第二の怪異 がじんぼう(前編)

「で、ヘンタイのおじさん、次の怪異は? 教えてたもれ」


「すっかりヘンタイ呼ばわりですか、やれやれ」


「だってそうじゃん。自覚あるんでしょ?」


「う、まあ、ね……」


 岬七瀬みさき ななせの強気に、朽木堂くちきどうは汗をぬぐった。


「第二の怪異は何なのよ?」


「それはですね、実はごくごく最近、起こった事件に関係しているのですが……」


「ほうほう、なになに?」


「消えたインフルエンサーというお話、ごぞんじですか?」


「あ、ひょっとして、ネットで話題になってたやつ? 朽木市のビジネス系チューバーのことだよね?」


「そうそう、それです。ひかきょんという女性ですねえ。生まれた環境に恵まれず、ろくな人生を歩んでこれなかった。しかし、30歳になったとき、その生活は一変、人気チューバーとして、テレビでも紹介されるインフルエンサーとなった」


「ひかきょん、突然消えちゃったもんね。事業に失敗して、失踪したなんて言われてるけど」


「流れからおわかりかもしれませんが、そこに第二の怪異がひそんでいるのですよ」


「なになに? 妖怪に始末されちゃったとか?」


「オチを言ってしまえばそうなのですが、そこにはひとつのストーリーがあるのです」


「気になる! 話を続けなさい!」


「はいはい」


 朽木堂はずずっとアイスティーをすすった。


「朽木市南部の二本松区、古来よりこの土地は、がじんぼうというオオカミの妖怪が支配していたのです」


「ほうほう、がじんぼうさんねえ」


「牙神坊と書くとも言われ、右目は赤、左目は青に爛々と光る、それそれは凶暴なあやかしなんだとか。その鋭い牙で、どんな者もたちどころにかみ殺してしまうそうです」


「オッドアイなんだ、なんか萌える。ケモナーなの? ケモナー」


「まあ、いまふうに言うなら、そうですかね」


「イケメンなの? イケメン」


「やっぱりそこは大事なんですね」


「あったりまえだのクラッカー。わたし、きゃぴきゃぴの女子だし?」


「ははは、七瀬さん、あなたはやはり、昭和っぽい」


「うるへー、ヘンタイ野郎。で、そのがじんぼう先生と、いなくなったひかきょんが、何の関係があるっていうの?」


「それはですね。実は、そのひかきょんさんは、がじんぼうに願をかけて、巨万の富を手に入れたのですよ」


「ほうほう、どういうこと?」


「アラサーになるというのに、ひかきょんこと氷川京子ひかわ きょうこは、何をやってもうまくいかない状態だった。唯一の理解者であった夫とも、死別してしまっていたんです。そこで思いつめて、朽木湾に面する崖から、まだ小さいひとり娘といっしょに、身を投げようとした」


「あらら……」


「しかし一匹のオオカミが、後ろからそっと語りかけてきた。クマほどもある巨体で、赤い右目と青い左目。がじんぼうですね」


「はあ……」


「がじんぼうは氷川にこう告げたのです。おまえの娘が16になったとき、俺の嫁によこすのなら、おまえに好きなだけいい思いをさせてやろう、とね」


「それって……」


「ええ、悪魔の誘惑ですね。果たして氷川は、その申し出を受けた。そして彼は、世間では知らない者のない有名人となり、巨万の富を得るにいたった」


「なんていうか、人間って、そういうのには勝てないんだね。なんだかなあ」


「七瀬さん、お気づきだと思いますが……」


「それがつまり、ひかきょん失踪の理由ってことだよね?」


「そのとおりです。彼女が消えたのはちょうど、彼女の娘が16歳になるその誕生日だったのです」


「ああ……」


「氷川の娘が16歳になる日、約束どおりがじんぼうは、娘を迎えに来たということなのです」


「で、秘密を知ってるひかきょん自身も、そのがじんぼうに始末されちゃったと?」


「う~ん、ここにもというか、ひとつのドラマがあったりするんですねえ」


「なにそれ? もったいぶるんじゃあないよ。早く教えれ」


「スイーツ、食べたくないですか?」


「話をそらすんじゃないよ!」


「こういうことは、休み休みですよ。コミュニケーションと同じでね?」


「うわ~、いまヘンなこと考えたでしょ?」


「さあ、うふふ~」


「たく、さっさと取ってきてよ。わたし、冷やしぜんざいね」


「チョイスがいちいち渋いですね。了解です。ちょっと、待っててくださいな」


 こうして朽木堂はまた奥の間へはけていった。


 岬七瀬は手をうちわにした。


「なんでそんなこと、あんたが知ってるんだろうねえ? まあ、わたしには、わかってるんだけどねえ……」


 日が少しずつ落ちてくる。


 真夏の太陽ですら、この異形の者どもに、戦慄しているかのようだった。

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