ピラミッドに巣喰う者

@tiana0405

これは、僕の心の有り様である



 僕の心の中には、朽ち果てたピラミッドが存在する。魂が巡り巡る中で、そのピラミッドは、何千年もの時を僕と共に過ごしてきた。その中には、現世の僕だけではない、本来のこの一つの魂に封じられた様々な前世の姿も封じられている。




 例えば、ある時代、僕はどこかの国で高僧をしていた。厳しい戒律や修行は、僕という魂に理性を刻んだ。





「人間は、己を高潔であるように律さなければならない。なぜならば、七つの大罪という言葉が示すように、それだけ人間は欲望にまみれているからだ。」




と言うのが、彼の口癖だ。



しかし、また別の時代の僕は、こう答える。




「楽しければ良いではないか、欲にまみれて放蕩の限りを尽くそうぞ。」





生まれながらにして財産と権力を手にしていたその時代の貴族の僕は、妾を何人も囲っては、雅を楽しんだ。そして、当然のことながら、彼は身から出た錆というやつで、妻たちにこってりと絞られた。こうして、僕の魂は、気苦労を学んだ。




「皆々、勝手であるぞ。この脇差と手綱には、私の命だけではない。私と共にある者達の命もかかっているのだ。他者の立場で物事を考えられぬ者に、一軍を率いる資格はない。」




 そう声高に叫ぶ愛馬にまたがった凛々しい若武者の彼の鎧には、いくつもの矢が刺さっていた。背中には傷一つない誇り高い彼の目には、一方で、強い恐怖の色が見て取れた。そう、彼のおかげで、僕の魂は、仲間たちを失う恐怖を覚えた。




「私を一人にしないで欲しい。」





そうすすり泣く少女は、貧しい家に生まれ、はやり病で若くして死んだ。彼女は、生き別れた姉と再び会う日を心待ちにしていた。僕の魂は、依存を知る。





 こうした個性あふれる前世の姿の中で、ひときわ異彩を放つ者がいる。長身で金髪碧眼の美しいその青年は、まるで聖書に出てくる天使のようだ。恐らく、前世の姿の中で、一番美しいのは彼なのではないか。





彼は、自分が仕える女性を深く愛していた。愛していたがゆえに、身分違いの恋を憂いて身を引いてしまう。恋は愛に変わった。ただし、そのために彼は深く傷付いた。結果、僕の魂は自己犠牲を好むようになる。

 




 金髪碧眼の彼だけは、いつも僕をジッと見つめている。ピラミッドの地下深くで、伝承に残るイエスキリストのような格好で手足を鎖で吊るされたミイラのこの僕を見つめている。




僕は彼で、彼は僕だ。彼はただ知りたいのだ。僕が、彼と違う結論を出す日がいつ訪れるのかを。




彼は、このピラミッドに特定の現象が起こる時に限り、僕にいつも同じ質問を静かに投げかける。その現象とは、ピラミッドに墓荒らしが現れる時だ。ごくまれに、僕のピラミッドには墓荒らしが現れる。彼らにとって何が目的なのかは僕にはよく分からない。ただ、僕が知っているのは、その訪問を僕の魂が望んでいるということだけだ。

 





 一人目の墓荒らしが来た時、金髪碧眼の彼は、唐突に叫んだ。





「お前が選ぶのは、剣か!?盾か!?」




僕は、墓荒らしの女性の顔を覗き込んだ。美しい面差しに目がくらんだ瞬間、前世の貴族の男が叫んだ。





「剣を取ってたもれ!さすれば、鎖を断ち切れるぞよ!」






金髪碧眼の男に差し出された剣を取った僕は、鎖を断ち切って床に降りてみることにした。鈍い音を立てて落ちたミイラの僕を見て、墓荒らしの女性は、一瞬びくりとした。どうやら、僕のこの醜い姿に恐怖を感じたようだ。少しずつ後ずさりをする彼女を見て、僕は酷く落胆した。





