第一の怪異 龍神(前編)

 朽木堂くちきどうは語る。


朽木市くちきしの北東、ちょうど鬼門に当たる方角ですね。市のブロック分けで言うと、美香星区みかぼしくのあるところですが……その中のさらに北東に、らずやまというのがそびえておりまして、この山には朽木の土地全体の鬼門封じとして、龍神りゅうじんさまをまつるための、神社が建てられているんですね」


 岬七瀬みさき ななせは興味津々だ。


「へえ、そんなのがあったんだね。わたし、朔良区さくらく出身の都会人だし? ほかの区のことは、よく知らないんだよね~」


 彼女は朽木堂からもらったアイスをはみはみしている。


「で、その、龍神さまとやらがどうしたの?」


 板の間に片手をついている横顔を、この店主は目でなめた。


「はい、その龍神さまはね、その山を拠点として、朽木の地に魔が入り込まないよう、しっかりと見張っていたのですよ」


「ほえ~、やるじゃん、龍神さま。男? イケメン?」


 七瀬はアイスをむしゃむしゃした。


「市に伝わる文献によると、普段は若い人間の男性のかっこうをしていたんだとか。ただし、人間の世界と交流は持ってはならなかったらしく、ひとりでひっそりと、入らずの山に潜んでいたそうですよ」


 朽木堂はアイスティーをすすった。


「ふーん、なんだかさびしそう、龍神さま。せっかくイケメン? なのかもしれないのにさ」


「イケメンかどうかはともかく、事が起きたのは、そのあとなのでございますよ」


「なになに、どゆこと……?」


「あるときどこからか、大鎚御前おおづちごぜんという邪悪な妖怪が、この山にやってきたのです」


「あ、それ、知ってる。おらが朽木の足もとに、朽木市に伝わる童歌。子どもの頃に習ったなあ。その、5番目、だっけ? 出てくるよね、大鎚御前。知らせねば~って。どうなやつだったの?」


「はあ、しかばねのように色の白く、喪服のような着物をまとった美少女の姿をしているのですが、この正体というのが……巨大なヤマビルのあやかしでして……その大きな口で、相手が人間だろうが、木や草や花だろうが、たちどころにその生気を吸い尽くしてしまうのです」


「へえ、なんか、強そうだね」


「ええ、強いのなんのって。しかも、御前に生気を吸われたが最後、たちまち邪悪な気に当てられ、彼女の意のままに動く、人形となってしまうのです」


「わあ、すご。無敵じゃん、大鎚御前。で、で?」


「土地を守る龍神さまは、その大鎚御前に、戦いを挑んだのですね。しかし、御前は強すぎた。その戦いは、七日七晩にも渡ったんだとか」


「で、で、結果は……?」


「はい、さすがの龍神さまも、あまりの強さに、ついには敗北してしまったようです。なにせ、御前の邪気に当てられた者どもまでが、彼女の味方をするものですから」


「え~っ、そんなあ。龍神さま、負けちゃったの? ショック。イケメンなのに~」


「まあ、イケメンかどうかはともかく、そうなってしまったのですねえ。ところが……」


「ところが、なに? まさかのそのあと、龍神さまの大逆転とか?」


「んふふう」


「もう、じらさないでよ~、ヘンタイのおじさん。続きを早く教えなさい、教えてたもれ」


「ん~、暑くなってきましたねえ」


「そらすなよ、ヘンタイ」


「お茶がなくなってしまったので、新しいのを持ってきますね」


「ああ、知ってる。それって、昭和生まれのおっさんが使うテクニックでしょ? なんか興ざめ、がっくし」


「あははあ、あなたもじゅうぶん、昭和っぽいですよ~、七瀬さん」


「うるせえ、とっとと茶あ、持ってこいやあ」


「ほほほ、お待ちください、すぐに」


 朽木堂は番台の奥へとはけていった。


「……」


 このとき、同じ時間、同じ場所で、少なくとも二人の人間が、舌をペロリとなめたのだった――

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