陰謀の話をしよう。

灰槻

精神的貧困

所謂"陰謀論者"とは、須らく精神的貧困の当事者である。


陰謀論者達の多くは、世界は一つの巨大な陰謀の元に背後で結託しており、その陰謀は数千年という時間を費やして代々受け継がれ、最終的には"世界を唯一の秩序の元に支配すること"を目論んでいると述べる。


仮に彼らの述べる内容の全てが真実であったとするなら、その陰謀とは即ち"神"だ。人知の及ばぬ、決して届く事の無い絶対的存在を、西洋の人々は神と呼ぶ。或いは人間ではないナニカだとさえ述べるのであれば、それは紛れもなく神そのものだ。


そこに矛盾がある。


この世界では"エントロピー増大の法則"が観測されている。

ありとあらゆるものは、干渉が無ければ無秩序な方向へと向かっていくという法則だ。片付けなければ部屋は散らかる。警察がいなければ治安は乱れる。数年も会わなければ友情は不確かなものになる。秩序とは"維持する必要のあるもの"であり、その為には人間の干渉が必要になる。


"人間が干渉しなければ維持できないもの"を、何故"神が作ろうとしている"というのだろうか。


神とは即ち自然法則であり、これは陰謀論者の面々も同意する事柄だ。或いは彼等はそれを宇宙法則と呼称するが、どう呼称したところで対象は同一の法則なのだから意味はない。まあ彼等に分かりやすく述べるのであれば、"神とは即ち宇宙の法則"である。


そして宇宙の法則は人間にとっての"秩序"を否定している。宇宙の法則における"秩序"とは"あらゆる事象・概念・物質が乱雑に配置されること"であり、そうなるようにエネルギーは動かされる。それは人間の言うところの無秩序、カオス状態に外ならない。


つまり、神は秩序を作らない。

故に"秩序を造り上げようとする者"とはそれ即ち人間である。

つまるところ彼らの言う"陰謀"とは"人間"に他ならない。


彼らは根本から誤解している。


彼等の信じる"陰謀"は端から前提が間違っている。彼らの厭う"新世界秩序"の形成は、決して彼等を悪意を持って支配しようと目論む何者かが居るから起きる事ではない。多くの人間が求め、維持しようと労力を費やさなければ、あらゆる秩序はエントロピー増大の法則の下に瞬時に瓦解する。彼らの厭う"新世界秩序"を求めているのは、世界を維持している人間の心理に他ならないのだ。


では、何故彼らはのだろうか。


理由はたった一つ。"自然淘汰の法則"、或いは"遺伝的アルゴリズム"と呼ばれるシステムだ。


宇宙は常にカオス状態に向かって乱雑にそのエネルギーを攪拌し続ける。結果、人間を含む全ての生物が生きる環境もまた乱雑に変化し続け、その環境に適応出来なかった生物は瞬く間に絶滅する。その絶滅の運命を避ける為に、生物は"乱雑に変化する要素"、即ち遺伝子を用いた。

突然に変異する遺伝子がその種に多様性を与えることによって、生物は乱雑に変化する自然環境に適応する力を維持している。これもまたエントロピー増大の法則に従っている結果ではあるので、それこそ卵が先か鶏が先かの話にはなるのだが、ともあれ実際に観測される事象としては同一である。


どう足掻いてもいくらか乱雑に変化した"突然変異"の個体、つまり環境に適していない個体が生まれてしまうようになっている、ということだ。環境に適していない以上、必ず自然の中でのヒエラルキーは弱いものになる。精神的な不安定性や肉体的な劣後、その他諸々の要因によって彼らは自然と弱者に堕ちる。、彼らは常に弱者だ。


故に彼等は"天変地異"="秩序の崩壊"を無意識の内に求める。


それを社会の規範を刷り込まれた状態で求める故に、彼らの主張には致命的で短視的な齟齬が生まれる。自分達の欲求が"秩序を乱すもの"="反社会的なもの"であると認知すれば、それはそこまでに刷り込まれてきた社会規範や法律・道徳によって"恐怖"となる。その恐怖を無意識下で把握している為に、彼らは自分達の欲求が"社会の為の欲求"であると欺瞞する。


"世界を支配している超越的存在が、人々の福祉を破壊する秩序を作ろうとしている"。そういった"存在し得ない脅威"を力説することで、彼らは自分達の破壊衝動に正統性を付与しようとしている、と言う訳だ。


さて、そういった余りにも破綻した精神を持っている状態を、"精神的貧困"と呼ぼう。


精神的貧困に苛まれる人間は、新しい法律が制定される度に、社会に害を為す行為が制限される度に、常に"新世界秩序"の脅威を語り反抗を謳うが、しかし決して実行はしない。


何故だろうか。


秩序を破壊すれば当然環境において不利となり、非捕食者の側へと堕ちる為だ。彼らは本能に動かされてはいても、集団として愚かではない。生き残れなくなる選択肢は自然と排除されていくのが集団という状態の特性だ。彼らは言葉でストレスを発散する事は出来ても、行動で自死を選ぶ事は出来ないのである。


では完全に行動しないのだろうか? そこは0/100で判断していい内容ではない。

前にも述べた通り、一部の人間は突然変異だ。集団としてイカレている状態では無いが、個体個体はイカレている事もある。集団幻想に取り憑かれ、結果的に自死的な行為をする個体も居る。


そういう個体は集団が排除する。「流石に頭がおかしい」と。

そしてその結果こそが法律の制定という訳だ。一部の頭がおかしい行為をする個体を正しく排除する為に、法律によって正統性を担保している。これは彼らの集団のみならず健常な集団に於いても同様に働くメカニズムであり、それ故に国家の法律は年々厳しくなっていくのである。


さて、若干の脱線はあるが結論に移ろう。


社会というシステムは概ね正しく稼働している。"陰謀"は在るが"理不尽"はない。そこに有るのは常に"合理"であり、精神的貧困に苛まれる人々の謳う"悪魔"は居ない。


故に重要なのは、彼ら弱者の言葉を理解しようとしない事だ。

彼らの破壊衝動から来る欺瞞を真に受け、法律を斜視的に、社会を斜視的に見れば、貴方の精神はあっという間にストレスに満ちていくだろう。


社会は常に合理で動いている。心配などする必要はない。

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陰謀の話をしよう。 灰槻 @nonsugertea

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