すると、上から重々しい高僧の声が聞こえてきた。





「盾を取るのだ。そうすれば、棺が現れて、女からお前を隠してくれるだろう。」





僕は、金髪碧眼の男に剣を返して、盾を受け取る。




「正しい選択だ。一時の欲望に身を任せることは、身を滅ぼすことと同義だぞ。」






高僧は満足げに頷いた。僕は、金髪碧眼の男の方を見やる。どことなく、悲しげに見えた。





盾を掲げると、招かれざる訪問者を拒む罠が作動し、棺が現れた。罠に驚いた女は、手に持てるだけの財宝をかき集めて逃げて行った。僕は棺に収められた。棺の中で、僕は墓荒らしという存在に猜疑心を持つ。次こそは、そう簡単に騙されないと心に強く誓った。

 






 季節が変わり、二人目の墓荒らしが僕のピラミッドに足を踏み入れた。その瞬間、金髪碧眼の男は酷く驚いた表情で立ち上がった。どうやら彼のよく知る人のようだ。




「お前が選ぶのは、剣か!?盾か!?」






そのまま彼は叫んだ。彼の眼は、剣を取ってくれと訴えていた。しかし、前回の墓荒らしの件で心に傷を負った僕は、彼から顔を逸らして盾を選ぶ。もう醜いミイラの姿に怯えられるのはまっぴらごめんだ。罠が作動し、棺が現われた。僕は棺に入り、訪問者が去るのを心待ちにした。






 ところが、僕の予想に反し、墓荒らしの彼女は罠を突破して僕の所にたどり着いてしまった。金髪碧眼の男は、そんな彼女の様子を、どことなく、嬉しそうにはにかみながら眺めていた。僕の棺が開けられた。思わず見上げると、手を差し出された。当惑しながらその手を見つめると、金髪碧眼の男が囁いた。






「大丈夫だ、握っても良いんだ。」






 僕は彼女の顔を恐る恐る覗き込んだ。彼女の顔は、息がハッと止まるほどに美しかった。目が合った瞬間、僕の胸は今までにない程に高まった。なぜだろう、彼女とは初めて会うのに、昔からの知り合いの気がした。得体の知れない確信で思った。






(大丈夫だ、彼女は墓荒らしが目的で来たんじゃない。きっと、僕を永い眠りから覚まさせるために来てくれたんだ。)




僕は彼女の手を握る。






「それでいい。」






金髪碧眼の男は、心底嬉しそうな顔をした。見てくれはいいのに、元来暗い表情をしている彼にしては珍しい位明るい表情だった。






僕が棺から身を起こすと、彼女が腰に差していた小刀で僕の鎖を断ち切ってくれた。僕は、恐る恐る彼女に近づく。彼女は、上から下までまじまじと僕の姿を見つめた。僕の顔から薄汚れた包帯を巻きとって、彼女は僕を抱きしめた。






「この方が可愛いよ!」






フワッと広がる甘い花のような彼女の匂いに包まれた僕は、声に出しておんおんと泣いた。ピラミッド中に僕の泣き声が響く。いつも騒がしいはずの前世の姿の存在たちも、空気を読んだのか、静まり返っていた。






それから、僕と彼女は、長いようで短い時間を共にピラミッドの中で過ごした。彼女と過ごした時は、今までの僕の人生で一番輝いていた。彼女のくるくると目まぐるしく変わる喜怒哀楽の表情は、僕の心を夢中にした。僕はすっかり彼女に心を奪われた。彼女の事を思うと、僕の心はパッと華やぐ。いつまでも、この時が続くと、あの頃の僕は心から信じていた。







 しかし、始まりもあれば、終わりがあるのも世の必定だ。その時は、唐突に訪れた。彼女とじゃれあっていた僕は、ある日、彼女が酷く寒そうなことに気付いてしまった。長い間、ピラミッドから出なかったせいで、彼女の衣服は酷く擦り切れていた。彼女が持ってきた袋を見やると、食料は底を尽きていた。僕は、彼女を問いただした。






「もう、食料がないの。」





彼女は目を伏せて震える声で答えた。僕があまりにも彼女と離れたがらないために、食料調達に行きそびれたようだった。僕は動揺し、我に返った。夜のピラミッドは酷く寒い。このまま、ピラミッドで共に時を過ごせば、彼女は凍死するか、餓死してしまうだろう。






