君に捧ぐ魔法譚

ぐっち

第1話 出会いは突然に!!

「ありがとうございました。またのご来店を」


会計を済ませて出ていく最後の客に声を掛け、締め作業を始めた。ついさっきまで騒がしかった店内が嘘のように静まり返る。忙しい飲食店の店員がようやく息を付ける時間だ。


「フィル。今夜は雨が降るらしいから早めに外の片づけしてちょうだい」


厨房から派手なエプロンを付けた女性が顔を出した。

彼女はエレナおばさん。生まれてすぐに両親を亡くした僕を育ててくれた人だ。男勝りで豪快な人だけど、明るく人を惹きつける彼女の人柄は街の人に人気で店はいつも混雑している。


カラーン。

扉を開けて外に出ると湿った生暖かい風が吹いており、もうすぐ雨が降ることを実感させた。


「早く片付けないと」

そう呟きながら手早く椅子や看板を片付けて店に戻った。


「ご苦労様、もうすぐ夕飯出来るから」


「わかった」


いつも店を閉めた後は、おばさんがその日に残った食材で夕食を作ってくれる。


食事の完成までもう少しかかりそうなので食卓の準備を整えて席についた。ふと外を見ると、ぽつぽつと雨が降り始めている。


濡れる前に片付けられて良かった。


「はいお待たせ!」


厨房からエレナおばさんがたくさんの料理を運んできた。


「これって」


「誕生日おめでとう」


机の上には大きな七面鳥をはじめとした豪華な料理が並べられた。


そう言えば今日は僕の10歳の誕生日だ。最近は特にお店が忙しいのもあって、すっかり忘れていた。


「ありがとう。それにしても今年はすごく豪華だね」


おばさんは毎年僕の誕生日に、いつもより少し豪華な料理を作ってくれていた。七面鳥まで出てくるのは初めてだけど。


「今年は特別な誕生日だから、奮発したのよ」


「特別?」


「さぁ、冷めないうちに食べましょ」


おばさんは嬉しそうな、でも寂しそうな顔を浮かべて料理を取り分けてくれた。不思議に思いながらも特に聞き返すほどのことでもないと思ったので豪華な料理を食べながら穏やかなひと時を楽しんだ。



コンコンコン。



30分ほど経った頃だろうか、突如店の扉がノックされた。扉に[CLOSE]の看板を掛けているのにいったい誰が来たのだろう。

雨のせいで外の様子がよく見えないけど、なんだか異様な雰囲気が漂っている。根拠はないけど扉に近づけなかった。



カチャッ。



「!?」

そんな僕の心を知ってか知らずか誰も手を触れていないのに内側から鍵が開き、扉が開けられた。まるでノックの人物を招き入れるように。


「誕生日おめでとう、フィル・バーナム君。久しぶりだな~会うのは何年ぶりだ。あ、俺のこと覚えてる?」


扉の先には長身でスーツ姿の男がジャケットを手に持って、ニコニコ笑顔で立っていた。


ここに明言しておこう。僕にこんな奇妙な知り合いはいない。





* * *


男はフランク・ウォッシュバーンと名乗った。年齢は20代後半に見える。軽い感じの兄ちゃんで、どうやらエレナおばさんの知人らしい。


「なんだよエレナさん、まだフィル君に何も話してないのかよ」


「分かってるけど、、、私は反対なんだ」


「気持ちは分かるけど今日が約束の日だろ?」


フランクは当たり前のように食卓に混ざってエレナおばさんと話していた。何か揉めているようで、原因は僕についてのことらしい。


「あの、フランクさんは何をしに来たんですか?」


「あぁ、ごめんごめん。ちゃんと説明しないといけないよね。俺は君の両親やエレナさんの後輩でね、エイレネスっていう学校で教師をしているんだ。今日ここに来たのは10年前に君の両親と交わした約束を果たしに来たのさ。」


エイレネス?ここら辺にそんな学校あったっけ?

それよりも僕の両親って、、、


「そんな説明で分かるわけないでしょ。あんた相変わらず説明が雑なんだから。もう私が説明するわ」


呆れた様子のおばさんがフランクに変わって説明を続けた。


「まず驚かないで聞いてほしいんだけど、私やあなたの親は魔法使いの家系なの」


「、、、は?」


急に何を言い出すんだ。

魔法使い、なんだそれ。そんなの絵本とかの世界の話じゃないの?

そんなものが実在するはずがない。


「まあ突然こんなこと言われても信じられないでしょうね。んーどうしましょう」


全く理解できていない僕の状態を察したのか、おばさんは困ったような表情を浮かべた。


「実際に見せてあげるのが一番手っ取り早いんじゃないの?」


「それもそうね」


少し考えてフランクの言葉に納得したおばさんは席から立ち上がり、懐から木の枝(この場合は杖というのが多大のだろうか)を取り出した。


「フィル。よく見ててね」


そう言いながら杖を構える。


『フロート』


一切の淀みなく発せられたこの言葉と同時に杖が指した先にある花瓶があろうことか宙に浮いた。


「!?」


マジか、、、

あまりの光景に開いた口が塞がらない。あり得ない現象だ。だけど手品にしては出来すぎてる。あり得ないと僕の頭は否定し続けるが実際に目にしてしまった以上、これ以上否定できる材料は持ち合わせていない。


