第2話 ようこそ魔法の世界へ

「これからどこに行くの?」


前を歩くフランクに声を掛ける。


あの日、初めて魔法の存在を知った日、フランクは僕の決断を聞くと嬉しそうに帰っていった。入学の手続きを諸々済ませるために一度エイレネスに戻り後日、正式に迎えに来るとのことだった。そして3日後、やって来たフランクと共に僕は家を出て現在に至る。


「ん?入学の準備だな。制服とか教科書とか色々準備しないといけないんだよ。だから今日はそれらを買いに行く。これが意外に多いんだよ」


なるほど。学校に入学するのだからそういったものも準備しないといけないのか。


「それにしても、、、」


お店に行くと言っていたのにフランクは住宅街の細い裏路地へとどんどん進んでいき、次第に道は人一人がギリギリ通れるほどの狭さになった。最早、裏路地というか建物の隙間だ。こんな所に店があるとは思えないけど。


「よーし、到着!!」


後ろから覗き込むとフランクは路地の行き止まり、壁の前に立っていた。


「どう見ても行き止まりだけど、、、」


「ふっふっふっ。分かってないな~ここは壁じゃなくて入口なんだよ」


ムカつく。


「入口?」


「そうそう。ここは魔法界への入り口の一つなんだよ。一般人シーマが入らないように、こうやって偽装してるけどね。まぁ入れば分かる」


そう言うとフランクは壁に向かって歩き出した。


「!?」


壁に向かって歩くなんてこんなにバカなことはないが、ぶつかる寸前であろうことか壁の中に消えていった。


「あり得ない。ん?いや、これも魔法なのか。」


あり得ない現象に驚きつつも慣れ始めている自分に呆れながら同じように壁に向かって歩みを進めた。


顔から行ってぶつかったら嫌だから手で壁に触れると、まるで壁など最初から存在しなかったかのようにすり抜けた。



そして壁の先には、、、

先程とは似ても似つかない町並みが広がっていた。中世ヨーロッパの旧市街を感じさせる街は大勢の人で活気に満ちている。広場らしき場所ではガラス玉から空に人が映し出されており何か話している。さっきまでいた世界とは明らかに違うのが感じ取れる。


あれは何なのだろうか。本物の人のようには見えないけど。


「気になるのか?」


「うん、何でガラス玉から人が出ているの?」


「実際にあそこから人が出ているわけじゃねぇ。あれは投影魔法って言ってラジオの進化系みたいなもんだな。遠くにいる人をまるで目の前にいるように見せられるんだ。」


なるほど。音声だけでなく話す人が見えるのは凄い。魔法には実用的なものも多いのだろうか。


「早く行くぞー」


「あ、ちょっと待って」


そそくさ歩いていくフランクを追いかけながらこの場を後にした。


「買い物多いな~。これ今日で買い切れるか?」


フランクの持つメモにはびっしりと買うものが記されていた。店のやっている時間にもよるけど確かに一軒ずつ回っていたら日が暮れそうだ。


「じゃあ、手分けしようよ。その方が早いし」


「・・・。お前ホントに10歳か?」


「?」


「まぁいいや。時間もないしそうさせてもらおう。じゃあ俺は教科書とか買いに行ってくるからフィルはそこの突き当りの店で杖を貰ってきてくれ」


フランクが指をさした方には他の店よりも古く年季の入った建物があった。


「杖のこととか全く分からないし、お金とか持ってないんだけど」


「問題ない。入ったら店主の婆さんが勝手に選んでくれるし、エイレネスの新入生だって言えば無料でくれる。貰い終わったらさっきの広場で待ち合わせにしよう」


「分かった。」


解散した後、杖が貰える店に真っすぐ向かうことにした。道中にはパン屋や明らかに怪しい雑貨屋のような店まで様々であった。

向こうの世界と結構似ている部分も多いんだな。


「ここか」


フランクに教えてもらった店には看板も無く、外壁も汚れている。とてもお店とは思えない。廃墟だと言われても疑わないだろう。




チリンッ

意を決してドアを開けた。


「こんにちわー。ここで杖が貰えるって聞いてきたんですけど、、、」


店は静寂に包まれており、僕の声だけが反響する。

店内は外壁とは裏腹に綺麗に掃除されており、歴史を感じさせる内装だ。

店主のお婆さんがいるとのことだが、特に反応がなかった。不在なのだろうか。


店内には多くの杖が飾られており、ここが杖の店だと認識させられる。どの杖もデザインはシンプルだが、手持ちサイズの物から大きな杖までサイズは様々だ。やはり杖によって性能が変わるのだろうか。