僕は、彼女がピラミッドを出る日がついに来たことを悟った。離れたくはない。だが、ここにいては彼女のためにならない。彼女と共に、ピラミッドを出ることも考えた。しかし、僕は知っていた。ミイラの僕と彼女が人間の町で過ごすことはとても難しい。そして、人間には彼らの中でのありきたりな未来というものが存在する。大人になり、富を蓄え、良識のある一般的な男と家庭を持ち、子供を作り育て、老いて死んでゆく。そんな人間らしい幸せが、彼女にはきっと相応しい。







僕は、自らの震える手を律しながら、彼女に別れを告げた。別れたくないと泣き叫ぶ自らの心を力の限り押し殺して声を搾り出す。






「別れよう、君の未来を邪魔したくない。」






 彼女は、泣きながら抗議をしてきて離れない。僕は一瞬逡巡し、金髪碧眼の男を見やった。彼の表情は、今までのどの表情よりも酷く暗かった。彼の手にしているものと目が合う。そこには盾があった。





僕は、その時初めて理解した。以前、彼が現世にあった時、彼もまた思い人に対して、同じ選択を取ったのではないか。だからこそ、彼はいつも、うな垂れた暗い表情だったのだ。




「剣か、盾か。」





小さな声で彼に聞かれる。僕は、大きな声で叫んだ。




「盾だ!」




僕の悲鳴のような声に呼応したのか、ピラミッドがぐらぐらと地響きを立てて揺れた。僕は、泣いて暴れる彼女をピラミッドの外に押し出すと、瞬時に盾を掲げる。重い音を立てて鉄の扉が次々と閉まっていった。外から彼女の声が聞こえたが、耳をふさいだ。




(もう、会うことはないだろう。)





金髪碧眼の男の顔を見ると、力なく笑っていた。その頬には一筋の涙が伝っていた。気がつけば、僕の包帯もぐしゃぐしゃになっていた。





そういう訳で、僕は失うことを知った。恋を愛に変える方法も覚えたが、それは僕にはつらすぎた。ミイラの僕には、死んでしまうことも出来ない。それからはまた、永い永い時をぼんやりと過ごした。

 





 三人目の訪問者は、墓荒らしではなかった。彼女は盗賊のようで、手傷を負ったまま隠れられる場所を探していたようだ。




彼女がこのピラミッドに現れると、いつも陰気臭くしくしく泣いている貧乏な少女が声を弾ませて嬉しそうに叫んだ。




「お姉ちゃんだ!」




なるほど、彼女の古い知り合いのようだ。





「剣か?盾か?」




金髪碧眼の男が尋ねた。僕には、どちらも選ぶ気力がなかった。ついでに言えば、前回と前々回のような胸の高鳴りも感じなかったのだ。黙って首を横に振ると彼も納得したようで、それ以上何も言わなかった。





この女盗賊は、非常に無遠慮で図々しい女だった。ずかずかと無許可で僕のピラミッドに上がり込むと、僕の目の前でスパスパ煙草をふかし始める。呆れた表情で彼女を見ている僕の視線を意に介さず、彼女は尋ねた。






「あんたさー、何でこんなとこにいんの?体に悪くない?」






煙草を吸ってるあんたの方がよっぽど体に悪いだろう、と思ったが、あまりにも堂々としたその姿に言いそびれる。





「別に僕はミイラだから、ピラミッドにいても体は悪くならないよ。」





そう答えると、女盗賊は目を丸くしてカラカラと笑った。





「あんた、ミイラなの?ゴマアザラシみたいに愛嬌ある顔してるから、ただの引きこもりかと思ったわ!」






 僕はそのあまりにガサツな物言いに開いた口が塞がらなかった。ゴマアザラシのような顔とは、どんな珍妙な顔なのだろうか。外の世界に出たことがない僕は、ゴマアザラシという生き物を知らなかった。そう伝えると、彼女はびっくりした表情を浮かべる。





