうか。脳みそツルリンコだと理解力もないのか。残念」




また毒舌を吐き始めた。




「んだと?」


「ほら、気に入らなければ睨むしか脳がないおバ力さん」




いい加減にしろ。


それから、トーマとソラの俺の取り合い口喧嘩のようなものが約二時間続いた。


その間俺はひそかにチョコに質問したり、二人の喧嘩に巻き込まれていたりした。


チョコは警戒心が強いだけで、トーマと同じタイプ……戦闘系、だけれどどちらかといえばソラのボディーガードで、戦うこと自体を楽しむわけじゃないらしい。






「あら、思っていたよりも懐いたみたいね」




ガチャリという音と共に、閉ざされていた空間が放たれ、レインが現れた。


その時俺は、トーマに腕を引かれ、ソラに首に腕をまわされている状態だった。


かなり痛くて苦しかった。




「レイン、恨むぞ」


「何言ってんの、懐かれただけありがたいと思いなさい。何十人のメンバーが泣かされたと思ってんの?」


「俺はキレた」


「ふーん」




レインはニヤリと笑い、心底楽しそうな表情になった。


コイツも大概いい性格してると思う。


「威鶴なら大丈夫かと思ったのよ」




そう言って今度はにっこり笑われると、逆になんだか困る。


信頼、されていたのか。




信頼という言葉には弱い。


本来の人格の名残だろうか?




「さぁて!今日から威鶴とトーマ、よろしく頼むわよ。ソラとチョコも、この二人の言うことちゃんと聞いて行動すること!」


「はーい。威鶴くんの言うことなら聞く」


「まぁ、トーマよりは頼れるから、それでも良しとするかしら」


「ひでぇな」




トーマのフォローはないらしい。




レインが後ろからそっと俺に近付き、耳元に口を近付けるので自然とレインに集中すると。





「ちなみに、そいつらBOMBのブラックリストに入ってるから」




そう、聞こえてきた。






BOMBのブラックリスト……それはつまり。




「監視、しといてね」




それはつまり、完全には信頼できない『何か』を持っているということ。


外へ出るとまだまだ夜中の時間帯だった。




「帰るか」


「あぁ」




いつも通り、トーマと一緒に帰宅する。




「家寄っていいか?」


「却下」


「チッ」




トーマが初めて家に来たあの日から、時々家まで付いてくる。


トーマが疲れている時は仮眠の為に招く事もあるが、基本的には『却下』だ。


いつ依鶴(=俺)に何するかわからない。




ふと空を見る。




まばらに星が散り、満月が輝くそこに、ふと竹原叶香の時の依頼を思い出す。


あの日、トーマは一時間遅刻して来た。


それはついこの間の誘拐事件の被害者の男を探していて遅れて来た、とは聞いたが、遅刻癖があることに変わりはない。




あの日も月をただぼーっと眺めて待っていた。


あの日と変わった事といえば、風が少し冷たくなってきたな。






もうすぐ




冬がくる






トーマを拾ってから




4年目の冬が

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威鶴の瞳 RIM @RIM0310

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