「いらっしゃい」


「うぉっ!!」


不意に後ろから声を掛けられた。

慌てて振り向くと、そこには背の低いお婆さんが立ってがいた。


お化けかと思った、、、


「あ、あなたは」


「あたしはこの店の店主をやってるカムリンさ。あんたエイレネスの生徒かい?」


どうやらこの人が店主さんのようだ。


「はい、今度入学します。ここで杖が貰えるって聞いたんですけど」


「そうかい。それじゃああんたに合った杖を用意しよう。ちょっと手出しな」


そう言うとカムリンは僕の手を触りながら、何かを紙に書きだした。問診的な感じだろうか?


「あんた名前はなんて言うんだい?」


「フィル・バーナムです」


「バーナム。バーナムねぇ。もしかしてあんたレミとアレンの息子かい?」


「!?」


何故その名前を。

レミ・バーナムとアレン・バーナムは僕の、死んだ両親の名前だ。


「やっぱりか。私はこの店の店主になってから50年、見てきた魔法使いのことは全部覚えている。あの2人も入学の時にこうやって杖を選んだものだよ」


まさかこんなに早く両親のことを知る機会があるとは思わなかった。

そっか、2人もここで僕と同じように、、、


「それにしても今になって息子が魔法の世界にやってくるなんてね。あんた一体何のためにエイレネスに入るんだい」


「僕は数日前に初めて魔法のことや両親のことを聞きました。それまでは何とも思わなかったけど、今は両親がどんな人物だったのか、どんな世界で過ごしたのか知りたいと思ったんです。だからそれを知るために魔法の世界に来ました、、、 安直でしたかね?」


「別にそんなことはない。親のことを知りたいなんて当たり前のことだよ。学校に行く理由なんて千差万別。やりたいようにやりなさい」


カムリンは優しい笑顔で答えると、店の奥から丸い水晶を持ってきた。


「今度はこれに手をかざしな」


言われるがままに手をかざすと透明だった水晶が青白く光り店内を照らす。


「ほう、これは、、」


何だこの反応は。もしかして、、、

風の噂で聞いたことがある。大抵こういう場合は隠された才能やチート能力が見つかったりするらしい。きっと僕にはそのその力があってこの魔法世界を無双するに違いない!!


「もしかして凄かったりします!?」


「いや、別に普通だね」


「・・・」


僕の夢は一瞬にして瓦解した。期待させやがって。世知辛い世の中だ。


「ちょっと待ってな」


そう言うとカムリンは店の奥に消えていった。


「あんたの両親はね。ここら辺でも有名な魔法使いだったよ。」


店の奥からカムリンの声だけが響く。どうやら僕に両親のことを教えてくれるらしい。


「レミは規律と礼儀を重んじる優等生。それでいて仲間想いの良いやつだった。アレンの方は考えるよりも先に体が動くタイプのバカだったけど、そのくせに魔法の才能は同世代の中でも頭一つ抜けていたね。2人の周りにはいつも大勢の人がいたよ」


「そうなんですね」


自分のことじゃないのに妙に誇らしい気持ちだ。まさか両親が有名人だとは思わなかったな。きっとこうやって2人が辿ってきた軌跡を知っていくのだろう。

どうにもワクワクが抑えられそうにない。


「お待たせ」


戻ってきたカムリンの手には赤い布があり、その上には3本の杖が置かれていた。


「3本ですか?」


「そうだ。魔法ってのは杖を媒介にして魔力を魔法に変化させているの。つまり魔法使いにとって杖は命で戦闘になればまず狙われる。なら当然の対策として複数の杖を持つのが常識よ」