「なにあんた、ゴマアザラシ知らないの?こんな所で引きこもってっから、ミイラ化するんだよ、たまには外に出な。」





そう事もなげに言われて、僕は目から鱗が落ちるような感覚を得た。ミイラになってこの方、外に出るという発想など思いついたことがなかったのだ。





「僕はミイラだから、外に出たら怖がらせてしまうかもしれない。」





そう尻込みすると、盗賊は答えた。





「ミイラなんて、砂漠なんだからそこかしこにいるでしょ、もう見飽きてるわ。それにあんたみたいなとぼけた顔のミイラ、怖がるのなんてケツの青い女だけだよ。」





彼女のそんな雑で自由な発想は、僕の考えに前向きさをもたらした。女盗賊は、僕の手を引いては、ピラミッドから色んな場所へ連れ出してくれた。彼女が調達してくる食料は、食べたこともないような不思議な味がした。ナイル川からライン川、芸術の都パリも訪れたし、二人で北極のゴマアザラシを見に行ったことすらあった。





 

気が付けば、僕の肉体は水分を得たことで、飢えと渇きから癒され、いつの間にか僕の姿は、ミイラから人間に近い代物になっていた。





 ある日、共に夜空の下で焚火を囲んでいると女盗賊は呟いた。





「そろそろさ、また旅に出なきゃならなくなったよ。あんたもまともな姿に戻れたしさ、あたしもあたしが欲しい物を探しに行かなきゃ。」






急な旅の話に驚いた僕は、思わず顔を上げて彼女の顔を覗き込んだ。その慈愛に満ちた優しい綺麗な表情に一瞬、鼓動が早くなったことに、僕は自分でもあっけに取られた。しかし、一緒にいる時間が長すぎたせいで、彼女に依存している気もした。何より、もう二度と剣も盾も、僕は選びたくはなかったのだ。





「また、会えるよね?」





不安げに恐る恐る聞くと、彼女は歯を見せて笑った。





「当たり前じゃん!何言ってんだよ、あんたに何かあったら、地球の裏側にいても助けに来るから。」





 その笑顔は、猜疑心の強い僕が目にしても信頼に価する優しさを帯びていた。こうして、僕は友達を得た。友達への信頼と安らぎは、僕の不安定だった心に安定をもたらした。





気まぐれな風来坊の女盗賊は、相変わらず、風のように現れては去っていく。ただし、彼女はいつも鋭敏な嗅覚で僕の危機を察知した。そのタイミングは実に的確だ。これからも僕たちは、末永く友達でいれるだろう。

 





 

 四人目に僕のピラミッドを訪れたのは、やはり墓荒らしではなく、今度は考古学者だった。





彼女は元々、この地域のピラミッドを採掘して回っている有名な女学者で、ピラミッドの外で何度か顔を合わせたことがあった。




彼女が僕のピラミッドに入った時、僕はスヤスヤと棺の中で寝息を立てていた。重い石が擦れ合う音に目を覚ますと、棺の蓋を勝手に開けた女学者と至近距離で目が合った。





「うわあっ!」





びっくりして腰を抜かした僕を尻目に、彼女は淡々と僕のピラミッドの遺跡調査を進めていく。あまりにも微動だにしないその姿勢に、僕はすっかり気を取られてしまった。そんな僕に目もくれず、彼女の正確で的確な遺跡調査は刻一刻と進んでいく。




「あのー。」




しびれを切らして話しかけると、彼女は僕の方をちらりと見る。




「何?」




取り付く島もない返答に答えに窮していると、彼女は少し考えた。





「ああ、そういうことね。」




 

 一人で納得した様子の彼女は、自分の荷物をゴソゴソとあさりだす。数刻待って、何かを差し出された。




「はい、食べる?」





それはたまごのサンドイッチだった。どうやら、空腹だと思われたようだ。残念ながら、僕はたまごのサンドイッチは苦手だから、食べられない。そう伝えると、





「ああ、そう。」




と気を悪くした様子もなく、女学者はしれっとした顔で一人でサンドイッチを食べ始めた。




(何なのだろうか?この不思議な生物は?)