「あっ」

ここでこの状況に混乱しながらもある結論に至る。


「じゃ、じゃあさっきフランクさんが鍵を開けたのも魔法ということですか?」


「お!状況理解が早いじゃん。魔法使いの才能あるよ」


フランクはケラケラ笑いながら答えた。

何故この人はこんなに嬉しそうなのだろうか。


「魔法の存在については納得できたようね。それじゃあ、話を続けましょうか」


そこからの話は淡々と続けられた。この世界には魔法が実在し、それを扱う魔法使いがいた。魔法の存在は一般人シーマとの間に無益な争いを生まないためにも秘匿にされてきた。どうやら僕の両親もこの魔法使いらしいのだ。

しかし魔法界にはかつてから大きな問題があった。それは人間の進化だ。


そもそも魔法とは生まれながらに魔力を宿した人間にしか使えない。これに例外はなく、一般人シーマが後から魔力を宿すことはない。つまり魔法とは才能であり、人類の進化とも言えるだろう。歴代の魔法使い達は一般人シーマに未知の力である魔法の存在が知れれば、戦争や迫害などの様々な危険があると判断し、隠れながらに魔法の世界を築き上げてきた。今では一般人シーマの世界と遜色ないほど発展しているとか。


しかし魔法使いの中には一般人シーマから隠れるように過ごすことに納得できない者達がいた。彼らは人類の進化である魔法使いが一般人シーマを支配するべきだという思想を持っていた。最初は言論による争いが中心であったが、次第に彼らの矛先は魔法秘匿派にも向くようになり、いつしか彼らは闇魔導士リアベルと呼ばれる実力行使の犯罪集団になった。秘匿派と抗争になることも多く、次第に規模は戦争と言えるほど大きくなった。


12年前に起きた戦争では、おばさんや僕の両親は闇魔導士リアベルとの戦いに参加した。戦争が激化するにつれて被害は民間人にも出始め、そのことから両親は赤子である僕にも危険が及ぶことを感じて後方支援部隊に所属していたエレナおばさんに僕のことを預けた。この時両親は自分たちが死んだ場合を想定して、おばさんに2つのことを頼んだらしい。


「あなたの両親を含む多くの犠牲のもあって、闇魔導士リアベルは壊滅して魔法界は比較的平和になったわ」


初めて両親のことを知った。そもそも僕に両親との記憶は全くなかったし、それが当たり前だったから深く考えたこともなかった。


「君の両親がエレナさんに頼んだことは2つ。1つ目は君が自立できるまで面倒を見ること。2つ目は君が10歳になったときに魔法の存在を伝え、エイレネス魔法学校への入学を検討すること。君の両親もこの学校の出身だし、魔法使いの血を引く君にも入学する権利はあるよ」


「もし断ったらどうなるの?」


一抹の不安がよぎる。

さっきの話からだと魔法の存在を知る者には何かしらの処置があってもおかしくはないだろう、、、


「別に何も?明日からもこの店の店員として平穏な日々を続けるだけさ」


フランクは軽く答えた。


「いいの?魔法の存在は秘匿なんじゃ」


「まあそうだけど、そもそも今の君は魔法使えなし、周りに言いふらしても頭のおかしい人だって思われて終わりだよ」


確かに、、、


「学校への入学を決める権利はあなたにあるわ。魔法の世界は神秘的で本当に素晴らしい。出会いものすべてが新鮮だったし、とても楽しかったわ。でもね、同時に魔法は人を殺す力でもあるの。あの時の戦争のようにいつ危険な目に会うかも分からない。だから正直私は行かないでほしいの」


おばさんの気持ちは理解できた。いや、心の奥底までは理解できていないのだろう。僕には大人たちが経験してきた戦争の恐ろしさも、魔法の危険も分からない。


でも、だとしても、、

両親のことを魔法のことを知ってしまった。知りたいと思ってしまった。

これは僕の完全なエゴでここまで育ててくれた育て親のおばさんに対する親不孝だけどこの思いはどんどん膨れ上がる。


「ごめん、おばさん。今まで死んだ両親のことなんて考えたことがなかった。でも今日父さんや母さんのことを聞いて初めて向き合えた気がするんだ。まだ2人のことや魔法のことは全然分からないけど2人が見てきた世界や感じてきたものを僕も知りたいんだ」


僕の言葉を聞いておばさんは寂しそうな、でも嬉しそうな表情をした。


「やっぱりあの人たちの子供ね。きっとこうなるような気がしてたわ。血は争えないってことかしらね。まあ、あなたの決めたことなら止めはしない。」


背もたれにゆっくり背を預けながらおばさんは答えた。


「結論が出たみたいだな。いや~良かった良かった。フィルにとっては突然の話だったし決まらなかったらどうしようかと思ったよ」


フランクは満足そうに立ち上がって手を差し伸べてきた。


「それじゃあ、改めてフィル・バーナム君。ようこそ魔法の世界へ」




〈フィル・バーナム、エイレネス魔法学校への入学決定〉

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