なるほど。魔法による戦闘はまだよく分からないけど理にかなっている気がする。


「この杖はユユシという魔力を宿す木から作られてるの。ユユシは木の中でも魔力の負荷に強い頑丈な杖さね。レミもこの杖を使ってたね」


母さんと同じ杖。


「それじゃあ、頑張ってきな。杖のことで困ったらいつでもおいで」


「はい!ありがとうございます」





* * *


少年を見送りながらカムリンは妙に納得していた。


「まさかあんたらの息子に杖を渡す日が来るとは思わなかったよ。杖との相性は母親似で魔力量は父親似だなんて。それに、あの年であれだけの魔力量。もしかしたらフィルはあんた達を超える魔法使いになるかもね。」


懐かしい記憶が蘇ってくる、、、


「ごめん婆ちゃん。また杖折っちゃったよ。」


全身擦り傷や土で汚れた少年が渡してきた杖は見るも無残な状態だ。


「またかいアレン!学校に入ってから何回目だよ。あんたは学習能力がないのかい!!」


「いや~つい戦いに夢中になっちゃってよ」


「まったく、あんたって子は。で、今度は誰と喧嘩したのさ」


監督生ドミナーのレミってやつだよ。同学年のくせに授業サボってたら急に突っかかってきてよ~まぁ俺が勝ったんだけどね」


アレンはドヤ顔で答える。



チリンッ

「その話詳しく聞かせてくださる?誰が誰に勝ったのかしら?」


店の扉が開かれる。


「あらレミじゃない」


「ご無沙汰していますカムリンさん。杖が折れてしまって新しいのを新調しに来ました」


優等生のレミにしては珍しい。渡された杖はアレン同様ボロボロだ。どうやら二人が揉めたのは本当らしい。


「おやおや、俺に負けたレミさんじゃないですか。一体どうしたんですか~」


「あら、私に負けたショックで記憶が改ざんされてしまったのね。可哀想ね。医務室に案内しましょうか?」


おバカのアレンはともかくレミは優しい顔で穏やかな印象だけど、こう見えてかなり好戦的だ。


「よし、表に出ろ!もう一回ボコってやる」


「うふふ、やれるものならやってみなさい。不良生徒は何回でも粛清してあげるわ」


「もう、あんた達いい加減にしなさい!!」


今でも鮮明に思い出せる。騒がしく、楽しい日々だった。


「懐かしいね。また賑やかになりそうだよ。レミ、アレン。ちゃんと見守ってあげるんだよ」





* * *


「これが杖か~」


杖を持っていると自分が本当に魔法使いになったような気さえしてくる。瞬間移動とか空を飛んだりできるようになるのかな。


そんなことに思いを馳せながら貰った杖を眺めながら歩いていると、、、


バンッ!!


「ぐはぁっ!」


何かにぶつかったのかその場に倒れてしまった。


「い、てて」


「ごめん、大丈夫?怪我はない??」


体を起こしながら声を掛けられた方に目をやると、僕と同い年であろう茶髪の少年が手を伸ばしていた。


「あ、あぁこちらこそごめん。少し考え事してて」


伸ばされた手を借りて立ち上がる。辺りには2人が持っていた荷物が散らばってしまっていた。


「ん、その杖、、もしかして君もエイレネスの新入生?」


「そうだよ、僕はフィル・バーナム」


「俺もそうなんだ。名前はケイリー・ウィルモット。よろしくね」


挨拶を交わすと散らばった荷物を集めた。

杖が折れてしまってないか心配だったけど、どれも綺麗な状態で安心した。


ん?一本、二本、、、


「あれ、杖が一本足りない、、、」


「嘘でしょ、魔法使いの卵が入学前から杖をなくしたなんて目も当てられないよ」


ケイリーも慌てた様子で何度も周囲を見渡すがどこにも見当たらない。この一瞬で見えない程遠くに飛んでいくことは考えにくい。きっと近くに落ちているはずだ。


「あ、あれ!!」


ケイリーが何か見つけた様子で叫んだ。すぐさまその方向を見ると、あろうことか犬が杖を咥えていた。


なんだろう。最高に嫌な予感がする。

2人は顔を見合わせて犬を極力刺激しないようじりじりと近づいた。


「よーし、いい子いい子。お願いだからそこで大人しくしててね~」


ゆっくり、ゆっくり、そっと、、


「「今だ」」


二人同時に犬に飛び掛かった。


どうなったかって?

それはもちろん犬は華麗に僕らを躱して逃げてったよ。杖を咥えたままね。



「「嘘でしょ、、、」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に捧ぐ魔法譚 ぐっち @Gucci77

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