 僕は、今までに見たことのないマイペースさと自己中さを兼ね備えたみょうちくりんの生き物が、サンドイッチを咀嚼する様子を口を開けたまま見守った。サンドイッチを食べ終えた女学者は、またもや荷物を探っている。





「さてと。」





 そう独り言ちると、彼女はいつの間にか敷いた寝袋の中にすっぽりと入って言った。





「おやすみ。」





次の瞬間には、彼女のペースで、勝手に僕の部屋のランタンが消された。真っ暗な部屋に起きたまま取り残された僕は、ただ一人ひたすら呆然としていたのだった。






 いつの間にか、僕と彼女のピラミッドでの奇妙な共同生活が幕を開けた。僕が最初に気付いたのは、怒らせた彼女は非常に獰猛で危険な猛禽類のように鋭い一撃をお見舞いしてくるということだ。


学者ゆえの凄まじい弁論の応酬に辟易した僕は、何度も自らの住処を追われる羽目になった。ミイラをピラミッドから追い出す考古学者など世界各国どこを見渡しても、彼女しかいないに違いない。かと思えば、義理人情に厚く、優しい一面も持っている彼女に僕は、振り回されっぱなしだった。






「戦の多い時代には、あのような武将がたくさんいたものよ!」





僕の前世の若武者は、どこか嬉しそうにケラケラと笑う。





「武将じゃないんだよなあ。」





僕はため息をついた。





 

 そんな日々が続いていたある夜、二人目の墓荒らしの彼女に思いをはせていた僕は、一人膝を抱えて当時のことを思い出していた。暗い気持ちに浸っていた僕は、ふと人の気配を感じた。目線を上げると、コーヒーカップを手にした彼女が黙って僕の顔をジッと眺めていた。






「あんたさ、夢とかないの?」





彼女は膝を抱えた僕の隣に座りながら尋ねる。





「夢か。」





 暗いかび臭いピラミッドで朽ち果ててきた僕は、世の摂理通り、ミイラらしくひっそりと死んでいくことが義務だと思っていた。誰にも迷惑をかけず、期待せず、ただ朽ち果てていく。そうすれば、もうあんな哀しい思いはしなくて済むのだから。






 でも、ふと思った。愛した墓荒らしの彼女が教えてくれたことや、女盗賊が見せてくれた景色や思いを形にしたい。それらは、前世の姿の僕じゃない、今この瞬間を生きているミイラのこの僕だけが感じた現世での学びだからだ






「絵描きとか、物書きになりたいなあ。」






そう答えると、女学者は、初めて声に出して笑った。





「それ、すごい面白いじゃん、絵も文も綴れるミイラなんて!」






 肯定されるとは思わなかった僕は、びくりとして彼女の横顔を見た。薄暗いピラミッドの一室で、ランタンに照らされた彼女の笑顔は、驚くほど艶やかに見えた。





「剣を選ぶか?盾を選ぶか?」






 

 久しぶりに金髪碧眼の男の声が遥か彼方からこだまする。僕は、ふと気付く。僕の足についていたはずの剣で切れる枷も、遠い昔に起動していたはずの盾のピラミッドの罠も、もはやこのピラミッドには存在していなかったのだ。







だから女学者は、音もなく気づかれずに僕のピラミッドに忍び込むことが出来たのだった。自らの心に枷をつけ、人の温かさを拒み、ミイラになることを選んでいたのは、他ならない僕自身だ。





「とりあえず、夢をかなえるためにピラミッドを出よう。」






そう決めた僕は、久方ぶりにピラミッドから顔を出した。なぜだか女学者も一緒についてきた。





 闇夜の中に浮かぶ満月は、まるで昼間に見る太陽のように明るく感じる。横を見やると、女学者も目を細めて月を見上げていた。月光に照らされた横顔は、妙になまめかしく見えた。ドキッとした僕は、慌てて地面を見るふりをして目を伏せた。





「剣を取るか?盾を取るか?」





 金髪碧眼の男がなおも囁く。その答えは、今の僕にはまだ分からない。どこまでも続く果てしない砂漠を、夜空に揺蕩う月がひっそりと照らしていた。

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